天文3年(1534年)室町幕府第10代将軍足利義稙の養子であった義冬が、阿南市那賀川町の平島庄に拠点を構えました。場所の名前から平島(阿波)公方と呼ばれるようになりました。義冬の子である義栄は第14代の室町幕府将軍になっています。阿波公方民俗資料館近くにある標柱のある場所へ行って来ました。玄関書院や門が移築されていることは知っていましたが、今回は行っていません。
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2026/09/27 05:51
2025/07/31 06:55
新居見城 徳島県小松島市 (2025/07/06 訪問)
城びと未登録城です。
田園地帯の生活道路沿いに石碑が立っています。
この北側から登る道があるようですが未確認です。
平安末期の城主は近藤氏で源義経を先導して屋島に攻め込んだとされています。
撮れ高が少ないので周辺情報です。
近くには18番札所の恩山寺があります。
弘法大師の母、玉依御前が剃髪したとされるお寺です。
また、小松島周辺の徳島ラーメンは「白系」が中心です。
小松島の薄口醤油を使用したラーメンで「茶系」よりはスッキリした感じ、こちらも美味しいです✨
【見どころ】
・生活道路沿いの石碑
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2025/07/30 07:06
阿波公方館 (2025/07/06 訪問)
別名は阿波公方館で足利義維以降9代に渡り足利氏の居館となっていました。
主郭部には阿波公方民俗資料館が建っています。
竹下政権時のふるさと創生事業で建設されました。
周囲は水田で二郭にあたる部分に古墳があり、ここに碑が立っていました。
近くの古津八幡神社には源義冬寄進灯籠と鳥居が移築されている他、小松島市の地蔵寺には玄関と書院が移築されています。
また今回はパスしましたが吉祥寺には花垣門が移築されているそうです。
【見どころ】
・水田の中の館跡全景
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2023/08/25 23:27
公方一族の栄枯盛衰 (2023/08/14 訪問)
平島館は室町時代11代将軍足利義澄の次男、義維(後の義冬)
が阿波守護職、細川持隆に招かれ天文三年(1534)に当地に
入って以来250年間、平島公方の居館でありました。
文化2年(1805)徳島藩主蜂須賀氏の陰湿かつ執拗な嫌がらせに
ついに耐え兼ね、平島公方家は紀州へ去り、その後、京都に
帰還したのですが、誰も暖かく迎えてくれず、流浪同然の
暮らしだったと伝わります。
平島公方が平島を退去した後、居館は破壊され、玄関・書院は
小松島市地蔵寺に移築、花垣門は阿南市吉祥寺に移築され
往時をしのばせます。那須川町赤池西光寺には公方一族の
墓所があります。
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| 分類・構造 | 平城 |
|---|---|
| 築城主 | 足利義維 |
| 築城年 | 天文3年(1534) |
| 主な城主 | 足利氏 |
| 遺構 | 移築門、移築書院、土塁 |
| 指定文化財 | 市史跡(平島公方跡) |
| 住所 | 徳島県阿南市那賀川町古津 |
| 問い合わせ先 | 阿南市文化振興課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0884-22-1798 |