別名:雲浜城
無料駐車場があるが狭い。こじんまりしているが、石垣も残っており、石垣に上ると海も見える。
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2026/06/28 18:13
2026/06/14 09:03
こんなところに… (2026/06/13 訪問)
まさかこんなところに?という立地でした。
小浜市内を流れる北川、多田川、南川という3本の河川が、海に向かって集約されてきたその河口部分にあります。目的地に向かうにつれ道が細くなり、車1台すれ違えるか?(いや多分無理)くらいの路地を進んだ先にありました。城跡には小浜神社(御祭神は小浜藩初代藩主酒井忠勝)が創建されています。石垣が残るのみですが、結構立派な造りで見応えはありました。
駐車場は神社鳥居横に3台ぶんほど。お出かけ日和の土曜日の昼前30分ほど滞在しましたが、訪れる人は他に2組でした。
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2025/10/30 00:00
民家との距離が近い。 (2025/10/11 訪問)
小浜城の本丸の石垣は小浜神社として残されているのですが、周辺まで民家が迫っています。民家の中に城があるといった感じでしょうか、距離感が近いですね。
慶長6年(1601)に京極高次が城の建造に着手して以来、40年の歳月をかけ寛永19年(1641)酒井氏の時代に小浜城は完成しました。その後237年の間、酒井氏十四代の治世が続き明治時代を迎えました。明治4年(1871)12月に大阪鎮台分営設置の改修中に本丸櫓より出火し、建造物の大半を焼失して現在は石垣を残すのみになっています。
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2025/10/29 21:49
京極親子が築いて酒井忠勝が仕上げる。 (2025/10/11 訪問)
todo94さんお疲れ様です。城攻めは危険を伴うレジャーなので不慮の事故は起きてしまいますね。お大事になさってください。
富山はけっこう未登頂の城があるので、フルコンプには時間がかかるかもしれません。私は今休止中なので今未踏の城を攻めてるのはtodo94さんと朝田さんだけじゃないかなあ・・
小浜城は慶長6年(1601)に京極高次が着工し、子の忠高に至る33年の間に城の大半を造りますが寛永11年(1634)に酒井忠勝が城主となり三層の天守閣を築きました。忠高は親子で長年かけて築いた城を後にしたわけですが、この後に出雲・隠岐二か国に加増転封となり松江藩26万石を拝領しました。
小浜城の本丸は小浜神社の境内になっていて南西隅に天守台が残っています。かつては本丸の周囲は堀になっていましたが今は埋められて道路になっています。周囲の地形は改変されていますが、かつては海と河川を取り合わせた要害の地で、川を外堀として活用していたようです。本丸の周囲に郭を配した輪郭式の海岸城(案内板による)ですがそれほど城域は広くは無かったように見えますね。
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| 分類・構造 | 海城 |
|---|---|
| 天守構造 | 層塔型複合連結式[3重3階/1635年築/破却] |
| 築城主 | 京極高次 |
| 築城年 | 慶長6年(1601) |
| 主な改修者 | 酒井忠勝 |
| 主な城主 | 京極氏、酒井氏 |
| 廃城年 | 明治3年(1870) |
| 遺構 | 曲輪、石垣、天守台 |
| 指定文化財 | 県史跡(小浜城跡) |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 福井県小浜市城内1-7-55 |
| 問い合わせ先 | 小浜市教育委員会文化遺産活用課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0770-53-1111 |