昨年の12月ですが、玖島城へ行ってきました。玖島城の築城者は、キリシタン大名で有名な「大村忠純」の子で「大村喜前」です。前回の投稿、壱岐島の勝本城築城時に名前の出た人物です。忠純亡き後に家督を継いだ喜前は、秀吉の命で勝本城の築城に携わった後は朝鮮へ出兵し、帰国後に父が築いた山城である三城城から海に近い地に築城を開始します。九州の関ケ原では東軍に付き、家康より2万7千石が与えられて大村藩を立藩し、藩は幕末までの270年間存続しました。
朝鮮での籠城経験から、城は守りやすく攻めにくい三方を海に囲まれた半島に築城し、また船蔵もあり海上交通もかなり重視していたようです。そして築城後には朝鮮で親しくなった加藤清正に助言を仰ぎ、いったん築いた城をさらに改修したとされています。大手門を南側へ移して高石垣を築き、大手門から本丸までは連続桝形とし、水堀も広く拡張し、板敷櫓などには扇勾配石垣も見られるなど、確かに清正の助言の跡を感じました。
現在の城跡は大村公園になっていて、水堀は庭園に変わり、ゆっくりと散策する事ができるようになっています。市役所と庭園の間の駐車場の所に観光案内所があり、(写真⑨)のようなパンフレットや縄張地図が無料でもらえますので、それを見ながら散策されたらいいかと思います。再建された板敷櫓と美しいと言われる扇勾配石垣がちょうど改修中で見られなかったのが、ちょっと残念でした(写真⑦:現在は終わっていると思います)。
水堀沿いは桜並木になっていたので、桜の季節はきれいだろうな~と思いました。あと3週間後ぐらいには、これらの桜は満開になっているのではと思います。
最後に「長崎ちゃんぽん+羽根餃子」を食べました。これぞ本場の味! 美味しかったです(写真⑩)。
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