日本100名城

おかじょう

岡城

大分県竹田市

別名 : 臥牛城、豊後竹田城
旧国名 : 豊後

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岡城
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ぴーかる

岡城 (2020/11/29 訪問)

【百名城56城目】
<駐車場他>入城入口受付前無料Pあり
<交通手段>レンタカー

<見所>全部
<感想>2泊3日豊後国百・続百名城攻城の旅7城目。岡城は3回目の訪城。今回はスタンプ押印、じっくり堪能、写真を沢山撮影するのを目的に来ました。が、なんと登城口手前の階段前でカメラが突然の故障(T_T)完全停止してどうにもならなくなったので、仕方なしに急遽スマホのカメラで凌いだのでバッテリーの関係もあり思う存分撮影できなかった。画質も落ちるし、無念・・・・。
 また更に受付で頂ける栞が以前は巻物だったのですが、2020年7月頃より普通の冊子に変更されていました。コストがかかるそうで変更されたそうです。城の中で一番好きな栞だったのに残念なことです。

 岡城の1回目の訪城が2002年頃で、その時、今から30年近く前の学生時に初めて行った安土城跡に続き、改めて石垣のみが残る山城・平山城の魅力を感じたお城巡りを増やす起点となった思い入れが深い城跡です。2回目の訪城2012年より雑草の整備や石垣から生えた出ていた木・郭内の木が伐採されていて石垣遺構がよく観察できるようになっていました。知識も多少増え、遺構の新たな「気づき」もあって何度でも何時間でも楽しめる、荒城どころか自分の中では大名城、大好きな城のひとつ。

<満足度>★★★★★

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昌官忠

「クラブツーリズム九州7県日本の名城13制覇4日間」⑫ (2018/10/23 訪問)

「クラブツーリズム九州7県日本の名城13制覇4日間」の12城目は岡城です。
100名城スタンプは「観覧料発売所」で押しました。

岡城の歴史は古く、平安末期に豊後の地侍である緒方惟栄が、都落ちする源義経を迎える為に城を築いたと伝わっています。
戦国も終わりを告げる頃、この地を領した中川秀成が要害堅固な地形を土台として総石垣造の城郭に大改修を行い、以後、明治の廃城令が出されるまで、岡城は中川氏の居城として利用されたとのことでした。現在は「岡城公園」として整備されています。

~攻城ルート~
駐車場➡観覧料発売所(入城県が巻物になっています)➡かまぼこ石➡大手門跡(立派な石垣)➡御朱印趾➡家老屋敷跡(石垣で区画され、細く直線の通路で区切られていた)➡城代屋敷跡➡籾倉跡(この付近で大手門方向の高石垣を見る:高石垣が素晴らしい)➡三の丸➡二の丸(瀧廉太郎銅像)➡本丸(天満神社:ここで引き返す)➡大手門付近まで戻る➡西の丸(近戸門や西の丸御殿跡を確認)➡角櫓跡➡物見櫓跡➡古大手門跡➡駐車場へ戻る

後で縄張図を確認すると見学したのは、時間の都合上、全体の半分くらいでした。攻城時間は70分くらいでした。

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ふゆづき

蒼空に吸い込まれる城塞 (2020/11/29 訪問)

熊本を訪問したついでに豊後竹田の岡城址を訪問しました。
熊本市内から阿蘇を横目に車で約2時間といったところだと思います。
地震の影響で、途中で一部迂回しなければならない道もありますが、復興のため無料化されている自動車道もあり、山道とは思えない総じて快適な道のりです。

訪問した当日は天気が良く、入城口前の駐車場に車を止めて、城郭を心ゆくまで見ることができました。
通常とおり、大手門方面から登城。欧州の城塔を思わせるような大手門の石垣を通過し、西の丸を横目に見ながら、三の丸、二の丸を経由して本丸に到達しましたが、印象的なのは、西の丸を少し越えた辺りから、谷を挟んで本丸側を見た風景です。
この風景に現れる太鼓櫓・鐘櫓の石垣を初めとした石壁が連なる様は圧巻です。
また三の丸・二の丸の高石垣もどうやってこのような足場を組んだのかと感じるものです。
本丸からは、搦め手の下原門まで行き、西の丸方面い引き返し、家老屋敷跡を見てから大手門経由で戻りましたが、滞在時間は約3時間であり、その強大な城郭には本当に圧倒される思いでした。

最近、兵庫の竹田城、奈良の高取城といった定評のある山城を訪問したばかりでしたが、これらの城と比較してもこの城の強大さは印象的であり、最強の城に選出されたことは伊達ではないと思わされました。
山城好きは訪問して損は無いと感じた一日でした。

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小六

岡城 (2020/02/09 訪問)

荒城の月で有名な豊後竹田の岡城。耳川の戦いの後、押し寄せる島津軍を何度も撃退したことでも知られる、見事な石垣の堅城です。
受付で城内案内図をもらえますが、これが巻物形式になっていて、表側は案内図や説明、裏側は宝暦年間の絵図になっており、掛け軸としても使えます。巻物の芯は木製で、このパンフレット(?)だけでも入場料以上の価値はあるかと。

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概要

標高325mの天神山の断崖絶壁を生かし、12世紀初めに築かれた古城。文禄3年(1595)に入城した中川秀成が本丸を中心に二の丸・三の丸・西の丸を置き、高石垣を多用した総石垣の山城へと改修した。建物はすべて解体されたが、岩盤から天に向かって直接そそり立つ三の丸北側の高石垣などが往時の威容を今に伝える。

城郭情報

城地種類 梯郭式山城
築城年代 文治元年(1185)
築城者 緒方惟義
主要城主 志賀氏、中川氏
文化財史跡区分 国史跡(岡城跡)
近年の主な復元・整備 志賀貞朝、中川秀成
天守の現況・形態 御三階櫓[階層不明/1596年築/倒壊(地震)]、複合連結式層塔型御三階櫓[3重4階/1774年再/破却(廃城令)]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀、門跡
住所 大分県竹田市大字竹田
問い合わせ先 竹田市教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 0974-63-1111