日本100名城

たかとりじょう

高取城

奈良県高市郡

別名 : 芙蓉城[ふようじょう]

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高取城
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イオ

「常普請」の城 (2019/02/17 訪問)

大手門の内側だけでも石垣分はお腹いっぱい状態でしたが、続いては「城内」(壺阪口門、二ノ門、吉野口門の内側)を回り尽くすべく、まずは二ノ門に向かいます。

正直、大手門内の石垣がいくら凄くても、登城道沿いの石垣となると門周辺にあるくらいだろうと思っていましたが、道の左右に広がる屋敷跡の斜面もほとんどが石垣で固められていて、大手門内とは違う意味で驚かされてしまいました。
途中、国見櫓からの眺望を堪能したり、屋敷跡で藪漕ぎしたりしながら二ノ門に到着。水堀と猿石を見た後、また大手門前まで戻って今度は吉野口門へ。こちらも、本丸下部を取り巻く石垣に吉野口門付近の竪石垣や堀切など、見どころ盛りだくさんです。さらに進んだ先の赤土郭には大堀切があるようですが、この日は時間切れのためここまで。吉野口郭を少し散策して、帰宅の途につきました。

この日歩いた「城内」のほぼ全域にわたって石垣が見られましたが、中心部から離れた場所の石垣はあちこちで崩落が進んでおり、昨秋「大和の城めぐり」と題した講演で、千田先生が高取城の石垣が危機的な状況にあると話されていたのを思い出し、その現状を目の当たりにして、何とも言えない気持ちになりました。高取城は、現役だった江戸期にあっても、修理に際して幕府の許可を要しない「常普請」の城とされていたとのことですし、この高い山中の、広大な城域全体を維持していくのはやはり並大抵のことではないのでしょうね。それだけに、高取城が「最強の城」に選ばれたことをひとつの契機に、
「最強の城」に選ばれる → 訪れる人が増える → こんなに人が来るのなら、と国や県が史跡としての価値を見直す → 保全が進む
という流れになってくれれば…と願わずにいられません。

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イオ

「最強の城」 (2019/02/17 訪問)

「人類の宝」に続いては、初代 日本「最強の城」へ。
本来であれば城下町から歩いて登りたいところながら、この日は午後から仕事だったので、車で七つ井戸まで行く…つもりが、八幡口登り口から先は通行止めになっていたため、壺阪口からの登城となりました。

歩き始めてすぐに姿を現す屋敷跡の石垣。さらに登っていくと壺阪口門の高く積まれた石塁が。さすがは噂に名高い石垣の城。ますます期待が高まります。そして大手門に到着。こんな山中にこれほどの石垣が連なっているなんて! わくわくしながら大手門を抜けて二ノ丸へ。太鼓櫓と新櫓の櫓台を天守台と勘違いして「もっと凄いのを想像してたのに…」とがっかりしたり、それだけに本当の天守台の想像を遙かに超える巨大さに呆然としたり、本丸上段(天守郭)を囲う高石垣に圧倒されたり…と、石垣天国を満喫。折れを多用した厳重な作りの虎口と併せて、まさに「最強の城」の名に相応しい城であることを実感しました。

(といっても、初回の日本「最強の城」で取り上げられた城はいずれ劣らぬ名城ばかりで、どの城が選ばれても「最強の城」の名に恥じるところはないでしょうけどね)

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小城小次郎

高取城

昨年「最強の城」の称号を得た石垣の名城は、かつて白亜の建物群を戴く文字通りの名城だったが、明治になって管理が追い付かず自然倒壊していったらしい(涙)

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にのまる

三大山城制覇 (2019/01/13 訪問)

前日までは壷阪寺までバスで行くつもりだったのですが、夢創館でスタンプゲット後のバスの待ち時間がもったいなかったのと、散策マップに「ハイキングコース」と書いてあったので大丈夫な気がして、北回りで歩いて登城してしまいました。
武家屋敷の残る城下町を抜け、冬の朝の澄んだ空気の中、川のせせらぎを聞きながらのどかな風景の広がる道を進みます。道路は舗装されていて、道に迷うこともありません。「最強の城 高取城」の幟が励ましてくれます。砂防ダムを見て、宗泉寺にも寄り道しました。
…が、実は宗泉寺がハイキングコースのスタート地点でした(゚д゚)!
黒門跡から山道です。崩れた石垣や瓦の欠片が目に飛び込んできました。七曲り(もっと曲がった気がする)を過ぎると、一升坂。築城の際に一升加増されるほど大変な坂だったことからそう呼ばれるようになったという解説を読んで力が抜けました。
ご褒美はないけれど登るしかありません…。
ただ、恐怖を感じる崖っぷちはあまりなく、ロープやクサリ場もありません。きっついだけです。
そしてようやく猿石とご対面。写真のタイムスタンプを見ると夢創館から猿石まで1時間13分でした。猿石の先には、山城にして豊かに水を湛える幻想的な水堀。
二の門を抜けると侍屋敷が並んでいたそうで、瓦の欠片だらけでした。大きな屋敷跡には石垣が巡らされていました。矢場門の手前を右に折れると国見櫓。ここからの眺め、素晴らしかったです。国見櫓だけに国が一望できます。一升坂を登ったご褒美はこれだったのか!疲れも吹っ飛びました。(翌々日に筋肉痛きましたが。)
松の門から宇陀門、千早門、大手門、そして二の丸、本丸、天守台と続くアンビリバボーな石垣の連続。ちょうど日差しが出てきて、青空に映えて最高でした!本丸石垣の周りを一周してみたのですが、複雑すぎる面と優美な曲線を描く面との違いが印象に残りました。地元の達人さんに教えていただいた七つ井戸方面から見上げた石垣の姿も映え映えでした。
帰りは壺阪寺の方の道を一気に下り、結局全行程歩き通してしまいました。次は今回行かなかった吉野口門にも行ってみたいです。そのまま吉野方面に抜けられたらいいのだけれどどうなんだろ…。

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概要

奈良飛鳥盆地の南にそびえる標高583mの山頂を中心に築城し、羽柴秀長配下の本多氏によって近世城郭へと仕上げられた。山城は郭内と城内に分けられ、郭内は釘抜門から内側、城内は二の門・壺坂口門・吉野口門より内側を指す。城下の黒門跡からの比高390mは「日本三山城」の名に恥じない眺望だ。天守台の高石垣も必見。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 元弘2年(正慶元、1332)ころ、大正13年(1585)
築城者 越智邦澄、本多利朝
主要城主 越智氏、本多氏、植村氏
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 平成10年の台風の影響による倒木等を除去。その際、石垣も一部修復された
天守の現況・形態 天守台のみ現存
主な関連施設 -
主な遺構 本丸、二の丸、三の丸、石垣、堀、移築城門
住所 奈良県高市郡高取町高取、上子島、吉野郡大淀町比曽
問い合わせ先 高取町役場
問い合わせ先電話番号 0744-52-3334