日本100名城

たかとりじょう

高取城

奈良県高市郡

別名 : 芙蓉城、鷹取城、高取山城
旧国名 : 大和

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高取城
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ヒロケン

【お城川柳】 (2021/07/10 訪問)

「手をとりて 額に汗する 山の城」     「家族愛 そっと見守る 芙蓉姫」 

本丸の散策を終え下山しようと、二の丸を通過中に75歳くらいのご夫婦とすれ違い様にご挨拶。「此処が本丸ですか?」と尋ねられたので足を止め「この石垣の奥を行ったところに、本丸がありますよ」と返答。お母さんより、「あとどのくらいですか?」「もう少し5分程です」と返答。
よく見ると、左手に杖を持ち、お父さんの腕を掴んで、額から汗が滴り落ちている状況。「少し休憩されてから行かれた方が良いですよ」と言ったところ、フーフー言いながら、「前にねぇ、来たことがあるんですけど、雨に降られて途中で降りたんですよ」「今日は、息子がね連れてきてくれたんですよ」「車を止めるとこがなくて、息子は車で待ってるんですよ」との事。
なるほど、息子さんを待せまいと、ご夫婦で急ぎ足で登って来られたんだと・・・。息子さんに連れて来てもらったのがよほど嬉しかったのか分かりませんが、笑顔で息子さんの話をされていたのが印象的でした。10分程ご夫婦のお話を聞いている間に、呼吸も大分元にもどられたので、自分は、そのまま下山しました。下山途中で、駐車スペースが空いたのか、息子さんと思われる方とすれ違いました。息子さんも、ご両親と早く合流したいのか、急ぎ足で額に汗して登られていました。

高取城は2012年・2016年と3度目の訪問で二万五千石の城とは思えないほど、城域が広く、石垣を多用しています。(100万石の羽柴秀長公が中興の祖)また、明治維新まで続き、自然倒壊したと思われる建物の瓦が城域のどこに行っても確認できる。石垣好きには堪らない城跡です。

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tshimojima

ラピュタ感満載のお城 (2017/04/24 訪問)

奈良の吉野に近い山奥にある立派な石垣のお城です。日本の山城はどこも「ラピュタ感」は大なり小なりあるのですが、高取城(と岩村城)は石垣の規模が大きく迫力があります。天守がないのは残念ですが、天守がないからこその「つわものどもがゆめのあと」っぽい魅力も出ていると思います。

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pascal

なぜ此処にこんな巨城が!? (2014/05/03 訪問)

 百名城でお馴染みの高取城。
城下の壺阪山からは約4㎞、比高差390mの急な登城路の山道を2時間掛けて登った先で目に飛び込んでくる壮大な石の遺構。
そんなインディー・ジョーンズにも似た感激を味わえるのは、この城ならではですね。

 南北朝期の越智氏の築城に始まり、筒井順慶も詰め城に使った高取城を、総石垣の巨城に仕上げたのは豊臣秀長です。
高取山は石材の採取に適した山ではないので、使っている石の多くは麓で調達・加工して、歩いて来た坂道を引っ張り揚げた訳ですね。
過去の癖で、それをすぐにコストに換算してしまうのですが、この築城には膨大な金額が費やされていますね。
地理的効果でも随分とコスパの悪い仕事です。
(大和郡山城が百万石の太守の居城にしてはショボい理由はこれか?)

 『秀長は見栄張ってえらい無駄遣いしたもんやなぁ、豊臣やから…なぁ』
で片付ければ、話はそれで終わるのですが、あのケチで有名な徳川家康が高取城を継承し、幕府は管理人大名を置いて明治まで維持して行った事実で謎は一気に深まります。
そう思うと、大和郡山に代々譜代の大身を配した事も、紀州を御三家で抑えた事も、一連の繋がりの政策に見えて来ます。

 紀州の海~山深い紀伊山地とその入り口にある高取城~そして奈良盆地から京都
何か大きな国体戦略の要の位置に有ったのが高取城なのでは?
もしも千田先生と話す機会があったら、ぜひ訊いて見たい日本史の謎です。

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スティクラ

石垣好きでなくても必見。高取城。 (2020/12/27 訪問)

2020年最後の城巡りは高取城。

今回は壺阪山駅から壺阪寺経由で高取城跡へ。
壺阪寺から登ると五百羅漢を見ることができるが、自分的にはあまり魅力的でなかったので、城跡のみを目的にする人は大手道から行った方が時間と体力を節約できます。

壺阪寺から高取城の大手門跡までは30~40分程度。ハイキングに慣れている人にとってはそれほど苦ではないと思います。

高取城跡は、大手門跡→二ノ丸跡→本丸跡→天守跡と進んでいくとともに石垣の迫力に圧され感動の連続。本丸跡からの景色もきれいだが、自分は石垣を見ながら1時間ほど散策していました。(さーっと見るだけなら20分くらいでまわれます)

帰りは大手道から。途中にある国見櫓跡から景色は見ごたえがあるので、オススメです。分岐から5分もかかりません。

下り終わった後、石畳の道にある案内所「夢創館」で御城印と名城スタンプをゲット。名城スタンプは案内所が休館の時でも外に置いてくださっているそうです。

紅葉の時期が一番の見所らしいので、次回は秋を目標に。もちろん紅葉の季節以外でも見る価値のある城跡だと思います。

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概要

奈良飛鳥盆地の南にそびえる標高583mの山頂を中心に築城し、羽柴秀長配下の本多氏によって近世城郭へと仕上げられた。山城は郭内と城内に分けられ、郭内は釘抜門から内側、城内は二の門・壺坂口門・吉野口門より内側を指す。城下の黒門跡からの比高390mは「日本三山城」の名に恥じない眺望だ。天守台の高石垣も必見。

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 元弘2年(1332)
築城者 越智邦澄
主要城主 越智氏、筒井氏、本多氏、植村氏
文化財史跡区分 国史跡(高取城跡)
近年の主な復元・整備 筒井順慶、本多利久
天守の現況・形態 連立式[3重3階地下1階/1589年築/破却]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(空堀、水堀)、堀切、井戸
住所 奈良県高市郡高取町高取他/吉野郡大淀町比曽
問い合わせ先 高取町役場
問い合わせ先電話番号 0744-52-3334