日本100名城

たかとりじょう

高取城

奈良県高市郡

別名 : 芙蓉城、鷹取城、高取山城
旧国名 : 大和

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高取城
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ryu

関西城巡り~高取城(2015年)(2) (2015/11/20 訪問)

高取城続き。
山上に築かれた石垣と紅葉が見事。

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ryu

関西城巡り~高取城(2015年)(1) (2015/11/20 訪問)

関西城巡り3城目。
近鉄壺阪山駅から雰囲気のある土佐街道を散策しながら歩くと夢創館という案内所がありそこで、100名城スタンプを押し、マップや縄張り図をもらう。土佐街道沿いにある見所をゆっくりと巡り、砂防公園近くの民家にある火薬櫓を見て、登山口へ。登山道に入ると七曲がり、一升坂と急坂が続き、久しぶりの山歩きには堪える。
国見櫓跡からは大和平野のすばらしい展望が広がっており、ここで買ってきた弁当で昼食にする。国見櫓跡から先も次々と見所が現れて立ち止まっては写真を撮っての繰り返しである。
特に大手門から先の石垣と色づき始めた紅葉は見事だった。
本丸の石垣の上からは、遠くに大台ヶ原山方面の山並みが連なっている。
城郭の遺構をじっくり探訪して下山は壺阪寺方面に下る。
壺阪寺から壺阪山駅まではバスで下り、駅近くにある子嶋寺の山門(高取城二の門)を見る。
三大山城だけあって登りも大変だが、山上の石垣は見事だった。

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やま

萌える山城③ (2022/01/09 訪問)

前回の登城は山頂部の城跡しか見学できず、今回満を持して麓から徒歩で登城。登城路は登城口の石碑から約2キロの道のりでしたが、道中のいたるところに石垣、堀切などの跡が残っておりテンションマックス状態。更に7合目付近にある猿石から先は二の門跡から次々に城門跡が出現。途中高石垣などもあり、当時の様子がとてもよくわかる状態でした。また国見櫓跡からの眺望は今までの山城で見たこともないような素晴らしい眺望で感激しました。山頂の遺構はこれらを凌駕するほどの石垣の高さ、美しさがあり、所々苔むした感じがなんとも言えない古城の風合いを出しており、これぞ日本一の山城であると思わされました。整備も行き届いており、関係者の方々のご尽力に只々感謝の思い一杯となりました。本当に「素晴らしい」の一語に尽きる城跡でした。

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よしくん

感動しました高取城 (2021/11/29 訪問)

近鉄・壺阪山駅からトボブラと山頂まで2時間かけて登りました。駅前から少し行くと、土佐街道の古い町並みをぶらぶら探勝、スギ・ヒノキの暗い山道をひたすら登り、飛鳥時代に作られたという猿石、二の門跡脇の水堀、二の門跡を過ぎて、脇道的に入って行く国見櫓には是非行きたい。国見櫓からは眼下に奈良盆地が広がり、樫原神宮の森、二上山、葛城山や、遠くに大阪のビル群、六甲山が一望。宇陀門、大手門を過ぎると、二の丸、本丸に到着。広々とした開放的な本丸・二の丸にある高い石垣に感動します。この山頂にのみ、ケヤキ、カエデ類、モミなどの大木が生えて、今年最後になると思われる紅葉も楽しめました。高石垣の山城、山頂の紅葉と低山ハイキングと、3つのことに大満足の1日でした。

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概要

奈良飛鳥盆地の南にそびえる標高583mの山頂を中心に築城し、羽柴秀長配下の本多氏によって近世城郭へと仕上げられた。山城は郭内と城内に分けられ、郭内は釘抜門から内側、城内は二の門・壺坂口門・吉野口門より内側を指す。城下の黒門跡からの比高390mは「日本三山城」の名に恥じない眺望だ。天守台の高石垣も必見。

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 元弘2年(1332)
築城者 越智邦澄
主要城主 越智氏、筒井氏、本多氏、植村氏
文化財史跡区分 国史跡(高取城跡)
近年の主な復元・整備 筒井順慶、本多利久
天守の現況・形態 連立式[3重3階地下1階/1589年築/破却]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(空堀、水堀)、堀切、井戸
住所 奈良県高市郡高取町高取他/吉野郡大淀町比曽
問い合わせ先 高取町役場
問い合わせ先電話番号 0744-52-3334