日本100名城

みのわじょう

箕輪城

群馬県高崎市


旧国名 : 上野

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箕輪城
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ヒロケン

久しぶりの関東 (2024/03/02 訪問)

箕輪城は榛名山東南麓の丘陵上を中心に北東と南西の平坦地を含んだ戦国時代の平山城です。東西約500m、南北約1,100mにも及ぶ西上野の中核的な城郭です。北西から東南方向にのびる尾根上に主要な御前曲輪・本丸・二の丸・三の丸・郭馬出・木俣を配置し、各曲輪を最大幅約40m・深さ10mの堀を巡らせています。この城、最大の見所「これ本当に、人が掘ったの?」と思わせるほどの堀が随所に巡らされています。

築城されたのは、1500年頃に長野氏が築城し、4代にわたって長野氏の本拠としています。長野業政公は武田信玄公西上野侵攻に際し、最後まで抵抗しましたが1566年に敗れ、箕輪城は武田氏の城となり、その後は、織田氏、北条氏、徳川氏と主が変っています。
特に最後の城主徳川氏の井伊直政公は石高12万石で封じられ、8年間在城後に高崎に城を移して、箕輪城は廃城となっています。

10年振り2回目の訪問で、午前2時に豊橋を出発し8時30分頃箕輪城着(途中、高速道路事故渋滞の為、30分位ロス)往復12時間で、久しぶりの関東訪問の滞在時間は5時間"(-""-)"、この5時間で、箕輪城、平井城、平井金山城を攻略し、日帰りで帰宅する計画でした。
投稿日の3月3日、桃の節句で56歳の誕生日を迎えた自分には少々きつい計画でしたが、久しぶりの箕輪城を堪能し十分リフレッシュできました。
100名城のスタンプは高崎市美郷支所受付窓口と高崎市美郷公民館に設置されており、箕輪城のパンフレットもいただけます。一つ残念だったことは、本丸と蔵屋敷を結ぶ木橋を通行することが出来ませんでした。箕輪城環境整備の一環で、令和6年3月中旬まで通行止だそうです。10年前の訪問の際は、この木橋も郭馬出西虎口門も無かったので、楽しみにしていたのですが残念です。

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にのまる

稲荷曲輪の櫓台は初でした。 (2023/12/16 訪問)

1年半ぶり、5度目になります。
今回は大手尾根口から登城しました。
箕輪城は複数の登城口のどこから入ってもワンダーランドが待っている!というワクワク感を得られますが、大手尾根口の竹に覆われたひっそり感も堪らなくよかったです。
といっても10年前の初登城時は搦手口から上がった二の丸で「イノシシに注意」の張り紙にビビッてその先に進めなかったという苦い経験があるのですが、リベンジから回を重ねていくうちにどんどん好きになってきました。

木俣から下界を眺め、郭馬出西虎口門をあちこちから観察し、二の丸、本丸へと進みます。
木橋は通行止め(HPによると3月中旬まで)でしたが、2022年春の完成時にはりきって渡りに来ているのでOKです。
御前曲輪から稲荷曲輪へ下りました。ここの高低差は惚れ惚れします。
前回訪問時に躊躇して行かなかった稲荷山へ今回は行ってみました。稲荷社のある櫓台で、たった今通ってきたところが丸見え。これは討たれます。
新曲輪へ渡り、堀底道を歩いて木橋の下まで。見上げる木橋、かっこいいです。周辺整備が完了して近道の木橋が通れるようになってもここに下りて見上げたくなるだろうなと思います。
三の丸石垣、鍛冶曲輪の石垣を見ながら虎韜門へ向かいました。
帰りのバスの時間が迫っていましたが、大堀切を見上げていると(行かなかったらきっと後悔する……)と思ったので駆け上がりました。郭馬出が見えてきて、これで一周!の拍手を自分に送ってまた駆け下りて。
そして最後の最後に白川口埋門をチェックしておしまいです。
お気に入りのお城のお気に入りの風景を見て、新しい発見をして。
城歩きの楽しい思い出をまたひとつ重ねられました。

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HARU

箕輪城 (2018/05/18 訪問)

当初は堅固な土造の城でしたが、最後に入った徳川家康の譜代井伊直政によって石を用いた近世城郭に大改修されています。2016年には「郭馬出西虎口門」が復元されました。

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2022/04/30 訪問)

※岩櫃城、名胡桃城、沼田城と共に登城
※高崎駅前に前泊

7:17前橋(JR)、7:21,7:23新前橋(JR)、8:01,8:05沼田(路線バス)、8:15上新道
 (徒歩30分)名胡桃城跡案内所(続百名城スタンプ 9:00-16:00)
9:43上新道(路線バス)、10:03テラス沼田
 (徒歩9分)沼田市観光案内所(続百名城スタンプ 9:00-17:00)+ 沼田城跡
11:02沼田(JR)、11:23,12:09渋川(JR)、12:52群馬原町
 (徒歩30分)平沢登山口観光案内所(続百名城スタンプ 9-16時)+ 岩櫃城散策
14:50群馬原町、15:29渋川、16:15渋川駅前、16:50箕郷本町
 (徒歩7分)箕郷支所(箕輪城跡スタンプ 9:00-17:15休日は裏口)
17:29箕郷田町(路線バス)、18:10,18:14高崎(JR)、20:05新宿

※箕輪城跡散策はできず

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概要

巨大な堀や土塁、そして巧緻な縄張による堅固な土造の城として戦国時代に築かれ、徳川家康の譜代・井伊直政が石を多用した近世城郭に改築。本丸や曲輪を囲む深い堀、さらに桝形虎口や馬出からも、縄張の巧みさが伺える。二の丸から鍛冶曲輪の南側に掘られた、幅30m・深さ20mもの大堀切が見どころ。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 永正9年(1512)
築城者 長野業尚
主要城主 長野氏、内藤氏、北条氏、滝川氏、井伊氏
文化財史跡区分 国史跡(箕輪城跡)
近年の主な復元・整備 武田氏、北条氏、井伊直政
主な関連施設 門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、馬出、井戸
住所 群馬県高崎市箕郷町西明屋他
問い合わせ先 高崎市文化財保護課
問い合わせ先電話番号 027-321-1292