日本100名城

みのわじょう

箕輪城

群馬県高崎市


旧国名 : 上野

投稿する
箕輪城
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

ボン

箕輪城:2025年9月18日:100名城-47 (2025/09/18 訪問)

駐車場は無料。
堀や土塁はよく残っており、きれいに整備されている。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

保渡田古墳群3/3-かみつけの里博物館 (2026/05/30 訪問)

 二子山古墳の続です。

 かみつけの里博物館は上毛野(カミツケノ)はにわの里公園の中心施設で八幡塚古墳と二子山古墳の中間に位置し二子山古墳、八幡塚古墳、薬師塚古墳、三ツ寺Ⅰ遺跡、太子塚古墳の発掘遺物、埴輪などの展示、古墳群、遺跡の復元ジオラマで分かり易く説明解説されています。
 目に付いた展示物は、馬形埴輪、短甲武人埴輪、盾持ち埴輪、保渡田古墳群はじめとした榛名山南東麓ジオラマ、八幡塚古墳ジオラマ、三ツ寺Ⅰ遺跡ジオラマは感嘆興奮し観察見学しました。
 特に三ツ寺Ⅰ遺跡は城好きの私としては大変興味深く観察し、1500年前の古墳時代に中世、戦国期にも匹敵する四方に濠を回らし、南方と北方に出郭馬出を設けて、出構を西方北方に2基づつ設けてる、本郭は二分割し西に首長の館、東に従者の建屋、周囲は土塁と板塀、板柵で囲んでいる。
 ガイドの方と受付の方に三ツ寺Ⅰ遺跡の場所を聞きこの後訪ねました。

 長年の願いが叶い東国の栄えた時代の古墳、遺物を初体験見学堪能しました、感謝です。
 65歳以上は無料で見学出来ました、ガイドさん受付の女性の方々お世話に成りありがとうございました。

 次は別城扱いで三ツ寺Ⅰ遺跡を投稿します。
   

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

保渡田古墳群2/3-二子山古墳 (2026/05/30 訪問)

 八幡塚古墳の続です。

 保渡田古墳群の二子山古墳は「かみつけの里博物館」の西隣に在ります。古墳群3基の前方後円墳の中で最大です。
 全長213m、全幅108m、墳丘長108m、墳丘高9~10m、三段墳丘で斜面は石葺ですがコクマ笹で保護の為に植栽されている、周りは内堀外堀と内堤外堤で囲まれている、内堀には円墳部四方に陪塚の様な中島が付随して居ます。
 平成15年から17年に史跡整備調査の上復元整備されました。昭和60年9月3日に保渡田古墳群は国史指定されています。
 円墳部北東部からの板階段で円墳頂上に登り、頂上部には発掘調査状態の石棺写真パネルが原寸大で展示されて、周囲に説明盤設置されている、説明文ではパネル下1m下に実物舟形石棺が保存されていると、円墳部と方墳部とは道で繋がり墳丘からの眺めがよく、大噴火の有った榛名山を眺望出来る。
 榛名山東南麓には東日本でも有数の勢力を誇った豪族首長(王族)の本拠地が有り、三ツ寺遺跡Ⅰ王の館(城館)と王族を祀った大型の前方後円墳が残って居ます。
 二子山古墳東、かみつけの里博物館の南に紺色の矢車草と麦秋が混ざり植わって奇麗でしたので10番目に写真を載せます。

 次に「かみつけの里博物館」に続く。
   

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

保渡田古墳群1/3-八幡塚古墳 (2026/05/30 訪問)

 箕輪城の南東4km程に東国古代上毛野国が栄え保渡田古墳群が有り、数拾年前以前より箕輪城探訪の序で空き時間に訪ねたいいと思っていましたが、城探訪の次がついつい気に成り急がれて今回まで訪ねる事が出来ませんでした。
 今回の箕輪城本丸復元西虎口門を初体験探訪観察の後に、上毛野(カミツケノ)はにわの里公園に在る保渡田古墳群を訪ねました、保渡田古墳群は復元整備された八幡塚古墳、二子山古墳、未整備の薬師塚古墳の大型前方後円墳3基と十数の古墳で構成されて居り5世紀後半から6世紀初期にかけて築造、その後約1500年前の榛名山の大爆発と火砕流で埋まり、わずかに3段目の古墳部が姿を残した状態だったようです。
 昭和5年の発掘調査で埴輪片の発見、上越新幹線建設に伴う昭和56年からの発掘調査で三ツ寺Ⅰ遺跡の発見、平成15年~17年より史跡整備調査、復元整備と進み、今日見られる様な復元古墳が姿を現しました。
 住所:群馬県高崎市井手町1514(中心の、かみつけの里博物館住所)
 駐車場:同博物館駐車場利用、大型バス、小型車多数あり、外部トイレ、博物館トイレ有

 八幡塚古墳
 八幡塚古墳は博物館の北側に在り前方後円墳は石葺です、二重の堀と堤で囲まれて全長190m全幅140mで3段丘、墳丘長96m、墳丘高8m、円筒埴輪(6000本)が各段に並べられています、又内堤南東側に人物・動物埴輪を並べた区画が有ります。円墳部の内部下に石棺展示室が有り階段を降りて大きな舟形石棺を見学が出来ます。
 土日祭日だけでしょうかガイドの方がいらっしゃいました。
 奈良大阪の古墳群に比べれば小振りですが全長約200m墳丘長約100mも有り斜面を石で葺く復元、埴輪の復元で墳丘全段に並べるスケール感は壮大で大変見応えがあります。
 大勢の方が見学に来られていました
 長年の希望を叶え八幡塚古墳を見学探訪できて満足でした。

 次に二子山古墳に続く。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

概要

巨大な堀や土塁、そして巧緻な縄張による堅固な土造の城として戦国時代に築かれ、徳川家康の譜代・井伊直政が石を多用した近世城郭に改築。本丸や曲輪を囲む深い堀、さらに桝形虎口や馬出からも、縄張の巧みさが伺える。二の丸から鍛冶曲輪の南側に掘られた、幅30m・深さ20mもの大堀切が見どころ。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 永正9年(1512)
築城者 長野業尚
主要城主 長野氏、内藤氏、北条氏、滝川氏、井伊氏
文化財史跡区分 国史跡(箕輪城跡)
近年の主な復元・整備 武田氏、北条氏、井伊直政
主な関連施設 門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、馬出、井戸
住所 群馬県高崎市箕郷町西明屋他
問い合わせ先 高崎市文化財保護課
問い合わせ先電話番号 027-321-1292