日本100名城

かなざわじょう

金沢城

石川県金沢市

別名 : -

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金沢城
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ヒロケン

鼠多門と玉泉院丸庭園 (2020/08/13 訪問)

鼠多門は金沢城の西側の郭である玉泉院丸に位置し、水堀を跨ぐ木橋(鼠多門橋)により接続される金谷出丸(尾山神社境内)からの出入り口として機能していた二階建ての櫓門です。(パンフレットより抜粋)
鼠多門の特徴は、「黒漆喰を用いた海鼠壁」です。金沢城をはじめ全国のお城は海鼠壁に白漆喰が用いられていますが、黒漆喰を用いたものは全国的にも例がなく鼠多門が唯一となるそうです。名前の由来も諸説あるようですが、「ネズミ色の外観」説が有力だそうです。

玉泉院丸庭園は三代藩主前田利常により作庭、その後、五代綱紀、十三代斉泰など歴代の藩主により手を加えられ、饗応の場として活用された「兼六園」に比べ、藩主の内庭としての性格が強い庭園であったと考えられています。パンフレットより抜粋)

盆休みは10日に南近江を、12日に甲府を、13日に加賀の「行ってみたい」お城を攻城。この日は、少々、お疲れ気味で移動中に何度か睡魔に襲われ東海北陸道Pエリアで休憩。予定時間を大幅に遅れ、この日2城目の金沢城に着いたのが12時ちょい前( ;∀;)尾山神社駐車場(無料)に駐車し、尾山神社を堪能。鼠多門橋を経て鼠多門へ(*^-^*)黒漆喰の海鼠壁がスンバラシイ(*'▽')煌びやかな白漆喰と対照的に武家風とでもいうか力強さを感じる。
鼠多門を堪能し、玉泉院丸へ。玉泉院丸では色紙短冊積み石垣など意匠性の高い石垣群を庭の構成要素とする他に類を見ない独創的な庭園を堪能し、次の城に行こうとしたが、睡魔が("^ω^)・・・!!仕方なく北陸道を南下。何度も休憩をとりながら帰宅しました。

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カズサン

感激!鼠多門復元される (2020/09/21 訪問)

 令和2年9月四連休の21日夜行SA仮眠日帰りで令和2年7月13日から公開された金沢城玉泉院丸に在る木造復元鼠多門を待ちに待ってやっと見学探訪に出掛けました、復元に大変感激してます。
 車は兼六公園側の県営兼6駐車場に停める、白鳥掘りから大手門、新丸、河北門、三の丸、新しくできた鶴の丸休憩所、二の丸、二に丸では二の丸御殿発掘調査現場を確認、御殿が復元されると良いなと思いながら玉泉院丸北西の木橋階段より降りると樹間から鼠多門が覗かれる、もう胸はドキドキ高揚感、8時過ぎ9時から公開と聞いてましたが多くの人出、鼠多門、前橋を前後左右から眺め撮影、人を入れない様に、車を入れない様にとシャッターチャンスを待つに苦労、どんどん人は増える、GoToキャンペーン効果抜群。
 鼠多門は明治17年に火災で焼失、古写真で見てましたが約140年振りに復元、金谷出丸に架かる前橋と同時に復元整備、鼠多門は二階建て櫓門、壁は黒漆喰なまこ壁、国内唯一の建物です、撮影後鼠多門櫓内部を見学、木の香り豊かに二階のみ公開、一階は覗き見るだけ無料、受付の女性に感謝「市民と市長に感謝を!」と言うと県知事が熱心なのですとの返事、兎に角感謝です。
 5年前の橋爪御門、玉泉院丸公園の公開オープン見学時に鼠多門の発掘調査を遣ってましたので待ちに待ち二年前には起工式、新聞、ネット情報でウオッチし待ってました、7月13日公開情報は千田先生のツイートのツイッターで14日知りました。
 後の復元は現調査中の二の丸御殿、本丸の植物園的な環境を調査整備し三階櫓天守、または金沢城で一番高い所の石垣整備と天守代わりだった辰巳櫓の復元が待たれます、同じく本丸の石垣整備と見える化、夢は膨らみます、有難うございました❕

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カズサン

現存三十間長屋、鶴丸倉庫 (2015/04/04 訪問)

 H27年4月初旬桜満開の金沢城を探訪しました当年復元の橋爪御門、玉泉院丸庭園を探訪観察鑑賞し現存の三十間長屋、鶴丸倉庫を探訪、二の丸、三の丸、新丸と充分に堪能、兼六園にチョイ寄りし、帰路は以前白山市鳥越城登城時一向一揆歴史館が時間外で閉まって居り今回寄り資料と小冊子を入手し館内展示を見学、北陸道、名神、東名順調なドライブ。

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カズサン

復元五十間長屋菱櫓橋爪門続櫓 (2015/04/04 訪問)

 H27年4月初旬桜満開の金沢城を訪ね復元現存建物を満喫しました、H13年に復元されNHK大河ドラマ「利家とマツ」にも利用された二の丸五十間長屋、三階菱櫓、三階橋爪門続櫓と探訪し同写真を投稿します。

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概要

加賀一向一揆の拠点となった金沢御堂の跡地に佐久間盛政が築城し、前田利家が近世城郭へと改修。金箔瓦の天守は落雷で焼失したが、二重櫓を備えた石川門や菱櫓などの豪壮な建造物群が加賀百万石の繁栄を今も物語る。曲輪を土橋で連結させた巧緻な縄張も必見。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 天正8年(1580)、天正11年(1583)
築城者 佐久間盛政、前田利家
主要城主 佐久間氏、前田氏
文化財史跡区分 -
近年の主な復元・整備 平成13年に菱櫓・五十間長屋・前爪門続櫓、橋爪一の門、平成22年に河北門、いもり堀を復元、平成27年橋爪門二の門を復元、玉泉院丸庭園を整備
主な遺構 石川門、三十間長屋、石垣、堀
住所 石川県金沢市丸の内
問い合わせ先 金沢城・兼六園管理事務所
問い合わせ先電話番号 076-234-3800