日本100名城

かなざわじょう

金沢城

石川県金沢市

別名 : 尾山城
旧国名 : 加賀

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金沢城
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AJ

百万石の憂鬱 (2019/08/20 訪問)

鼻毛は伸ばし放題で、江戸城中で立ち小便--。
加賀藩3代目・前田利常の奇行にまつわる逸話をよく聞きます。もちろん全てを鵜呑みにできませんが、自ら“バカ殿”を演じることで幕府による減封・国替えの攻撃をかわしたという見方は一定の支持を得ているようです。

外様雄藩としてのプライドと自主規制のせめぎ合いは城造りにもよく表れている気がします。金沢城天守は17世紀初めに、そして代用の御三階櫓は18世紀中頃にそれぞれ焼失。その後再建されなかったのは幕府の警戒心を忖度したためだと指摘する向きがあります。

とはいえ、そこは百万石の大城郭。白を基調にした美しい意匠とは裏腹に、実質的な防衛ラインである門や櫓が放つ威圧感は尋常じゃありません。

中でも現存する石川門は搦手とは思えない重厚さ。また草木が生え放題の本丸南側、粗割石の高石垣は金沢の街並みとはどこか相容れない戦国臭さがあります。250年以上続いた徳川治世で溜まりに溜まったアンビバレントな感情が溢れ出ているように見えるのは私だけでしょうか。

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ニコ・ロビン

金( ・᷄ㅂ・᷅ )沢 (2016/10/03 訪問)

やってきました( ・᷄ㅂ・᷅ )金沢城
天守閣は無いけど、さすがの加賀百万石!
金沢城はやっぱ石垣だなぁ
野面と打込み、切込みが見れる
壁は海鼠で、瓦は鉛( ・᷄ㅂ・᷅ )ウーム やるなー
玉泉院丸庭園の色紙短冊積石垣なんて他で見れないもんね
兼六園より玉泉院丸庭園の方が良いと思うんだけどな

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くらのり

金沢城 (2020/01/25 訪問)

天文15年に本願寺が金沢御堂を創建したのが始まりと言われています。その後天正11年に前田利家が入城し、明治2年まで加賀藩前田家14代の居城となっていました。
前田利家は文禄元年(1592年)から改修工事を始めて、曲輪、堀の拡張、5重の天守や櫓を建て並べました。城址を含む一帯は金沢城公園として整備され、白い漆喰と石垣のコントラストが映える外観の石川門は国の重要文化財にも指定されています。
日本3大庭園の1つである金沢市の兼六園は、加賀藩5代藩主前田綱紀が金沢城に付属して作らせ、代々の藩主が改修した大名庭園です。

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宗春

金沢城 (2022/06/12 訪問)

ライトアップされた夜の部です。

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概要

加賀一向一揆の拠点となった金沢御堂の跡地に佐久間盛政が築城し、前田利家が近世城郭へと改修。金箔瓦の天守は落雷で焼失したが、二重櫓を備えた石川門や菱櫓などの豪壮な建造物群が加賀百万石の繁栄を今も物語る。曲輪を土橋で連結させた巧緻な縄張も必見。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 天正8年(1580)
築城者 佐久間盛政
主要城主 佐久間氏、前田氏
文化財史跡区分 国重要文化財(石川門、三十間長屋、鶴丸倉庫)、国史跡(金沢城跡)
近年の主な復元・整備 前田利家、前田利長
天守の現況・形態 型式不明[5重/1592年築/焼失(落雷)]、望楼型御三階櫓[3重/1603年築/焼失(火災)]
主な関連施設 菱櫓、橋爪門、橋爪門続櫓、五十間長屋、河北門、橋爪門二の門、枡形二重塀、鼠多門、鼠多門橋、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、長屋、門、移築能舞台
住所 石川県金沢市丸の内
問い合わせ先 金沢城・兼六園管理事務所
問い合わせ先電話番号 076-234-3800