日本100名城 現存12天守

びっちゅうまつやまじょう

備中松山城

岡山県高梁市

別名 : 高梁城
旧国名 : 備中

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備中松山城
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雪の華

備中松山城 (2024/11/16 訪問)

初めての山城、修行の道でした。
登城口にある杖をお借りして、大正解!

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イオ

山田方谷ゆかりの地めぐり (2024/09/15 訪問)

5年ぶりの再訪ですが、今回は山上の城には行かず、城下と周辺の山田方谷ゆかりの地をめぐりました。

山田方谷は江戸末期の儒者・陽明学者で、学者としては佐久間象山と並び称せられ、教育者としては藩校「有終館」の学頭を務め、また家塾を開いて三島中洲や河井継之助ら多くの人材を育成しました。藩主・板倉勝静から10万両の負債を抱えて破綻寸前だった松山藩の藩政改革を命じられると、7年で負債を完済したばかりか逆に10万両の蓄財を成し、軍制改革では後の奇兵隊や屯田制の先駆けというべき制度を設けた、当代きっての人物です。数年前に観た「英雄たちの選択」で初めてその事績を知って以来、知れば知るほどに素晴らしい人物だなぁ…と心酔しています。

山田方谷記念館(高梁市向町)
まずは前回に入口の前まで来ていながら時間の都合で断念した山田方谷記念館から。方谷の事績が「儒学者への道」「備中松山藩の藩政改革」「教育への情熱」の3つのテーマに分けて紹介されていて、歴史資料や解説パネルの他、ビデオの上映もされていました。記念館の前には方谷先生像も建てられています。

藩校有終館跡(高梁市中之町)
方谷が学頭(校長)として藩士子弟の教育に務めた藩校跡で、現在は幼稚園になっていますが、門の脇には方谷が植えたと伝わるクロマツが今も立っています。

牛麓舎跡(高梁市御前町)
方谷が有終館の学頭に就任した際に与えられた邸宅に開いた家塾で、備中松山城のある臥牛山の南麓にあたるため牛麓舎と名付けられました。身分を問わず受け入れたため門人は数十人を数え、後に二松學舎を創立する三島中洲ら多くの人材を輩出しています。

旧備中松山藩御茶屋跡(高梁市奥万田町)
藩政改革に目途がついたところで方谷は隠居を願い出て長瀬に移住しましたが、引き続き藩政には参画したため、城下滞在時は利用されていなかった御茶屋(藩主別邸)を宿舎としました。水車が併設されていたことから、通称「水車」と呼ばれています。

山田方谷旧宅及び長瀬塾跡(高梁市中井町西方)
隠居した方谷の長瀬の屋敷には明治に長瀬塾が開かれ、翌年には塾舎を増築しなければならないほどに入門者が殺到したようです。屋敷と長瀬塾跡地はJR伯備線・方谷駅になっていて、駅前に山田方谷旧宅及び長瀬塾跡の石碑と説明板が立てられています。駅名は方谷の名を残したいという地元の陳情によるもので、駅には「山田方谷」生誕の地の案内板が立てられ、方谷とゆかりの史跡の説明パネルが展示された方谷駅資料室も併設されています。長瀬の屋敷には、越後国長岡藩から河井継之助が訪れて半年余り方谷に師事しています。高梁川の向かいには長瀬を去る継之助が方谷との別れを惜しんだとされる地に立つ見返りの榎が見えました。

方谷園(高梁市中井町西方)
方谷の功績を顕彰するために方谷と山田家累代の墓所を整備した公園です。前回訪れているため今回は行きませんでしたが、近くにある方谷の里ふれあいセンターの方谷資料展示室は未訪なので、次の機会にはそちらもあわせてまた。

…ということで、「必ずやまた参ります…」と方谷先生に誓ってから5年も経ってしまいましたが、今回の遠征でようやく山田方谷ゆかりの地めぐりを果たすことができました。
 

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猫八郎

すぎてるのに (2024/10/11 訪問)

閉城時間過ぎにハァハァ言いながら本丸天守到着。
スタッフさんのご好意で入れさせて頂きました。
ありがとうございました┏○ペコッ

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シャンシャン

さんじゅーろー人形GET‼ (2024/07/13 訪問)

新発売となったさんじゅーろー人形をあしあと館でGET‼
本物との記念写真も撮影(^^♪
人出もそこまで多くなく、さんじゅーろーとたくさん触れ合うことができた。

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概要

13世紀中頃に築かれた山城を、江戸時代に小堀氏が近世城郭へと大改修。標高430mの小松山山頂に建つ二重二階の天守は日本で最も高所に位置し、山城に現存する唯一の天守でもある。階段状に配された曲輪は強固な高石垣を防御線とし、なかでも大手門跡北側の岩盤上に築かれた高石垣が目を引く。

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 仁治元年(1240)
築城者 秋庭重信
主要城主 秋庭氏、上野氏、庄氏、三村氏、小堀氏、池田氏、水谷氏、安藤氏、石川氏、板倉氏
文化財史跡区分 国重要文化財(天守、二重櫓、土塀)、国史跡(備中松山城跡)、県史跡(備中松山城御根小屋跡)
近年の主な復元・整備 高橋宗康、三村元親、水谷勝宗
天守の現況・形態 複合式望楼型[2重2階/1600年頃築?・1681年改/現存]
主な関連施設 櫓、門、塀、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守、櫓、石垣、土塁、塀
住所 岡山県高梁市内山下1
問い合わせ先 備中松山城
問い合わせ先電話番号 0866-22-1487