日本100名城 現存12天守

びっちゅうまつやまじょう

備中松山城

岡山県高梁市

別名 : 高梁城
旧国名 : 備中

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備中松山城
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イオ

武家屋敷通り (2026/04/05 訪問)

(続き)

石火矢町ふるさと村の武家屋敷通りは両側に土塀が続き、建ち並ぶ武家屋敷のうち、旧埴原家と旧折井家が公開されています(両家共通で大人500円)。前々から行ってみたいと思っていましたが、家族が旧埴原家内の「猫城主さんじゅーろーあしあと館」に行きたいと言うので、渡りに舟と両家ともに見学してきました。

旧埴原家には江戸後期築の建物が現存し、板倉氏四代藩主・板倉勝政の生母の実家であることから石高に比して立派な造りになっているようです。玄関前には式台を設け、玄関の壁は朱色に彩られています。近隣で製造されている弁柄によるものでしょうか。座敷の床の間脇の火燈窓にも格式の高さを感じます。座敷のほか居間や台所があり、土間には駕籠が展示され、台所の裏手には井戸や土蔵がありました。

旧折井家は江戸後期築の母屋と長屋門からなり、長屋門は馬屋が事務所、仲間部屋が休憩所、物置はそのまま物置として活用されています。母屋の式台から玄関に上がると、天井から提げられた武具掛けに槍と弓が並べられています。玄関の隅では侍の人形がお出迎え。人形が動きますと受付で聞かされていても、想定よりリアルな人形で驚かされました。奥座敷にも当主と奥方、子供の人形が鎮座しています。こちらも動き出すのか? と少々身構えてしまいました(動きません)。奥座敷の奥には中庭が広がり、池や庭石は往時のままだそうです。いったん母屋を出て台所の土間を抜けると井戸と風呂があり、その先の資料館には鎧兜に弓矢や火縄銃、陣羽織や裃、藩札や検地帳などが展示されていました。

両家ともに中級の武家屋敷ながら、それぞれ趣が異なっていて、どちらも興味深く拝見しました。備中松山城、つくづく見応えのある城です。
 

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イオ

猫城主さんじゅーろー (2026/04/05 訪問)

(続き)

猫好きの家族(私もですが)にとっての備中松山城のお目当ては何よりも「猫城主さんじゅーろー」です。前々から会いに行きたいと言われていましたが、ようやく果たすことができました。

登城した時のさんじゅーろーは二の丸のベンチで日向ぼっこしていました。次々とカメラやスマホを向けられ写真を撮られても全く動じることなく、顔を洗ったり毛づくろいしたり、うららかな春の陽を浴びて寛いでいる様子は見ているこちらまで幸せな気分にさせられます。いったん本丸に入って、また二の丸に戻ると日向ぼっこはもう充分なのか、今度は日陰で一息入れていました。城内見回りの時間になりお付きの人が傍に来ていましたが、特に急かす様子もなく、見回りはご城主さまの気分次第というところでしょうか(笑)

二の丸にはさんじゅーろーの石製ベンチが、本丸にはさんじゅーろーのイラスト看板とさんじゅーろーの御座所と思しき木桶が設置されていて、木桶が置かれた畳にはさんじゅーろーのイラストをあしらった畳縁が使われているなど、城内はさんじゅーろー尽くしです。これらは6年半前には無かったはず。さらに天守入口の下駄箱にはさんじゅーろーの写真を用いた「靴を脱いでお上がりください」の案内表示が。思わず吹き出してしまいました。この写真、どうやって撮ったんだろう…。

城下に下りると「猫城主さんじゅーろーあしあと館」へ。2年前に旧埴原家住宅の離れにオープンした施設で、さんじゅーろーの写真や映像、年譜が展示され、さんじゅーろーグッズも各種販売されています。また旧埴原家の北側にある旧折井家の前の道路にはさんじゅーろーのマンホールも設置されていました。猫一匹が周囲にこれだけの影響を及ぼしているとは…。さすがは「城主」ですね。家族も大満足でいろいろとさんじゅーろーグッズを買っていました。ご城主さまにはどうかこれからも末永くお元気で活躍されますことを願っております(続く)。
 

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イオ

やっぱり見応え抜群! (2026/04/05 訪問)

岡山家族旅行2日目。前日の雨も夜には上がって、この日は晴予報。となると、雲海が見られるかも? と期待していたところ、朝起きて窓から外を覗くと臥牛山に雲がかかっています! 家族も天空の城を見てみたいというので、朝食前に車で雲海展望台へ。6年半前より雲海は薄かったものの、それでも雲海に浮かぶ天守の姿を拝むことができました。

ホテルに戻って朝食を採り、城まちステーションからシャトルバスでふいご峠へ。中太鼓櫓台からは今朝方の雲海はどこへやら、晴天の下の城下町を見渡せました。さらに進むと眼前にそびえる真田丸OPの石垣! 岩盤の急斜面の上に幾重にも積まれた石垣は改めて圧倒的な迫力です。三の丸の桜は前日の風雨でずいぶん散っていたものの、まだまだ綺麗でした。そして二の丸から五の平櫓・六の平櫓越しに天守を仰ぎ、本丸に入城して天守内を見学。最後に水の手門側に回って、岩盤の上にそびえる二重櫓を見上げて備中松山城(小松山城)をひとめぐり。大松山城とは言わないまでも、せめて水の手門の先の大堀切くらいは見たいところでしたが、家族が堀切を見て喜ぶとはとても思えないのでここまでとしました。

観光程度にひとめぐりしただけながら、雲海の天空の城といい、岩盤に積まれた石垣といい、岩盤の上の天守や二重櫓といい、やっぱり見応え抜群の城だな~、と改めて実感。けれども家族にとってはそんなことはさほど重要ではなく…(続く)。


> todo94さん

尼子十砦、鳥取県コンプリートおめでとうございます! 先人の投稿は登城時に大いに参考にさせてもらっていますので、今後とも楽しみにしております。

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ジェイド

石垣が見事 (2022/11/30 訪問)

なんといっても自然の岩をそのまま使用した石垣が見事です。天守内見学後は裏に回って二重櫓と天守の外観を見るのをお忘れなく。
ちょっと離れていますが、備中松山城展望台からの城全体の眺めもお勧めです。

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概要

13世紀中頃に築かれた山城を、江戸時代に小堀氏が近世城郭へと大改修。標高430mの小松山山頂に建つ二重二階の天守は日本で最も高所に位置し、山城に現存する唯一の天守でもある。階段状に配された曲輪は強固な高石垣を防御線とし、なかでも大手門跡北側の岩盤上に築かれた高石垣が目を引く。

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 仁治元年(1240)
築城者 秋庭重信
主要城主 秋庭氏、上野氏、庄氏、三村氏、小堀氏、池田氏、水谷氏、安藤氏、石川氏、板倉氏
文化財史跡区分 国重要文化財(天守、二重櫓、土塀)、国史跡(備中松山城跡)、県史跡(備中松山城御根小屋跡)
近年の主な復元・整備 高橋宗康、三村元親、水谷勝宗
天守の現況・形態 複合式望楼型[2重2階/1600年頃築?・1681年改/現存]
主な関連施設 櫓、門、塀、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守、櫓、石垣、土塁、塀
住所 岡山県高梁市内山下1
問い合わせ先 備中松山城
問い合わせ先電話番号 0866-22-1487