日本100名城

きのじょう

鬼ノ城

岡山県総社市

別名 : 鬼城山[きのじょうざん]

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鬼ノ城
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橋吉

鬼ノ城 (2010/08/01 訪問)

ビジターセンターでスタンプが押せます。ここは資料館と休憩所を兼ねていますので登山前に予習、登山後に休憩に使うと良いでしょう。なお、飲み物は販売していません。

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街道おじさん

鬼ノ城登城 (2019/08/11 訪問)

JR服部駅から歩くこと1時間半。ようやく鬼ノ城に辿り着いた。
この日は午前中に備中松山城に登城。還暦を過ぎた身にはなかなかきつかった。
しかし7世紀に築かれた古代の城を見ることが出来、大満足。
復元された西門は見応えがあった。

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勝野武士

其の弐、東門跡から礎石建物跡も絡めてグルリと探訪。 (2019/07/21 訪問)

粛々と続けさせていただきますm(_ _)m

南門跡を過ぎると、巨石がかなりゴロゴロしているのが見受けられます。元々高石垣が築かれていたのか、単に落石によるものか…。
この鬼ノ城は所謂『桃太郎伝説』に関連付けて語られることが多く、それによるとここは温羅(うら)という鬼神が本拠としていて、吉備の中山に陣を構えた大吉備津彦命と対峙したそうな。
そんな伝説とも相まって、どことなく人ならざるものの住処だったのではという雰囲気さえ漂います。
なお、『屏風折れの石垣』近くには『温羅舊跡』と刻まれた石碑が立っています。

少し小振りな東門跡を抜けて、また暫く歩くと通称『屏風折れの石垣』に着きます。
千年以上前の遺構とは思えぬ程立派な高石垣も見事ですが、その縄張と立地に注目してみましょう。城内には所々に出っ張りが設けられていますが、その方面に睨みを効かすべく造られたのでしょう(西門近くの角楼もおそらく同じ役割)。
また、ここから西門までの北半分は南半分と比べて造りが違うように見えます。
出っ張りもないし城門は小規模な北門の1ヶ所のみ。土塁も少し低いように思います。
これは南半分、即ち瀬戸内海方面を重視して築かれたことを示しているようです。
南方面に、脅威勢力となっていた『何か』が存在していたのでしょうか?それとも白村江の戦い後、唐や朝鮮の船団の襲来を想定したものだったのでしょうか?興味は尽きません。

北門跡を過ぎて礎石建物跡へ。
今でも発掘調査で見つかった礎石の数々をはっきり見ることが出来ます。確認されているだけで兵舎2棟、倉庫5棟がありました。礎石の大きさからも、それなりに太い柱を使用した立派な建物が建っていたと考えられます。

礎石建物跡からは城内側の道を抜けて鬼城山頂(狼煙台跡)へ向かうのですが、これがまたしんどかった…。足元もあまり良くないので、登山靴は必須でしょう(履いてきてて良かった…)。
またアップダウンも結構あったりするので、整備されているとはいえ、やはり山城。油断は禁物です。所々にマムシ注意とかスズメバチ注意とか書かれた看板もありますので、それなりの対策は必要でしょう。

西門に着くと日はすっかり傾いておりました。
所要時間は2時間。
さすがに正直、少し疲れました(笑)

しかし本当に見所満載です。
何で今まで行かなかったんだろうと軽く凹むぐらいに素晴らしいお城でした。

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勝野武士

其の壱、復元西門から南門跡を探訪。 (2019/07/21 訪問)

皆様、暑中お見舞い申し上げますm(_ _)m

さて、やっとこさ来ましたよ!鬼ノ城!!
我が人生初の古代山城ですよ!!
この鬼ノ城、調査によって7世紀後半に築かれたことはわかっていますが、いったい誰によって造られたのか、その年代も目的も、いつ放棄されたのかさえ文献に記載が無いため全くわかっていない、文字通りの『謎の古代山城』なのです。
白村江の戦いや他の朝鮮式山城や神籠石式山城との関連性も含めて、千年以上前の古代ロマンを掻き立ててくれます。

高まる胸の鼓動を抑えつつマイカーで麓から登ること15分ほど。(途中に『鬼の釜』なるものもありますが、今回は時間の都合上スルー)
広い駐車場が整備されているのでそこでマイカーを停め、まずは鬼城山ビジターセンターで情報収集。
無料で展示を見学出来るほか、関係書籍を購入する事も出来ます。
また、鬼ノ城内にはトイレがないので、登城前には必ずここで済ませておく事を強くお勧めします!

そしていざ鬼ノ城へ。
整備された遊歩道を歩くこと10分ほどで『学習広場』へ。ここでは復元された角楼と西門、そして版築土塁を一望出来ます。
学習広場から少し歩いて、角楼を見上げながら土塁沿いに歩くと西門の前に出ます。
古代山城の本格的な復元建造物はここだけなので、もうそれだけでも見る価値があるってなもんです。
実質三階建て構造なので実に壮大です。柱や門扉などに付いた手斧の跡も素晴らしいです。高欄外側に付いた盾の独特な文様も目を引きます(本来は高欄の内側に付けるそうですが)。
…なお、内部は残念ながら建築基準法の関係で立入禁止です。

高さ約6mはあろうかという版築土塁はとても見応えがあります。鬼城山の山頂をぐるりと囲むように全長約2.8kmにわたって築かれており、城内の排水の為に造られた水門や4ヶ所の城門などの要所要所に石垣が築かれています。
そして、雨水や経年劣化などによる土塁へのダメージを軽減するために土塁の内外に敷石が築かれているのも大きな特徴です。
また、水門遺構も大きな見所の一つです。間近で石垣を観察できる第0~第2水門のうち第2水門以外は排水口を敢えて設けず、石垣の隙間を利用(?)して排水しています。
城内には現在6ヶ所の水門が確認されていますが、驚くべき事に、それらの水門は現在もしっかり機能しているのです。それも結構な水量を排出しているところもあります。
城内の水源の豊かさもさることながら、当時の築城技術の高さには本当に驚かされます。
だってこれ千年以上前の遺跡なんだぜ…?!

もちろん、城門の遺構も見逃せません。
西門以外の3ヶ所の城門は発掘調査の結果を受けて整備されており、礎石など加工の跡もよくわかります。
特に西門と同規模の南門跡については、実はこの南門こそが正門ではないかという説があります。

見所満載の鬼ノ城、スミマセン…まだ続きますm(_ _)m

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概要

吉備平野を見下ろす標高397mの鬼城山に、7世紀頃に築かれたとされる古代山城。土を突き固めた版築土塁の城壁は長さ約2.8kmにも及び、要所は高石垣となっている。城内には4つの城門があり、三重の木造建築による高さ約13mの西門が推定復元されている。

城郭情報

城地種類 山城(神籠石系)
築城年代 7世紀後半説が有力
築城者 大和朝廷が有力
主要城主 -
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 平成13年より角楼、西門から第0水門に到る城壁線の復元整備を実施したほか北門・東門・西門の表示整備も実施
天守の現況・形態 -
主な関連施設 鬼城山ビジターセンター、総社市埋蔵文化財学習の館
主な遺構 城門、水門、石垣、版築土塁、屏風折れの石垣、礎石建物群
住所 岡山県総社市奥坂鬼城山
問い合わせ先 総社市商工観光課
問い合わせ先電話番号 0866-92-8200