もとのわきじょう

本之脇城

和歌山県日高郡

別名 : 本ノ脇城、本の脇城
旧国名 : 紀伊

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小城小次郎

迷わず登れば城がある (2023/11/05 訪問)

城まで繋がる西山遊歩道は居館跡と伝わる一角をかすめた先で隣の山へと登って行くのでちと焦るが迷わず登ればぐるっと回って本之脇城に到達する。峠道の切通(堀切)にベンチが二つあったらその裏に入ればそこがお城。

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todo94

和歌山の城めぐり② (2023/04/29 訪問)

ゴールデンウイークの初日の行き先を和歌山としたのは、鳥取県に次いで攻城数が少ない県だったから。手取城からの転戦です。説明板もある遊歩道の入り口は、県道から三﨑神社に向かう裏道に入ってすぐの場所ですので、県道沿いの駐車場を利用するとよいかもしれません。遊歩道を進んで峠のあたりは堀切跡だとのことです。ピクミンブルームのキノコが生えていたので本之脇城の入り口であることが確認できました。キノコクリアでゲットしたポストカードには標柱が写っていましたが、現地には存在していません。木のベンチが目印です。山中に少し分け入ると、石垣が現れます。

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ぴーかる

本之脇城 (2022/12/24 訪問)

【本之脇城】
<駐車場他>海岸沿い<33.894349, 135.114655>に駐車しました。
<交通手段>車

<見所>石積跡
<感想>本之脇城の築城者・築城年代は定かではなく、現地案内板には定かではないが美濃左兵衛の居城とされる。阿波から渡海した三好一族の拠点となった説もあるようです。上記ポイントに駐車し煙樹ヶ浜をまず堪能、長ーい海岸線の浜はなかなか楽しめます。 
 <33.894701, 135.115999>ポイントに城跡の説明板があり北方向へ道を進んで行きます。少し登ると左手に溜池、右手にくくり罠の札があるところから入り込むと居館跡があります。石垣も一部残っており数段の曲輪があります。ここから15分程舗装道を登ると堀切、木ベンチがあり添付写真のベンチ間の矢印の方向に山に入るとそこが城跡になります。案内板が無く、先達のとあるさん・イオさんの投稿がなければ見付けられず通り過ぎてしまうところでした。助かりました。城跡は尾根上の曲輪とその下段に帯曲輪があり帯曲輪に石垣が一部残されています。当時は曲輪壁に多く石垣を使用していた感じがしました。

<満足度>◆◆◇

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イオ

海賊伝承の山城 (2022/02/26 訪問)

戦国前期に阿波三好氏の武将・美濃左兵衛が築いたと伝わりますが、江戸後期の軍記物「鞍賀多和長尾記」に基づく伝承であり、詳細は不明です。

御崎神社の西、煙樹ヶ浜西端から少し入った西山遊歩道の入口に説明板があり、近くの空きスペースに車を駐めて登城開始。説明板から遊歩道を5分ほど歩き、左手にため池があるあたりで右手の山中に入って行くと、古屋敷とも海賊屋敷とも呼ばれる屋敷地が広がり、石垣も見られます。本之脇城の山麓の居館跡でしょうか。

さらに20分ほど登ると、遊歩道が切通状に尾根を横切っており、木製のベンチが置かれています。この切通が北端の堀切で、ベンチの間を奥に入って行くと主郭を囲む帯曲輪西辺の石垣が見えてきます。主郭と帯曲輪だけの小さな城ながらなかなかの規模です。帯曲輪に上ると、堀切に面する北端に大きな土塁がありました。頂部の主郭は北辺と南辺に低い土塁があり、南辺の土塁の外側には石垣が見られます。海賊伝承のある城で、位置的にも海上の見張りの役割を担っていたと考えられますが、現状は雑木林になっているため主郭から海を見渡すことはできません。

本之脇城の前に登城した入山城で気力を使い果たした状態でこの日一番の比高(170m)の山城はキツいかな…とも思いましたが、登城道は舗装された遊歩道だったためさして苦にもならず、城域も雑木林ではあっても藪化はしていないので、気力を削られることなく探索することができました。精神的な疲労感においては「藪 > 比高」ですね。
 

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 三好氏?
築城年 不明
主な城主 三好氏?、湯川氏?
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
再建造物 説明板
住所 和歌山県日高郡美浜町和田