日本100名城 現存12天守

ひめじじょう

姫路城

兵庫県姫路市

別名 : 白鷺城
旧国名 : 播磨

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姫路城
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いち

好みの場所 (2016/05/31 訪問)

 どこから撮っても素敵な姫路城ですが、 
個人的には、西の丸からのアングルが一番好きです。

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今年の正月3が日目の訪問地は姫路城 (2022/01/03 訪問)

今日は、世界遺産の姫路城へ行ってきました。
にのまるさん、松山城クイズの答えはすべて大正解です。
さすがデスネ。
そこで、松山城の補足ですが、本丸井戸のある本丸台地は谷を埋めて細長い姿にしたものだったのです。
本丸井戸の深さは、約44.2mもあるのですが当時の技術では掘ることなど出来なかったのです。
今の井戸のある遥か下は谷底で泉があったのです。
谷を埋めるのと平行して、谷底の泉を石垣で囲みながら積み上げて造ったものだったのです。
このようにして、本丸井戸とあの細長い南北の台地が出来上がったのです。
これを私が知った時、驚きで震えが止まりませんでした。
また、二の丸庭園には大井戸も有ります。
松山は、山地に囲まれた位置にあり降雨量が極めて少ない地域なので、水の確保は欠かせませんでした。
歴史学だけではなく考古学、地質学、地形学、気象学などの知識もお城を研究する上で必要だと今更ながらに痛感しております。
さて。姫路城はと言うと
今日も姫路城天守に登って来ました。
今日は何を見たかったかと言うと、回り縁の痕跡などです。
姫路城は、外から見ると回り縁も高欄も全くありません。
しかしながら、天守閣の最上階に回り縁の痕跡たるものがあったのです。
最上階には、登り階段と下り階段が有ります。
その外側にぐるーと回れる廊下みたいなものが有ります。
今は一周出来ませんが、確かに有ります。
これが回り縁を造ろうとした痕跡なのです。
姫路城が造られた頃は、近世城郭に移ろうとしていた時で
回り縁がもはや必要では無くなっていたのですね。
私、今週末から一乗谷城等の朝倉氏の山城の講演会、国指定となった飯盛城の全貌の講演会、岐阜関ヶ原歴史博物館1周年記念の講演会、一昨年発見され発掘調査後埋め戻しされた京都新城の調査報告会と講演会に行く予定です。


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十郎

圧巻の白城 (2018/03/23 訪問)

平成の大修理のあと、3年経ってましたが白かったです。
この時は桜の一歩手前だったのが残念でしたが、それでも圧巻の城でした。

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todo94

城カード現存12天守シリーズ (2021/11/13 訪問)

城カード現存12天守シリーズの入手を目的に姫路城に行って参りました。3巡目の日本100名城スタンプラリーコンプリートを達成した2019年2月以来の姫路城です。その時は小天守群の特別公開が開催されていました。今回は、西の丸にて千姫・忠刻復元着物特別展示が行われていました。別料金300円を支払って勿論見てきましたとも。官兵衛普請の石垣も拝んでくることが出来ました。城カードも無事、ゲットできました。

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概要

黒田重隆の居城を羽柴秀吉が改修し、関ヶ原合戦後に池田輝政がさらに大改修を行って連立式天守を完成。そして本多忠政が西の丸などを造築し、現在の姿になった。渡櫓で結ばれた4つの天守のうち、大天守は平成の大修理によって白漆喰が塗り替えられ、白鷺城と呼ばれた往時の美しさを甦らせた。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 正平元年〔南朝〕/貞和2年〔北朝〕(1346)
築城者 赤松貞範
主要城主 池田氏、本多氏、酒井氏
文化財史跡区分 世界遺産(姫路城)、国宝(大小天守・渡櫓等8棟)、国重要文化財(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)、特別史跡(姫路城跡)
近年の主な復元・整備 黒田孝高、池田輝政
天守の現況・形態 型式不明[3重/1580年築/解体]、連立式望楼型[5重6階地下1階/1609築/現存]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守、櫓、門、塀、石垣、横堀(水堀)、土塁、庭園
住所 兵庫県姫路市本町68
問い合わせ先 姫路城管理事務所
問い合わせ先電話番号 079-285-1146