かんじょうさんじょう

感状山城

兵庫県相生市

別名 : 瓜生城
旧国名 : 播磨

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本曲輪の石垣
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ぴーかる

感状山城 (2020/11/03 訪問)

【感状山城】
<駐車場他>瓜生羅漢峡入口南北2箇所無料あり。
<交通手段>車

<見所>羅漢石仏・礎石建物跡・曲輪・石垣・大手門跡
<感想>この日のメイン、感状山城。以前から行ってみたかった城跡で、涼しくなって早速攻城した。感状山城は築城年代は定かではなく、鎌倉時代に瓜生左衛門尉によって築かれたとも、南北朝時代に赤松円心の三男赤松則祐によって築かれた説がある。南北朝時代、新田義貞の軍勢を赤松円心が白旗城、赤松則祐が感状山城に立て籠もり50余日にわたり足止めをした結果の功績により足利尊氏が,赤松則祐に感状を与えたことから感状山と呼ばれるようになったといわれている。総石垣による曲輪の構造で、戦国時代に宇喜多氏によって改修されたものではないかという説もあります。

 羅漢峡入口の山道から少し進むと分岐右手方向が感状山城の登城口、直進少し進むと巨石群と瓜生羅漢石仏があります。先に羅漢石仏を見学、この石仏は誰がいつ彫ったものか定かではなく諸説あって謎めいている。江戸時代の書物には五百羅漢の記述があり、現存20体より沢山の石仏があったようです。石仏が安置されている周辺は巨石群になっていて、巨石の通路やうそつきが通ると崩れるといわれる巨石のトンネルがあります。お城とは関係ないかもしれないが、序盤から自分好みの巨石と石仏で興奮しました。お勧めです。

 城跡の登山道約500mの半分はつづら折りの山道、整備された階段になっていて所々の曲がり部分に石垣遺構が見られます。半分途中に大手道方向と物見台~本曲輪方向に行く分岐に分かれますが、先に本曲輪に行く方を選びました。大手道・大手門跡はⅢ曲輪からも以前は行けたようですが、現在は通行止めになっていてこの分岐からしか行けませんので注意です。登山道の残り半分は岩場になっており少し体力必要です。登りきった尾根状にまず物見岩にたどり着きます。物見岩は巨石群の集まりになっていて、白旗城で見た物見岩の曲輪と似た光景でした。物見岩の先にⅢ曲輪と出曲輪があります。ここもかつては総石垣であったようで、今はわずかに曲輪の輪郭に石垣遺構が見られほとんどが崩落してしまったようです。Ⅲ曲輪から先は鉄パイプで組まれた足場の階段と滑落注意の細い岩場を100m程登ると南の曲輪群(連郭)の中間辺りに出ますので一旦最下段まで降りてみると良いかと思います。下から見上げる石垣は圧巻です。また最下段の曲輪には石垣の虎口遺構もあります。南の曲輪群はすべての曲輪の法面に石垣が施されていて見応えあります。南の曲輪群を登りきるとⅡ曲輪に出ます。Ⅱ曲輪も総石垣で東側は木々でよく分かりませんが西側は見事な石垣遺構が見られます。Ⅱ曲輪と繋がるような形で北側上段に本曲輪があります。本曲輪にも石垣が取巻いていたようで、今はだいぶ崩落して巨石石垣が一部残っています。本曲輪には礎石建物跡も見られます。本曲輪から北西方向に北の曲輪群(連郭)があります。ここは山林になっており、石垣遺構は肉眼では見られませんでした。落葉や土の堆積で隠れてしまっているのかもしれません。ここには倉庫跡の曲輪もあります。最後に下山途中で大手道・大手門跡を見に行った。だいぶ疲労していて行くかやめるか一瞬躊躇しましたが、見れる遺構はすべて見る意志で頑張って行きました。自分では一番の見所、推しポイントで先に見に行くと良いでしょう。大手道は法面から崩落したかなりの数の巨石で埋まっていますが、かつて大手道山側法面は大規模な石垣であったことが良く分かります。大手門跡は石段と両脇の石垣が明確に残る虎口跡で中世以前の雰囲気が漂う見所ある場所でした。

 みたところ大規模な見事な造り、総石垣の城でやはり持城期間の長かった赤松氏が時間をかけて築いた石垣であったと思いたい。巨石・謎の石仏・山城の石垣と自分好みが3つも揃った大満足の城跡でした。続百名城に負けていない。

<満足度>◆◆◆

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ヒロケン

総石垣 (2014/04/26 訪問)

感状山城は南北朝・室町期になると赤松氏一門の居城となり、足利尊氏の追討をしていた新田義貞の率いる軍勢に対し、赤松円心の白旗山城に呼応した赤松則祐がこの城に立て籠もって防戦し、50余日にわたり足止めをした結果、足利尊氏の反撃の機会を与えることとなった。この功績により足利尊氏から感状を与えられたことから感状山城と呼ばれるようになったと云われています。

城郭の構成は連郭式・階郭式の縄張りで、典型的な戦国山城の地取りとなっており、山頂部を中心に総石垣造りで建物跡と思われる礎石群が往時のまま残されています。

感状山城は、標高301mの感状山の尾根上に築かれており、登城口は「羅漢の里」と同じで、「羅漢の里」に駐車場も完備されています。登城口から30分程で山頂に到着し、登城道も整備されておりハイキング気分で城跡を堪能できます。

コロナウイルスの影響で不用・不急の外出を控えているのと、登城するだけの元気と現金がなく、少々古いですが、自分の好きな山城の画像を投稿させていただきます。

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シロマサ

南曲輪群の石垣が素敵! (2019/10/09 訪問)

この城について勝野武士が投稿してたように謎が多い城である。国の史跡に指定されている。
城名の由来は新田義貞の群勢を50日あまり足止めした功績により、赤松則祐が足利尊氏に感状を授かった事による。

今回若狭野陣屋の帰りに室津海駅館へ行く途中に、感状山城の看板を見て行先を変更して立ち寄る。
車は羅漢の里の駐車場に停めて、羅漢石仏の方へ行くと、右手に登り口が見える。
登山道は途中まで整備されているが、スニーカーでは厳しいです。
登城口の650mの看板は物見岩迄の距離で、ここから、大手門、Ⅲの曲輪、南曲輪群、Ⅱ曲輪、Ⅰ曲輪と続きます。
特に感動したのは南曲輪群の石垣で、石垣でv作ったテラスようでした。
急遽行ったので、井戸跡や、建物跡などは見過ごしたし、麓の店で昼食をとった所にパンフレットがあるようです。
羅漢の里は夏はキャンプ場として、秋は紅葉が見頃です。

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勝野武士

謎多き総石垣の山城。 (2018/10/28 訪問)

やっと来ることが出来ました。念願の感状山城!
このお城を訪れるにはやはりマイカーが良いでしょう。『瓜生羅漢の里』を目指して向かい、第一駐車場かその奥の水車小屋のある駐車場に停めると良いです。そして『羅漢石仏』に向かって歩き、程なく直進と右に曲がる登り坂に分かれます。右側が登城口です。
『ヤマビルに注意!』とか『クマに注意!』とか書いてある看板にビビりながら登って約15分程で物見岩に着きました。
気をつけなければいけないのは、ここが大手門跡ではないということ。
ほとんど何の情報も無しに登ったので、
『大手門跡は物見岩と別のところにある』
『登山口または羅漢の里の売店でパンフレットが置いてある』
といった情報を知ったのは、下山した後でした…超反省。
やはり事前のリサーチは必要です。またきっと、リベンジしよう…!

さてその城跡ですが、想像以上に見応えのあるものでした。
物見岩や広大な三曲輪(倉庫などが建ち並んでいたそうです)、二曲輪周辺を固める石垣の壮観さ、何より個人的には一曲輪の眺望と礎石建物跡が一番の見所かと。あちこち石垣が崩落しかかっていて危険な箇所も多いですが、随所に総石垣のテラスが築かれていて、とても見応えがありました。

しかしこのお城、これだけ規模も大きく総石垣で固めていながら記録が非常に乏しく、いつ誰が築いたのか、誰が総石垣に改修したのか、そしていつ廃絶したのか…あまり詳しく判っていないそうですね。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 瓜生左衛門
築城年 鎌倉時代
主な改修者 赤松氏時代
主な城主 瓜生氏、赤松氏、岡氏、赤松氏
遺構 曲輪、石垣、礎石、井戸跡
指定文化財 国史跡(赤松氏城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 兵庫県相生市矢野町瓜生、森
問い合わせ先 相生市教育委員会生涯学習課
問い合わせ先電話番号 0791-23-5150