いってきました
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2026/01/14 00:27
2026/01/05 18:56
初詣は黒田家ゆかりの三社参り (2026/01/04 訪問)
初詣を兼ねて、福岡城周辺にある黒田家ゆかりの三社をお参りしてきました。
① 【光雲神社】(てるもじんじゃ)
福岡城北側の荒津山(西公園)にある神社で、六代藩主「黒田継高」により創建されました。社殿には黒田如水・黒田長政の父子が祀られているそうです。賽銭箱には黒田家の家紋「藤巴」が刻まれていました。また境内には、長政の兜のモニュメントや、槍の名手で黒田節の主人公にもなった「母里太兵衛友信」の銅像もありました。参詣して思ったのですが、ここは神社ではありますが、築城当時はもしかして、福岡城が海から攻撃された場合の出城か、または陸から攻撃された場合の詰城のような存在だったのではないか🤔? (萩城の指月山のような存在)と今更ながら気づいてしまいました😯!
② 【警固神社】(けごじんじゃ)
黒田長政が福岡城を築城するにあたり、鴻臚館(唐の来客を接待していた施設)を取り壊す事になり、その際に鴻臚館にあった神社を、この地(現在の西鉄福岡天神駅横)に移したとされています。また長政は正室「栄姫」(家康養女で本多忠勝の娘)の安産祈願をこの警固神社で行ったとされており、その御利益か二代藩主となる「忠之」が無事生まれたそうです。
③ 【水鏡天満宮】(すいきょうてんまんぐう)
平安時代に京の都を追われ大宰府へ赴く「菅原道真」が博多湾に上陸した時、現在の福岡市中央区薬院という場所で、川の水に映った自分の姿があまりにもやつれていたので嘆き悲しみ、後にその地に水鏡天満宮が建てられたそうです。その神社は、福岡藩初代藩主の「黒田長政」によって、福岡城の鬼門の方向(現在の福岡市中央区天神)に移されたそうです。菅原道真は領民から天神様の愛称で親しまれていたため、今でもこの地一帯は天神様が鎮座する街「天神」と呼ばれてその名が残り、現在は福岡市の中心部で九州最大の繁華街となっています。
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2026/01/02 10:12
20200801福岡城(福岡県福岡市中央区) (2020/08/01 訪問)
長い梅雨が明けたばかりのためか、天守台の北面石垣は珍しく蔦で覆われ、多聞櫓のある南丸も草が生い茂っていた
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関ヶ原合戦の戦功で筑前に入国した黒田孝高・長政父子が築いた巨大城郭。丘陵の先端に築いた本丸を、東の二の丸・二の丸・南の二の丸、さらに三の丸が守りを固め、これらを囲む水堀は幅50m以上だったという。本丸と二の丸は高石垣の総石垣造で、三の丸は土塁造。現存する南の丸多聞櫓は国の重要文化財に指定されている。
| 城地種類 | 梯郭式平山城 |
|---|---|
| 築城年代 | 慶長6年(1601) |
| 築城者 | 黒田長政 |
| 主要城主 | 黒田氏 |
| 文化財史跡区分 | 国重要文化財(南丸多聞櫓)、国史跡(福岡城跡)、県有形文化財(潮見櫓・大手門・祈念櫓)、市文化財(名島門) |
| 近年の主な復元・整備 | 黒田長溥 |
| 天守の現況・形態 | 不明(天守台あり) |
| 主な関連施設 | 二の丸北隅櫓、大手門、石碑、説明板 |
| 主な遺構 | 曲輪、櫓4棟、門3棟、石垣、天守台、横堀(水堀) |
| 住所 | 福岡県福岡市中央区城内 |
|---|---|
| 問い合わせ先 | 福岡市教育委員会文化財部文化財整備課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 092-711-4783 |