【大聖寺城】
<駐車場他>錦城山公園駐車場あり。
<交通手段>車
<見所>曲輪・土塁・切岸・虎口跡・櫓台跡・本丸跡・鐘ヶ丸
<感想>日帰り大聖寺城と福井山城旅2城目。本日のメイン城。現地説明板を要約すると大聖寺城は南北朝時代以降に構築され加賀の一向一揆の際にも重要な軍事拠点となっていた。現在の縄張りは秀吉家臣の溝口秀勝が修築したと推定されます。1597年以降に小早川秀秋の家臣の山口宗永が入城します。関ヶ原の戦いでは宗永は西軍に付いたために前田利長の軍勢に攻められて自刃します。その後城は前田家のものとなり修復しますが一国一城令により廃城となります。現在城跡は国史跡になっています。
城跡は全体的に馬蹄形状の縄張りで大城郭と言ってよいでしょう。中心部の谷に館跡があり、その中心部の山頂に主郭があります。中心から両サイドに連郭式の曲輪を配置していますが、北側の曲輪群の方が二の丸・三の丸があり広く曲輪を配置しています。主郭は他の曲輪より小さいが櫓台が残っていて礫石が落ちているので石垣造りだったことが分かります。主郭の背後(西側)が谷になっていて谷を利用した切岸と空堀が見事な造りとなっています。最西奥が鐘ヶ丸という最大面積の曲輪があり、ここも土塁と櫓台が残っています。この曲輪が主要部のような感じを受けました。
一度訪れて見たかった城跡で冬場の天候の良い日と休日が合致したので逃さずきました。城跡は結構整備されていたので初夏くらいまで全然行けました。国史跡だけあってかなりの見応えですごく大満足でした。北側の連段曲輪に一向一揆当時の遺構が残っていますが他の部分は改修を重ねて誰がどの箇所を改修したか判明していないのが弱みかもしれない。何年も前にtodo94さんが続百名城鳥越城(ここも国史跡ではあるが)じゃあなくてもいいかもというコメントをしていらした意味がようやく分かった。ここでもいい。百・続百名城に負けていない城跡です。
<満足度>◆◆◆
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