やまだのじょう

山田野城

三重県津市


旧国名 : 伊勢

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主郭
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ぴーかる

山田野城 (2024/11/23 訪問)

【山田野城】
<駐車場他>駐車場はなし。<34.644440, 136.312204>辺りに車を寄せれ停めれる道幅がある。
<交通手段>車

<見所>土塁・虎口・切岸
<登城路>城跡の西側一帯がバブル時代の原野商法?のなれの果てと思われる山林の区画切売り地帯になっています。Googleマップで道路が蜘蛛の巣のように入り組んでいるのはそのせいで、道路から枝が出ている場所が結構あるので車の横を「キー」とこする可能性があります。大事に乗られている方は停めれる所から歩いた方が良いでしょう。<34.644510, 136.312997>から東へアスファルト道が伸びていて、ドン突き左手に主郭の切岸が見えるので城跡はすぐ分かります。

<感想>日帰り伊勢山城攻め旅1城目。山田野城は天正年間(1573~1592年)に長野左京進によって築城したとされます。長野左京進は三瀬の変で北畠具教を殺害したメンバーの一人なので、その功によりこの地を与えられ築城したと思われます。
 城跡は東側に主郭と西側に二郭の大きな曲輪が残されてあります。南に三郭があった感じがありますが、現在は潰されています。主郭と二郭は土塁囲みになっており、主郭の南側には内枡形の虎口があり少し礫石が見られます。城跡の虎口は北と東にあり、北の虎口は主郭の北側の堀切と繋がっていて北から登山道を登ってきた場合、入って小さな枡形になっています。東の虎口は主郭の東側全体に帯曲輪があり、真ん中辺りに下がる切口があります。帯曲輪からは主郭の切岸が高くて見上げると壮観(削ってます!って感じ)です。この帯曲輪が主要部南の改変された土地と繋がっているので、三郭があったろうと連想させます。二郭の西側は緩やかな尾根傾斜から谷になっていて堀切が無いのが不思議な造りでした。主要部の遺構は結構綺麗に残されていて、なかなか見応えある城跡でした。一応この日のベストでした。

<満足度>◆◆◇

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しんちゃん

小ぶりだが土塁・堀切などの遺構が残る。 (2023/09/23 訪問)

山田野城は北畠氏の臣下の長野左京進が築いたとされています。主郭の南の郭は
北と西側に虎口を有し主郭にはこの郭を通らないと入ることが出来ず、枡形の
ような役割を果たしているとも考えられます。主郭は周囲に比較的土塁が
残っています。西側にも郭が広がり周囲に土塁が残り、主郭の西側には堀切が
走っています。

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YAICHI

杉林の中の方形城郭 (2019/04/18 訪問)

山田野城は、北畠家の侍大将長野左京進の城と言われています。永禄十二年(1569)、大河内城の戦いにて信長軍の夜討ちに対し、反撃して高名をあげたようです。和睦後、北畠家を継いだ信雄に従い、三瀬の変にて旧主北畠具教を討ったと伝えられます。城址は、杉林の中に土塁に囲まれた中世式の方形城郭がしっかり遺っています。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 長野左京進
築城年 天正年間(1573〜1592)
主な城主 長野氏
遺構 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)
住所 三重県津市白山町山田野字上山口