日本100名城

えどじょう

江戸城

東京都千代田区

別名 : 江城、千代田城
旧国名 : 武蔵

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江戸城
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ジェイド

見応えがありました (2020/09/21 訪問)

平川門ー石室ー富士見多聞ー松の大廊下跡ー富士見櫓ー北桔橋門ー江戸城乾門ー清水門ー田安門ー靖国神社と回りました。約1時間半。気持ち良い汗をかきました。 清水門、富士見櫓、富士見多聞が見応えがありました。それとやはり場所によって違う顔をしている石垣がいいですね。

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しんちゃん

虎ノ門見附 (2026/01/01 訪問)

虎ノ門見附は江戸城の三十六見附の一つで佐賀藩主・鍋島勝茂らによって築かれました。近くには霞ヶ関ビルが建ち、案内板もありました。かつては虎御門が有り、その名は中国の四神の一つ白虎に由来するという説があるようです。さすがに江戸城は広いですね。

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しんちゃん

日比谷見附 (2026/01/01 訪問)

現地の案内板によれば、日比谷門の名の由来は中世のこの地域に日比谷村があったことに由来するようです。慶長19年(1614)に熊本藩主加藤忠広によって石垣が築かれ、寛永5年(1628)に仙台藩主伊達政宗によって門の石垣が築かれたようです。
現在は日比谷公園の心字池近くに石垣が残っており、心字池はかつての堀の名残のようです。
江戸城には外堀と内堀に沿って36の見附(城門)が有ったとされ、この日比谷御門だけが橋の無い枡形門であったようです。

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カズサン

北の丸と靖国神社 (2025/12/02 訪問)

 令和7年紅葉乾通り抜けを終えて代官通りを越えると北の丸、北の丸公園を散策し秋の名残を楽しんで、ベンチで昼食に有り付けなかった時にと持参した赤飯おにぎりを景色を愛でながら頂き、武道館前を通り田安門へ、靖国神社側からは眺めて居ましたが田安門内側、高麗門を枡形内より眺めるの初体験、外がから眺めて、靖国通りへ、高燈籠、品川弥次郎像、大山巌元帥騎馬像を眺めて靖国神社大鳥居へ。

 靖国神社の大鳥居を坂下から眺めると大鳥居と色付いたイチョウが素晴らしい景観を醸している、隣の靖国神社石碑は中国人の落書きで問題に成って居ましたが、落書きは消されていましたが薄っすらと削られた跡が痛々しい。
 日本陸軍の父、大村益次郎像を下から眺め説明板も確認、第二鳥居、靖国神社中門を潜り、第三鳥居、靖国神社拝殿で参拝、3列で順番を待つような人の出、火曜日でも大勢の人が出ていました、今回は遊就館へは入館無し、久しぶりの参拝とイチョウの紅葉を目に焼き付けました。
  

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概要

広い内濠が巡らされ、総構を含めると千代田区がまるごと収まるほどの巨大城郭。天守は明暦3年(1657)の大火で焼失し、今は石垣の天守台だけが残っている。他に外桜田門や三重櫓の富士見櫓などが現存し、天守の焼失後に代用とされた富士見櫓は「八方正面の櫓」とも称されている。

城郭情報

城地種類 輪郭式平山城
築城年代 長禄元年(1457)
築城者 太田道灌
主要城主 太田氏、北条氏(戦国期)、徳川将軍家(江戸期)、天皇家(明治以降)
文化財史跡区分 国重要文化財(桜田門、田安門、清水門)、国特別史跡(江戸城跡)
近年の主な復元・整備 徳川家康、秀忠、家光(江戸期)、宮内省、宮内庁(明治以降)
天守の現況・形態 層塔型?[5重5階地下1階?/1607年築/解体(改築)]、独立式層塔型[5重5階地下1階/1623年再/解体(改築)]、独立式層塔型[5重5階地下1階/1635年再/焼失(火災)]
主な関連施設 富士見櫓、伏見櫓、多聞櫓、桜田巽櫓、和田倉門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、櫓、門、石垣、土塁、横堀(水堀・空堀)
住所 東京都千代田区千代田
問い合わせ先 千代田区観光協会
問い合わせ先電話番号 03-3556-0391