JR比叡山坂本駅より歩いて回りました。ルートは、坂本駅→聖衆来迎寺→坂本城本丸跡石垣→坂本城址公園→明智塚→東南寺→坂本城址の石碑→びわこ楽園ホテル井筒→JR唐崎駅でした。約1時間半強かかりました。
湖中の石垣が見れなかったのは残念でしたが、聖衆来迎寺では坂本城から移築した門を、城址公園では光秀の石像を見ることができました。東南寺は坂本城の跡地で、びわこ楽園ホテル井筒では御城印を購入しました。
+ 続きを読む
✕
人が「いいね」しています。
2026/03/07 18:24
2025/11/25 13:09
坂本城跡国指定史跡に伴う説明会 (2025/11/24 訪問)
今年9月18日の官報告示で坂本城跡が国指定史跡になったことをお知らせしましたが、昨日、これを受けて、大津市文化財保護課と地元自治会との共催で、表題の説明会が開催されました。説明者の岡田さんから、いつもの軽快な調子の説明を聞くことができました。
三ノ丸堀発見から、異例の速さで、国指定史跡になったことについて、現地説明会に約2000人もの参加者があったこと(通常の現場説明会は数百人)や民間企業が宅地造成を止めて保存することにしたこと、さらに、このことを日本城郭協会が特別表彰したことなどが大きく貢献したと述べられました。また、昭和54年に本丸跡が発見された際にも国指定史跡を目指したが、全体像が不明であることなどから、指定が得られなかった経緯があり、今回の三ノ丸南西隅の堀が見つかったことで、これをクリアすることができたのだと。今回の史跡指定は本丸と発掘された部分の三ノ丸堀です。ちなみに、本丸跡には民間企業の建物があるが、地下の遺構を傷つけないよう、十分に盛り土をしたうえで建てられているとのこと。
気になる今後ですが、有識者を交えて、マスタープランである保存活用計画をR8年度から二年かけて策定すると。(そのスピード感はどーなんでしょうとは思いますが(あ))。石垣を見せるのか否か。見せるとなれば、覆い屋や排水設備が必要で維持費もかかる。最近はVRという手もあるとも。一方、2年の策定期間に何もしないのもだめだと思うので、記念シンポジウム、ブラタモリ風の史跡ツアー、リーフレットの作成をやりたいと。
岡田さんの説明と質疑応答の後、坂本城を考える会会長と明智光秀顕彰会長(西教寺住職)が活動報告や目指すところなどの説明をされました。
大津市広報に本年度補正予算の説明があり、さらに詳しい電子版を見ることができます。「坂本城予算 三ノ丸跡の公有化」と項目が露わになっていて、約152百万円が計上されています。これだけかけるのだから地元民にも愛されるような活用をしないとね。
+ 続きを読む
♥ いいね
15人が「いいね」しています。
2025/06/25 12:53
史跡指定されました 祝㊗️ (2025/06/20 訪問)
6/20に史跡指定決定がTVのニュース番組で流れました。びわ湖放送とNHK大津放送局と極くローカルでした。市長が会見している様子と資料として、直近の発掘調査を踏まえて、見直された縄張り図も放映されました。史跡指定場所は、発見された三の丸石垣あたりと本丸です。
ということで、先日の岡田さんの講演資料の新旧縄張り想定図を掲載してご紹介します。前の投稿でも述べましたが、以前は、微妙にカーブした道が、二の丸と三の丸の間の堀跡とされてました。新縄張り図では、カーブした道は特に遺構に反映されていません。講演後、岡田さんに、「ではこのカーブは何でしょう」と質問してみましたが、今は分からないと。講演では、三の丸石垣の対岸の石垣や舟入が見つかったことやピンポール調査で、発掘された石垣の延長にも石垣が埋まっていることも報告されてました。
昌官忠さんの毎朝の怒涛の投稿及び中身がすごいですね。山城の梯子もへっちゃら。坂本城にも来ておられますね。昌官忠さんの一連の投稿が一段落したら、私も投稿しようかなと思ってましたが、マイページを拝見すると、25日間の東海地方と関西地方城巡りのまだ半分ほどの投稿なんですね。畏れ入りました。
+ 続きを読む
♥ いいね
17人が「いいね」しています。
2025/06/16 05:10
(東海&関西)遠征6日目:坂本城 (2025/05/20 訪問)
ホテル最寄りのびわ湖浜大津駅から電車で松ノ馬場駅に着きました。
松ノ馬場駅から徒歩15分ちょっとで、本丸跡石垣付近(35.059633、135.879786)に着き、その後、坂本城址公園の光秀像付近(35.058450、135.878787)に向かいました。
坂本城は今回2回目の攻城です。1回目は2019年9月2日に来ました。
前回は坂本城の移築門(西教寺総門)を中心に攻城しましたので、今回は本丸跡石垣を目的に攻城しました。
坂本城址公園の北側に「坂本城本丸跡」の石碑が立っています。
この本丸跡にある施設の湖側に本丸石垣が残っていますが、琵琶湖が渇水で水位が下がったときにしか見ることができません。
自分はみることができませんでした。
電車の時間が迫っていたので早めに撤退し、攻城時間は15分くらいでした。
次の攻城先=打下城を攻城する為、比叡山坂本駅から電車でに近江高島駅に向かいました。
比叡山坂本駅から近江高島駅に向かうJR湖西線が、京都方面の駅で線路に人が進入した影響で、20分遅れでした。(事前にわかっていたら、ゆっくり坂本城が見学できたのについてません)
+ 続きを読む
♥ いいね
15人が「いいね」しています。
| 分類・構造 | 平城、水城 |
|---|---|
| 天守構造 | 連結式[階層不明/1572年築/焼失(落城)] |
| 築城主 | 明智光秀 |
| 築城年 | 元亀2年(1571) |
| 主な改修者 | 丹羽長秀、浅野長政 |
| 主な城主 | 明智氏、丹羽氏、杉原氏、浅野氏 |
| 廃城年 | 天正14年(1586) |
| 遺構 | (発掘調査:石垣、井戸、暗渠、建物礎石) |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 滋賀県大津市下阪本3 |
| 問い合わせ先 | 大津市歴史博物館 |
| 問い合わせ先電話番号 | 077-521-2100 |