たかやまじんや

高山陣屋

岐阜県高山市


旧国名 : 飛騨

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玄関
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イオ

唯一の現存郡代・代官所 (2025/11/16 訪問)

江戸中期に金森氏を移封させて飛騨を直轄領にした幕府が金森氏の下屋敷跡に構えた陣屋で、明治まで25代の代官・郡代が派遣されて政務にあたりました。明治以降も陣屋の建物は地方官庁として使用されて現存し、昭和以降には失われていた御役所や役宅も復元されて江戸期の姿を今に伝えています。

観光で2度ほど訪れていますが、金森長近には関係なくても高山に来たならやはり高山陣屋にも行きたい、ということで再訪しました。玄関から入ると玄関之間の青海波が目を引きます。建物には真向兎の釘隠が善政の象徴(大きな耳で民衆の声をよく聞く)として150箇所も用いられているそうで、あちこちで見かけました。順路は政庁である御役所の各部屋をめぐって、代官・郡代らの役宅へと続いています。役宅には代官・郡代とその家族の部屋、客人応接の部屋、庭のほか、彼らの身の回りの世話をする用人や女中の部屋、土間や台所、井戸や風呂もありました。まさに生活の場ですね。そして陣屋で最も広い大広間の周囲をめぐり吟味所・御白洲へ。御白洲には時代劇で見かけるような責台と抱石、囚人駕籠などが置かれていますが、あくまで威圧感を与えるためのもので実際には御白洲では拷問はしなかったようです。…って、牢屋ではやってんのかい!

吟味所の横から屋外に出て御蔵へ。御蔵は廃城となった高山城三之丸の米蔵から二棟を移築したもので、現存する一棟は江戸期の米蔵としては国内最古・最大規模なんだとか。失われたもう一棟も跡地に建物礎石が平面表示されています。御蔵には年貢米俵のほか、高山陣屋の模型、地役人の具足、城下町(陣屋町)や飛騨の鉱山、大原騒動の説明パネルや史料などが展示されていました。観光として訪れても充分に見応えがありましたが、高山の歴史をある程度理解した上で訪れるとなお一層興味深く見学できました。

高山陣屋を出た後は、陣屋前朝市をぶらぶらと。店のおばちゃん手作りという朴葉味噌をお土産に買いましたが、これが安価な上に美味しい! 牛肉とネギやキノコと一緒に焼いてご飯のおともに、そのまま焼いてビールのアテにと大いに堪能させてもらいました。おばちゃん、ありがとう!
 

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WEST

高山陣屋探訪 (2025/11/13 訪問)

飛騨高山にある高山陣屋を訪問しました。
高山陣屋は、飛騨が幕府直轄領となった際に郡代・代官所として建てられました。昭和まで地方官庁として使用された後に復元整備されています。全国で唯一、主要部分が現存する陣屋として貴重な存在です。
表門、玄関、広間などは風格があり、当時の雰囲気を偲ばせます。全体を見学するには十分な時間を要します。順路後半にある御蔵は、高山城三の丸にあった建物を移築したものだそうです。
訪問後は高山城下町を散策し、飛騨高山の歴史と文化を堪能しました。

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飛騨郡代 (2024/11/22 訪問)

 久しぶりの高山陣屋です。当時の主要建築物が残る陣屋址で、新鮮な気持ちで散策しました。

 この日の午後は山城へいくつか行こうと思っていましたが、気温の低下と降りだした雨のため予定を変更し高山陣屋と街をぶらぶらしました。最近は無理をしなくなりましたね。平日でしたが、外国人観光客を含め多くの人が高山の街を楽しんでみえました。写真を投稿しようと思ったのですが、人が写りすぎていて街の風景などの写真の投稿は遠慮しました。陣屋へは夕方閉館近くに訪問しました。

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じゅんじん

表のみ (2024/09/08 訪問)

16年ぶりでしたが時間の都合ではいれませんでした。街並み散策やや櫻山八幡宮もよきです。

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城郭情報

分類・構造 陣屋
天守構造 なし
築城主 伊奈忠篤
築城年 元禄5年(1692)
主な城主 伊奈氏
遺構 表門、門番所、番蔵、書物蔵
指定文化財 国史跡(高山陣屋跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 岐阜県高山市八軒町
問い合わせ先 高山市教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 0577-35-3156