続日本100名城

こづくえじょう

小机城

神奈川県横浜市

別名 : 飯田城、根古屋城
旧国名 : 武蔵

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小机城
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イタさん

空堀が見応えあり (2022/09/17 訪問)

 小机城址市民の森として遺構が整備されている。1438年頃、関東管領上杉氏により築城と伝わるが詳しくは不明らしい。文明8年(1476)に長尾景春方の武将として、小机城主矢野某が載る。2年後に豊島氏が太田道灌に敗れ、小机城に立てこもるが、太田道灌により落城する。道灌が陣を構えた場所が、鶴見川対岸の亀之甲山。その後北条氏綱により修復され、家老の笠原信為が城代として入り小机衆が組織されたとある。1590年の秀吉の小田原征伐では、戦場とならず開城し、家康の関東入封後に廃城となる。
 西曲輪(本丸とも)虎口前には馬出が設けられているのだが、明確な判断が難しい。虎口には模擬冠木門、曲輪の四周の東部を除けば高い土塁で囲まれている。南・北の堀は深く造られている。虎口から東に行くと右下には幾段かの平地が見える。先の小さな祠のある小曲輪辺りから眺める土塁・堀は見所であり、堀底まで入れる。散策路は北に向かい、井楼跡標識まで上るが、本来の道ではないようだ。
 上った左はつなぎの曲輪と呼ばれ、南北に細長い曲輪になる。南端には櫓台跡とあり、空堀からは相当の高さがある。右が井楼跡だが、正面の土塁が続いていたらしく、東曲輪(二の丸とも)の虎口は少し東にあったと言われ、急斜面の道だったようだ。西曲輪同様、畑時代に土塁などは削られ、部分的に遺るのみ。東曲輪北隅からの堀も深く、散策路が付けられ堀底へ下りて半周できる。下りた正面の高まりに櫓があったらしい。西曲輪虎口から第三京浜を潜り、上り返せば富士仙元大菩薩の石碑が建つ小山があり、如何にも櫓があったように思える。

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火ノ島豊後守正宗

小机城 (2022/09/05 訪問)

続68城目。
JR小机駅から住宅地を抜けて徒歩10分程度で到着。
ちょっとした城址公園でした。竹林の並木道が風情があります。
城内は迷路でした。出口が分からず何度も道に迷いました。
スタンプは駅の近くの小机地区センターで押せます。
ちなみに車で行く方は要注意です。住宅街なので道は狭く駐車場も探すのに苦労するでしょう。

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はなじろー

遺構の保存状態が良いです (2021/07/23 訪問)

小ぶりではありますが、土塁、堀等の保存状態がよく、
散策を楽しめます。
第三京浜を挟んだ向かい側にある小机富士も昔の信仰を感じられる良い場所です。

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T-Shionoya

喉かな散歩道の小机城 (2022/05/02 訪問)

ゴールデンウィークに訪問した2つ目が神奈川県横浜市の小机城。

鎌倉街道下道が鶴見川を渡り、神奈川湊(飯田町)から内陸へ向かう飯田道(現神奈川県道12号線に相当)が通るエリア。
その鶴見川の南岸、川に向かって北に突き出た舌状台地、と言うより台地本体とは狭い南西部のみが繋がる島状の地形を城郭とした小机城。

築城時期は定かでないものの関東管領山内上杉氏の配下だったようで、長尾景春の乱では景春方の城となり、太田道灌の鎮圧により落城。
小田原北条氏の時代に修復され、城主の北条一族を笠原氏が支えたとのこと。

現在は城の西部を第三京浜道路が貫通し、残った小机城址市民の森は樹木と竹林に覆われた涼しげな空間。
2つの主要な曲輪の周囲に残る、ちょうど台地の縁が土塁になるように掘った大きな堀が特徴的。

訪問時は根古谷から入城し、西曲輪、つなぎ曲輪、東曲輪、竹林の堀を歩き、富士仙元へ。
東西どちらの曲輪が本丸だったのか定かでない城ですが、個人的には台地本体とつながる尾根が大手口、第三京浜に削られた部分が三ノ丸、西曲輪が二ノ丸、二重の堀を挟んで東曲輪が本丸と見る方がしっくりくるかな。

どちらが本丸か推測するのも楽しい小机城が、私の城巡りの124城目でした。

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城郭情報

城地種類 連郭式平山城
築城年代 永享年間(1429〜1441)?
築城者 上杉氏?
主要城主 上杉氏、長尾氏、笠原氏、後北条氏
近年の主な復元・整備 長尾氏、後北条氏
主な関連施設 模擬冠木門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、帯曲輪、櫓台、土塁、堀切、横堀(空堀)、土橋
住所 神奈川県横浜市港北区小机町
問い合わせ先 横浜市環境創造局みどりアップ推進部みどりアップ推進課
問い合わせ先電話番号 045-671-2624