続日本100名城

いわびつじょう

岩櫃城

群馬県吾妻郡

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岩櫃城
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響ちゃん

(2019/07/14 訪問)

熊が出るっぽい

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ヒロケン

上州真田三名城 (2019/05/25 訪問)

岩櫃城は岩櫃山(標高802,6m)中腹東面に築かれた中世の山城です。頂上より約200m下った場所に本丸・二の丸・中城があり、この場所を中心に広い範囲を城域としています。
岩櫃城は、年代は定かではありませんが、南北朝のころ築城されたと考えられています。永禄6年武田信玄は上州侵略のため、家臣真田幸隆に岩櫃城攻略を命じ、城主吾妻基国は堅城を利して奮戦しましたが、ついに落城し武田信玄は真田幸隆に吾妻郡の守護を命じました。
真田幸隆の死後、真田昌幸の長男信幸が支配し、信幸の弟幸村も少年時代をこの城で過ごしたと云われています。

この日は、上州真田三名城を攻略すべく豊橋を24時頃出発、東名高速・圏央道を乗り継ぎ7時頃大湖城跡へ、大湖城をゆっくりと堪能したあと、岩櫃城跡に10時前に到着。平沢登山口駐車場(無料)に車を駐車し、2度目の訪城。

中城・殿邸・二の丸を堪能しながら本丸へ到着(所要時間1時間程)何と言っても岩櫃城の最大の見所、本丸下の竪堀(*´∀`*)をじっくりと堪能し本丸へ。本丸の南枡形虎口(雑木林ではっきりと確認できず)・北枡形虎口等々確認し下山。
このあと、中山城・沼田城・名胡桃城をきっちりと攻略。
流石に、睡眠不足と山城攻略の疲れでヘトヘトでした。

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三左衛門

登城での注意点含めての感想 (2019/05/10 訪問)

まず、日の出前後、日没前後の登城はお勧め出来ません。
何故なら、人外の領域となるからです。
2019/05/10に、人が映らない画が欲しくて、AM05:30頃から写真を撮りつつ本丸を目指した訳ですが…中城(二ノ丸)から本丸へ至る道中で、カモシカと遭遇しています。
コレがもし熊だったら…只では済まなかったでしょう(実際、熊の出没地域でもある)。
登城ルートは尾根ルートで中城、本丸と登り進み、沢ルートで降りてくるか、その逆回りになります。
尾根ルートは、かなり急峻な登り坂が続きますけれど、沢ルートで降りて来る時は幾分緩やかなので、こちらの方が無難かな(疲労時の下り坂は、足の踏ん張りが効かないと危険な為)。
城域だけを歩くなら、桝形虎口(四合目付近)迄はコレと言った装備は必要無いですけれど、基礎体力が無いとキツいかと思います。
遺構の状態は良好だと思います。
本丸から竪堀を眺めた時、山城を攻める事の難しさを再認識出来る事でしょう。

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真田の城 (2019/05/03 訪問)

 群馬原町駅より徒歩にて登城しました。以前来た時には「真田丸」の放送前で観光客も少なかったと記憶していますが、今回は多くの方が見学にみえていました。この城の魅力のひとつは空堀だと思います。横堀もよく残っていますし、竪堀も保存状態は悪くありません。ただ散策していると竪堀の中に倒木などがあり残念な状態になっているところ(海野屋敷方面)もありました。後ろが岩櫃山であり背後は、どのようになっているかと登って行くと「天狗岩」あたりまでは細い尾根道で一騎掛けのようになっています。周囲は崖であり、「天狗岩」の先も堀切のようにもなっていて守るに易く、攻めるに困難であろうと感じました。岩櫃山自体が岩山であり軍を布陣することも難しかったのでしょう。岩櫃城の東側には沢があり水が流れています。近くには水曲輪もあり、こちらが水の手で見ずにも不自由しなかったことがわかります。

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城郭情報

城地種類 山城
築城年代 不明
築城者 不明
主要城主 斎藤氏、真田氏
文化財史跡区分 町指定史跡
主な関連施設 平沢登山口観光案内所
主な遺構 本丸、二の丸、中城、堀、土塁、櫓台
住所 群馬県吾妻郡東吾妻町原町在下
問い合わせ先 東吾妻町教育課
問い合わせ先電話番号 0279-59-3370