日本100名城

さくらじょう

佐倉城

千葉県佐倉市

別名 : 鹿島城

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佐倉城
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前ちゃん

関空→成田日帰り (2019/05/14 訪問)

本佐倉城と合わせて、行って来ました

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スミヤキ

佐倉の桜 (2019/04/03 訪問)

お城の桜が見頃です。約50品種1,100本もの桜が咲き誇り、7日まで夜間ライトアップもされ「歴博夜桜観賞の夕べ」も開催しています。

1610年佐倉に封ぜられた土井利勝により江戸東方の防備の要として築城された平山城です。

現在は、佐倉城址公園になっています。天守跡や馬出し空堀、水堀に守られた出丸跡など見所があります。郭の一部には、国立歴史博物館が建てられています。城下町には武家屋敷も保存され、京成線の隣駅大佐倉駅は、続100名城である本佐倉城跡への最寄り駅になっており、これら全てを巡るとかなり充実した時間を過ごせると思います。

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夏の雪だるま

百名城 (2016/08/26 訪問)

千葉県佐倉市の百名城の一つ佐倉城です。戦国時代、下総を領地とし本佐倉城を居城とした千葉氏当主親胤がこの地に1556年築城を命じますが、家臣に造反され自害し築城中止となり、親胤の孫の千葉邦胤の代にも再び築城しようとしましたが、家臣に暗殺されてまたもや工事は中止。その後、千葉氏は小田原征伐時に北条氏に味方したため領地を没収され滅亡。徳川家康が関東を領すると松平忠輝、小笠原吉次、土井利勝が千葉氏の居城であった本佐倉城跡の陣屋に入ったとされますが、1610年家康の命を受けた土井利勝が佐倉城築城を命ぜられ1617年完成させています。その後の城主は入れ替わりが激しく、1746年堀田氏が城主になると明治維新まで続いています。城は、鹿島川右岸丘陵に造られ、西を鹿島川、南を高崎川、北を広大な印旛沼を堀とし、本丸、東側に二の丸、三の丸、西側に出丸、その外多くの曲輪を配し、石垣を使用せず土塁づくりの土から成る城です。本丸には天守閣の代わりに三階櫓があったとされます。明治に入ると日本陸軍の駐屯地が置かれたため建物等が撤去されています。現在は、佐倉城址公園として整備され、寺に移築されていた藥医門が場内に移され、再現された馬出し空濠や土塁などの城址遺構とともに、陸軍駐屯時の軍遺構もあり、また、国立歴史民俗博物館も公園内に建設されています。

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朝田 辰兵衛

武家屋敷もいい風情。 (2017/11/19 訪問)

この日は出丸の薬医門付近が,紅葉バッチリでした。

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概要

石を一切用いず、土塁と深い空堀・水堀で守りを固めた土造の近世城郭。水堀は湿地帯の本丸台地を巡るように掘られ、馬出のように突き出た出丸が今もよく残っている。土塁は天守台とセットになっていて、天守の一部が土塁に懸かっていたとされる。また椎木門跡の前面には、発掘調査を元に巨大な角馬出が復元されている。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 天文年間(1532~1555)?、慶長16年(1611)
築城者 千葉氏?、土井利勝
主要城主 土井氏、石川氏、松平(形原)氏、堀田氏、松平(大給)氏、大久保氏、戸田氏、稲葉氏
文化財史跡区分 市指定史跡
主な関連施設 城下町佐倉歴史生活資料館、国立歴史民俗博物館、佐倉武家屋敷
主な遺構 天守台、堀、土塁、角馬出、出丸跡
住所 千葉県佐倉市城内町官有無番地
問い合わせ先 佐倉市公園緑地課
問い合わせ先電話番号 043-484-6165