去年の6月に行ったお城です。
マスクはメキシコのローリン製虹色メタルジャージ生地
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2022/06/16 00:16
2022/02/21 07:31
2022/01/16 16:05
大多喜城訪問 (2004/12/26 訪問)
過去のお城巡りの振り返り第17段は、先週投稿した久留里城に続き訪問した千葉県大多喜町の大多喜城。
房総半島において、久留里城と東西対照にしたようなエリアが大多喜。
太平洋に注ぐ夷隅川を海岸線から直線で約15km上り、平地が山に囲まれた環境。
上総武田氏の支配下から、里見氏時代は家臣正木氏の本拠となった地で、小田原征伐後は本多忠勝により大多喜城が築かれます。
大多喜城は夷隅川を城下町の天然の堀とし、現在の大多喜駅西口にある八幡神社入口に大手門、そこから西に三ノ丸、大多喜高校のある二ノ丸、模擬天守型の博物館が建つ本丸、と段々に尾根を上がる城郭。
本多氏3代以降は阿部氏らが入り、江戸中期からは大河内松平氏9代が城主を務めました。
初訪問の時は年末で博物館が休館だったか、もう閉館だったか。
そのため3年後に再訪問。
城下町は風情があり、高校に薬医門と大井戸が残るものの、その他の遺構は目立たなかった印象の城。
再々訪問するなら、西の尾根づたいの栗山城に行ってみるとおもしろいかもしれませんね。
※薬医門と大井戸以外は'08年撮影
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城地種類 | 連郭式平山城 |
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築城年代 | 大永2年(1522) |
築城者 | 武田信清 |
主要城主 | 真里谷武田氏、里見氏、本多氏、阿部氏、青山氏、稲垣氏、松平氏 |
文化財史跡区分 | 県史跡(上総大多喜城本丸跡 附 大井戸・薬医門) |
近年の主な復元・整備 | 本多忠勝、阿部正次 |
天守の現況・形態 | 型式不明[3重4階/築年不明/焼失]、複合式層塔型[3重3階/1975年築/RC造模擬] |
主な関連施設 | 模擬天守、石碑、説明板 |
主な遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀)、井戸 |
住所 | 千葉県夷隅郡大多喜町大多喜字二ノ丸他 |
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問い合わせ先 | 大多喜町役場 |
問い合わせ先電話番号 | 0470-82-2111 |