日本100名城

かすがやまじょう

春日山城

新潟県上越市

別名 : -

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春日山城
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夏の雪だるま

謙信の城 (2016/07/30 訪問)

新潟県上越市の百名城と中世五大山城の一つ春日山城です。城は標高180mの春日山に南北朝時代に築かれ戦国時代長尾為景(謙信の父)、上杉謙信らにより整備拡張され城域は2km四方にわたるとされます。上杉謙信の居城として山頂に本丸を置き周囲に大小200を超える曲輪が配され、重臣の屋敷も山中に建てられています。1578年謙信が49歳の若さで病死すると跡目争いが養子の景勝(謙信の姉の子)と景虎(北条氏政の弟)の間で勃発。春日山城の本丸尾根続きに屋敷のあった景勝がいち早く本丸に入り金蔵と兵器蔵を押さえ、本丸下の二の丸から下にある三の丸に屋敷の有った景虎の機先を制します。双方が跡目を譲らず争いが始まり景勝の本丸からの鉄砲などの攻撃に耐え兼ねた景虎が春日山城から脱出、府中の前関東管領上杉憲政の御館へ入り籠城。周辺の上越地方の豪族らが景虎に味方し6千の兵が集まり、これらの兵で景虎は春日山城を攻撃。これに対し景勝に味方したのは新発田氏などの下越地方や実家の上田地方の豪族で春日山城から御館を挟んで遠く離れており、城内の景勝の兵力は少数でしたが、天然の要害である難攻不落の春日山城により景虎の攻撃を撃退しています。しかし、周辺大名の庄内武藤氏、会津芦名氏、小田原北条氏、甲斐武田氏が景虎に味方。特に武田勝頼は2万の兵で越後に侵入してきます。これに対し景勝は信濃北部領地の割譲と本丸金蔵にあった黄金二万両で勝頼との間で和平を締結。これにより勢いをました景勝は次第に景虎方を圧迫。御館は落城し景虎は落ち延びる途中で味方の裏切りにあい自害しています。その後、乱を収束させた景勝は豊臣秀吉に従属。1598年秀吉の命により上杉氏が会津へ転封になると堀氏が春日山城へ入城しますが、1607年不便な山城にかわり直江津湊近くに福島城を築き移ったため廃城となっています。平成28年7月27日までの大雨で春日山城の二の丸・三の丸下方斜面が崩壊したため訪問する前日まで登城禁止でしたが、訪問した7月30日から本丸へ登れるようになりましたが、二の丸三の丸は立入禁止で残念でした。

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くろもり

祈恋 (2013/07/20 訪問)

春日山駅から徒歩で訪問しました。駅から大手口入口まで徒歩25分くらい。大手口から南三ノ丸屋敷跡、柿崎和泉守屋敷跡、景勝屋敷跡、井戸曲輪、実城(本丸)跡まで、写真とりまくっていたので1時間くらいかかったのですが、普通に歩けば25~30分程の道のりだと思います。多数の方は春日山神社の方から登城すると思うのであまり役に立たない情報かもしれませんが・・・

春日山城の麓にある林泉寺も上杉(長尾)氏以外にも、堀氏や榊原氏の墓等があるので、堀氏や榊原氏が好きな方なら訪れてよいと思います。私が訪れた時も堀氏の墓の前で熱心に手を合わせている一人の女性の方がいて、非常に印象に残っています。堀氏の墓は堀秀政・秀重・秀治のものは確認できました。

また、林泉寺にあった大槻磐渓(おおつきばんけい)翁の春日山懐古の漢詩も胸を打ちました。
江戸時代に既に謙信公を慕って春日山城へ来て往時を懐古する人がおり、自分も磐渓翁に遅れること100年以上経って、同じように春日山城と公を懐古している。なんとも不思議な感情になりました。

最後の写真は大正初期の春日山城の絵葉書です。昔、ヤフーオークションで落札しました。手持ちの中で一番古い春日山城の写真です。今見ることができる春日山城よりは公の時代には近いですが、本音は天正時代の春日山城を見てみたいです。タイムマシーンがあれば私が真っ先に見に行く城、それがここ春日山城です。

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🏯城好きのメガネ

「戦国の巨大山城 春日山城」 (2018/05/26 訪問)

<概要>
上杉謙信の祖父・長尾能景が築いた城を謙信が本拠地とした巨大な山城である。山裾に全国的も珍しい1.2kmの「監物濠」と、土塁で囲った総構を構える。

<見どころ>
本丸、二の丸、三の丸、景勝屋敷等の曲輪、土塁、空堀

<アクセス>
妙高はねうまライン 春日山駅 徒歩50分

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朝田 辰兵衛

猛暑の中,弱ったシマヘビに遭遇。 (2016/06/18 訪問)

二の丸から本丸へ向かう途中,シマヘビに遭遇しました。おみやげ屋の女性によると,季節や状況によって,いろんな生物が出るらしいです。ヒルとか…。

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概要

越後守護代・長尾為景が改修し、跡を継いだ上杉謙信が難攻不落の城へと大規模に整備。「実城」と呼ばれる山頂の本丸を守るように、山全体に多数の曲輪や家臣団屋敷が置かれた。土塁や空堀が巡らされ、さらに山城全体が総構の監物堀で防御されている。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 正平年間(1346~70)ころ、天正年間(1573~92)
築城者 初期の築城者は不明。長尾為景、上杉謙信・景勝の3代で現在見られるような大城郭に整備されたといわれている
主要城主 上杉氏、堀氏
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 平成8年に楼門地区の復元整備(堀、土塁、番小屋)
天守の現況・形態 伝天守台のみ残る
主な関連施設 春日山城史跡広場、春日山城跡ものがたり館、上越市埋蔵文化財センター、御館公園、鮫ヶ尾城跡、福島城跡、高田城跡
主な遺構 本丸・井戸曲輪・二の丸・三の丸・毘沙門堂・景勝屋敷・直江屋敷などの曲輪、土塁、空堀、総構
住所 新潟県上越市中屋敷字春日山
問い合わせ先 上越市役所観光振興課
問い合わせ先電話番号 025-526-5111