なかじまじょう

中島城

千葉県銚子市

別名 : 海上城
旧国名 : 下総

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櫓台にあたる琴平神社
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赤い城

キャベツ畑 (2022/02/13 訪問)

キャベツの生産量第三位の千葉県。
中でも銚子市は有数のキャベツの産地です。
中島城も曲輪部分はキャベツ畑になっています。
駐車場は無く、琴平神社の前に路駐しました。
手作り感のある案内板があり、それに従って進むとキャベツ畑に出ます。
本丸跡には石碑も立っていました。
土塁や虎口とされる部分が残ります。
平安末期に千葉氏が海上氏の名前で築いたとされます。
海上氏の本城とされますが戦国期には東胤氏が居城としたものの小田原平定で落城しました。
キャベツ、美味しそうでした。

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todo94

参観灯台スタンプラリーコンプリートの前に (2021/11/03 訪問)

犬吠埼灯台のスタンプをゲットする直前の攻城です。琴平神社の周りの空堀も城の遺構のようです。説明板の付近は住宅地になっていて登城路は存在しません。踏切側から進んできて琴平神社の手前の分かれ道が広々とした本丸へと続いています。本丸城址碑はあまり大きくなく自然石のようにも見えるのでお見逃しなきよう。この攻城の後、無事に参観灯台スタンプラリーを完遂することができました。

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昌官忠

利根川沿日帰り攻城⑨:中島城 (2019/05/27 訪問)

須賀山城から転戦。車で22~23分くらいでした。
中島城跡説明板前(35.750532、140.762329)に路駐し、説明板の写真を撮った後、本丸跡➡琴平神社と移動して攻城しました。
本丸に向かう為に道路脇(35.751508、140.763169)に路駐。
琴平神社鳥居前(35.751009、140.762676)に路駐。

築城年代は定かではないが、1190年〜1199年(建久年間)に千葉六党の東氏の一族、海上与市常衡によって築かれたと云わっています。
海上氏(うなかみ)は平安時代末期に千葉常兼の子が海上与市常衡を名乗り、その子常幹は海上太郎と呼ばれたが一時途絶えました。
鎌倉時代に千葉介常胤の六男東胤頼を祖とする東系海上氏が現れます。
胤頼の子東平太兵衛尉重胤の次男は海上次郎胤方、その三男は海上四郎胤久、四男は海上五郎胤有(森戸城主)と長子東中務尉丞胤行以外は海上を名乗っている。
戦国時代は北条氏に従属していたため、1590年(天正18年)に北条氏の滅亡とともに徳川方によって廃城とされました。
現在城址には琴平神社(金比羅神社)があり、土塁や空堀などの遺構を確認できます。
また、東側にある銚子市三門町青年館の前と、西側の琴平神社前の道を南へ降りていく途中に案内板が建てられています。

説明板は確認できましたが、本丸(耕作地)を散策するが、石碑は発見できませんでした。
琴平神社(金比羅神社)では、石段に沿って竪堀らしきものがありましたが、遺構かどうか不明です。
攻城時間は25分くらいでした。

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刑部

案内板はあったが (2020/12/30 訪問)

普通に民家と道路、城址としてみないとわかりません。

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城郭情報

分類・構造 丘城
築城主 海上常衡
築城年 建久年間(1190〜1199)
主な城主 海上氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、横堀(水堀)
指定文化財 市史跡
再建造物 説明板
住所 千葉県銚子市中島町2-223他