おばたじんや

小幡陣屋

群馬県甘楽郡

別名 : 小幡城
旧国名 : 上野

投稿する
中小路に面する武家地跡
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

イタさん

背後の山を借景とする大名庭園 (2024/06/27 訪問)

織田氏により造られ、群馬県に唯一残るた大名庭園(楽山園)と載る。
中門横、武家屋敷跡近くに無料駐車場がある。高橋家の武家屋敷庭園、松平家大奥の庭園と見学可能だが、高橋家はお住まいされている。先で喰い違い郭の案内があり、開口部の先は石垣が折れている。中門内側は枡形になっている。先に空堀・土塁(復元)があり、左手が地泉回遊式庭園、土塁側に熊井戸があり、辺りは熊井戸氏の館跡があったと、標示されている。御殿跡などは平面表示されている。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

チェブ

城びと未登録のお城攻め「上野城」 (2023/10/30 訪問)

「小幡陣屋」から車で5分位の所に「上野城」があります。
場所は、群馬県 甘楽郡 甘楽町 上野 233です。
歴史は古く鎌倉時代に築城したようです。
江戸幕府の直轄地として代官のお屋敷がありました。

到着し、高い土塁と濠跡がお出迎えしてくれました。標柱を発見しましたが、ん?
「吉田家の土塁、濠跡」とあります。
「上野城」、現在の土地の所有者が吉田さんのようです。標柱のある所は虎口に見えましたが、土塁を削ってしまったようです。
道路沿いが水濠跡だったら縄張り、おかしいか?
平成24年の甘楽町のメールマガジンのバッグナンバーを読むまでは、虎口だと思ってました。
土塁は2m以上ありました。
立派なお屋敷を守っていたに 違いありません。

現在は水濠は長葱畑になっていて、行く手を阻みます。
半分はよく耕してあり、小動物の足跡が残ってました。
もう「吉田家屋敷」だな。と思った「上野城」攻めでした。

+ 続きを読む

チェブ

長いものに巻かれると、静かな時間。 (2023/10/30 訪問)

「小幡陣屋」を検索すると、『織田 信長の次男 信雄の庭園』など、信長さんの七光的です。
織田 信雄さんを検索すれば、『迷走する愚将』など、お父さんが信長さんのわりに~のダメダメ評価。

でも、『名勝 楽山園』を見学すれば 信雄さんのポイントは上がるはずです。
入城料は300円だったと思います。お城関係のパンフレットやチケットを入れる箱の中から見つけられませんでした(;´д`)
復元された中門をくぐれば枡形虎口。もう、「小幡陣屋」を忘れて庭園へ向かってました。
広い庭園に池があり、鯉が集まってきます。エサも無いのに鯉と遊び、疲れたので梅の茶屋へ。
畳が敷いてある茶屋で、上がって良いとの事です。もう、ゴロンとしたくなる感じです。
弓道場が見えて、タイムスリップしたような錯覚。
遠くの山々が綺麗で、春の緑や冬の雪も素敵な眺めになることでしょう。

庭園を終えて「小幡陣屋」へ。
井戸跡や、建物はありませんが、何の間だったかのパネルがあり識別してあり解りやすかったです。
それから、土塁の向こうに長屋が復元されてました。
中は展示物があります。こちらに鯉のエサも売ってます。

信雄さんを検索し、よく最後まで読むと戦国の世を器用に渡り歩いた、とか織田家の血筋を絶やさず繋いだ等、誉めてます。
不器用だけど、一生懸命な信雄さんと、しておきます。
「小幡陣屋」には、織田 信長さんのカラーマンホールがありました。
『信雄さんのだったら写真に写したのに』と、無視しました。
今更ながら信長さんマンホールの写真、写しておけば良かったと後悔する「小幡陣屋」攻めでした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

手に入らなかった天下の代わりに築いた小さなユートピア。‥だったのか? (2023/05/02 訪問)

大阪の陣終結後、織田信雄は大和国宇陀郡3万石と上野国甘楽郡2万石を領し、
甘楽の地に陣屋を築きました。雄側の東岸の御殿跡と庭園が楽山園として整備され
現在も公開されています。陣屋はこの楽山園の周辺に築かれていたようです。
表御門(大手門)を境に南へ約760m、東西は雄川と雄川堰に囲まれた約600m
面積は約34ヘクタール(34万平方m 東京ドーム約7個ぶん)に及び
藩邸、64の藩役所、武家屋敷と二つの神社を備えた広大なもので、各所に小堰が
分配されていたそうです。陣屋というよりは、小さなユートピアのようですね。
平和が一番ってことで。
補足‥ちょっと平和ボケが入ってました。周囲を川に囲まれ各所に水を引いていたということは
それなりの防御力を備えていたということです。北東の小幡八幡宮を詰めの城と考えれば
いざという時の備えは怠っていなかった様子。案外趣味と実益を兼ね備えた城塞だったのかも
しれません。この広さは城ですよね。牧歌的なビジュアルに騙されましたかね?

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 陣屋
天守構造 なし
築城主 織田信昌
築城年 寛永19年(1642)
主な城主 織田氏、松平氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、虎口
指定文化財 国名勝(楽山園)、県史跡(旧小幡藩武家屋敷松浦氏屋敷)
再建造物 門、長屋、土塁、石垣、庭園、碑、説明板
住所 群馬県甘楽郡甘楽町小幡
問い合わせ先 甘楽町教育課文化財保護係
問い合わせ先電話番号 0274-74-3131