むさしまつやまじょう

武蔵松山城

埼玉県比企郡

別名 : 城山
旧国名 : 武蔵

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市野川と松山城(左奥は吉見百穴)
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T-Shionoya

こちらの松山城も悪くない (2022/05/05 訪問)

好きな城の1つが愛媛県の松山城ですが・・・
ゴールデンウィークは埼玉県吉見町の松山城を訪問してきました。

比企の丘陵地帯の東端部、市野川が丘陵地から関東平野に流れ出るポイント。
西と南はその市野川が天然の堀となる比高約40mの丘を城郭とした松山城。
扇谷上杉氏の川越城と山内上杉氏の鉢形城および平井城のほぼ中間に位置し、関東戦国の攻防戦において重要なポジションだったことでしょう。

主に上田氏が城主を務め、1500年代前半までは扇谷上杉氏、後半は小田原北条氏に従属。
秀吉の小田原征伐の後、間もなくして廃城となりました。

現在は城郭南東部が失われているものの、主要部の遺構は健在。
笹曲輪の東から入城すると、あっという間に本曲輪の下に到着。太鼓曲輪やその南側に行くことはできず、曲輪4方面へ。
見所は曲輪4から本曲輪周囲に掛けての見事な空堀。畝堀の畝のような土橋があり、三ノ曲輪から二ノ曲輪、そして本曲輪へは横矢が掛かっているのも更なる注目点でしょうか。
ヤブ化し廃城感があるものの、曲輪4と三ノ曲輪間の堀は歩くことができ、その大きさを体感可能。

信玄がもぐら攻めを行ったとも伝わる城が、私の城巡りの125城目となりました。

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赤い城

比企城館群の一つ (2022/01/30 訪問)

東上線の東松山駅から徒歩で25分。
吉見百穴の隣にあります。
登城口から登って行くと笹曲輪があり、その上に本曲輪が位置しています。
今回は兵糧庫から岩室観音堂上の竪堀を経て怱曲輪へと歩きました。
怱曲輪には岩盤を削った二重の竪堀があります。
この時季は藪も枯れていて歩きやすいです。
曲輪4の外側にも堀切、三ノ曲輪、ニノ曲輪へと進みました。
それぞれの曲輪の間には深い堀があり、縄張りは結構複雑。
扇谷上杉氏と北条氏が戦った城は見応えのある城です。
一部藪になっているのでやっぱりこの時季に行くべきかと。
比企には他にも魅力的な城が沢山あるのでお勧めのエリアです。

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昌官忠

比企城館跡群日帰り④ (2018/07/10 訪問)

「比企城館跡群」とは埼玉県比企郡にある城館跡のことで、「菅谷館跡」、「松山城跡」、「杉山城跡」、「小倉城跡」を指します。
「比企城館跡群日帰り」の4城目は松山城です。(この攻城で「比企城館跡群」コンプリートです)

菅谷館からの転戦です。菅谷館から徒歩で「女性会館前バス停」へ行き、イーグルバスに乗って武蔵村山駅に到着。
武蔵村山駅から東武東上線で東松山駅下車。そこから川越観光自動車のバスに乗り「百穴入口バス停」下車し、徒歩で「岩村観音堂」を目指し松山城に到着。

松山城は比企丘陵の先端に築かれた北武蔵屈指の平山城です。
15世紀中ごろから後半に、古河公方足利氏・扇谷上杉氏と山内上杉氏との軍事的緊張関係の中で築城されたと考えられています。
その後、関東制覇を進める後北条氏の支配下に置かれ、1558年~1569年以降は後北条氏・武田氏・岩槻太田氏によって城取合戦が何度も行われました。
城主の上田氏は扇谷上杉氏の重臣でしたが、のちに後北条氏に臣従し、他国衆に位置づけられて所領を安堵されました。
豊臣秀吉の小田原攻めによって落城しました。
~以上 嵐山町パンフレットから抜粋~

見所は空堀と土橋だと思います。岩村観音堂もいい味出しています。近くに「吉見百穴」がありますが、バスの時間の都合上、見学はしませんでした。 攻城時間は50分くらいでした。
帰りは、松山城から徒歩で「六反町バス停」へ行き、川越観光自動車のバスに乗って「東松山駅」に向かいました。

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🏯城好きのメガネ

「武蔵松山城」 (2020/03/24 訪問)

<オススメ>★★★☆☆
武蔵松山城は丘陵先端部に位置し、広大な低湿地に囲まれた天然の要害である。境目の城として後北条氏や武田氏、上杉氏と数度にわたり奪い合いが行われた。1563年に上田友直が後北条氏に寝返り支配下に入る。1590年、小田原征伐では城主・上田憲定は小田原城に詰めていたため城代の上田河内守が約2300名が籠城した。前田利家や上杉景勝率いる北国勢の猛攻により落城した。徳川家康の関東入封後は松平家広(桜井松平家)が城主となり領した。1601年、浜松へ転封となり武蔵松山城は川越藩に組み入れられ、廃城となった。現在、土塁や堀が遺されている。

<アクセス>
東武東上線 東松山駅 川越観光自動車「武蔵丘短期大学前」下車すぐ

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城郭情報

分類・構造 梯郭式平山城
築城主 上田友直
築城年 応永6年(1399)
主な改修者 上杉朝定、北条氏康、松平家広
主な城主 上田氏、難波田氏、扇谷上杉氏、太田氏、桜井松平氏
廃城年 慶長6年(1601)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 国史跡(比企城館跡群)
再建造物 石碑、説明板
住所 埼玉県比企郡吉見町大字南吉見字城山
問い合わせ先 吉見町教育委員会生涯学習課文化財係
問い合わせ先電話番号 0493-54-9111