最近気になる「武将印」を勝手に特集しちゃいます!

昨年のお城EXPOで大人気だった御城印。最近はニュースに取り上げられることも増えて、確実にブームになってきています。そんな御城印ブームを受けて、最近気になるのが「武将印」! ということで、すでに発行されている武将印をご紹介していきます。自分の「推し」武将が武将印を発行してくれたら、絶対手に入れたい! これを機会にどんどん増えていったら嬉しいですね♪ ※2020年2月27日現在 13武将印を紹介

武将印

「武将印」って?「御城印」と寺社の「ご朱印」との違い

お城の登場記念に頒布されている「御城印」ですが、最近さらに、お城にまつわる武将の記念符を発行するお城が増えてきました。それが「武将印」! イラストが入っていたり、花押が配置されていたり、武将名のほかに一言人物紹介が入っていたりなど、武将によってデザインも内容もさまざまなようです。その分、集める楽しさも倍増! ※名称も「武将印」のほか「御将印」などがありますが、本記事では「武将印」で統一します。

「武将印」は「御城印」と同じく、登城や観光の記念スタンプのようなものなので、寺社への参拝の証としていただく「ご朱印」とは意味合いが完全に違います。御朱印とは分けて納めるようにしましょう。また、「ご朱印」はご朱印帳に書いていただくことが多いですが、「御城印」「武将印」はプリントされた書置きが多いので、あらかじめご承知おきください。

▼人気の「御城印」については、こちらの記事をチェック!

▼「御城印」「武将印」収納にぴったりなポケットタイプ。城びとオリジナル御城印帳については、こちらをチェック!

それでは、お待ちかね武将印のご紹介!なお、こちらは令和2年(2020)2月27日更新の情報です。掲載したもの以外の武将印情報をお持ちでしたら、編集部までご連絡ください。

■常設で頒布されている武将印

■沼田氏最後の将「沼田景義」

沼田景義,武将印,上州真田武将隊

沼田城主・沼田顕泰の庶子で沼田氏最後の武将。内紛に敗れて城を追われた後に奪回をはかるも、同じく沼田を狙う真田昌幸によって阻止されます。大変な戦上手で、武将に広く信仰されていた摩利支天になぞらえて称されました。

武将印は、摩利支天版(左)とイラスト版(右)の2種類。どちらにも沼田氏の家紋「左三つ巴」が入っています。
イラスト版は、沼田市在住のイラストレーター・sinobuさんによるもの。上州沼田を中心に活躍している上州真田武将隊を模しています。
※上州真田武将隊についてはこちらをご覧ください!

領布場所:上州真田武将隊商い処 松之屋
価格:各200円(税込)
関連のお城:沼田城(群馬県沼田市)

▼沼田城に関する記事はこちら

■真田家を江戸時代まで存続させた功労者「真田信之」

真田信之,武将印,上州真田武将隊

真田昌幸の長男で、信繁(幸村)の兄。第一次上田合戦で知略を尽くした勇猛果敢な働きを見せ徳川方を退けた後、徳川四天王の一人である本多忠勝の娘・小松殿(小松姫)を妻に迎えます。
現代でも長寿といえる93歳まで生き、徳川家に重宝されました。

沼田市在住のイラストレーター・sinobuさんによるイラスト入りの武将印。真田家の家紋「六連銭(六文銭)」が入っています。上州沼田を中心に活躍している上州真田武将隊を模しています。

領布場所:上州真田武将隊商い処 松之屋
価格:200円(税込)
関連のお城:沼田城(群馬県沼田市)

▼真田信之・沼田城に関する記事はこちら

■勇ましい逸話が残る「小松殿(小松姫)」

小松殿,小松姫,武将印,上州真田武将隊

“武将”ではないですが、甲冑を身に付けた姿絵が有名な小松殿(小松姫)の“武将印”もあります!
徳川四天王の一人・本多忠勝の娘で真田信之の妻。関ヶ原の戦いで敵味方に分かれた舅の真田昌幸を、夫の留守中の沼田城に入れずに追い返したエピソードは有名です。信之とは政略結婚ではありますが関係は良好で、小松殿が亡くなった際「わが家のともしびが消えたり」と信之が嘆いたそうです。
沼田市在住のイラストレーター・sinobuさんによるイラスト入り。上州沼田を中心に活躍している上州真田武将隊を模しています。

領布場所:上州真田武将隊商い処 松之屋
価格:200円(税込)

さらに、令和2年1月には新年限定版も販売されていました!
1月限定だったため、現在は残念ながら購入できません……。

新年版上州真田武将印


■松江開府の祖「堀尾吉晴」

武将印,堀尾吉晴,松江城

安土桃山時代の武将で豊臣秀吉の三中老の一人。関ヶ原の戦いでは東軍。初代松江藩主となった息子の忠氏が早世したのを受けて、孫の忠晴を補佐し松江城と城下町をつくりました。「鬼茂助」と呼ばれるほどの猛将でありながら、温厚で謙虚な人柄から「仏の茂助」とも称された武将。

武将印の文字は、松江市出身で、松江親善大使でもある路上詩人・こーたさんのもの。松江城の別名「千鳥城」にちなんで勝利や豊かさを意味する千鳥柄の朱印や、堀尾家家紋である「分銅紋」があしらわれています。

領布場所:いっぷく処清松庵(塩見縄手)
価格:500円(税込)
関連のお城:松江城(島根県松江市)

▼堀尾吉晴・松江城に関する記事はこちら

■早世した初代松江藩主「堀尾忠氏」

武将印,堀尾忠氏,松江城

松江開府の祖といわれる堀尾吉晴の子。関ヶ原の戦いでは、開戦直前で負傷した吉晴に代わり東軍として参戦、武功をたてて出雲・隠岐両国 24 万石を与えられて出雲の太守(出雲守)となります。新たな居城として松江城築城を計画しますが、その矢先に急逝。

武将印は、路上詩人こーたさんが1枚1枚書下ろしており、地元の出雲民芸紙である和紙を使用。
松江城の別名・千鳥城にも由来する千鳥柄(朱印)で「勝利と豊かさ」を表しており、さらに堀尾家の家紋で「神の加護」を意味する「抱き冥加」の金印入り。安全祈願がこめられています。

領布場所:いっぷく処清松庵(塩見縄手)
価格:500円(税込)
関連のお城:松江城(島根県松江市)

▼松江城に関する記事はこちら

■日本槍柱七本の一人「吉川広家」

武将印,吉川広家,米子城

毛利元就の次男である吉川元春の三男。見事な槍働きにより豊臣秀吉から日本槍柱七本(日本七槍)と称されました。しかし、毛利輝元が西軍大将を務めた関ヶ原の戦いにおいては、ひそかに徳川家康に通じて輝元が実際に参戦するのを防ぎ、毛利家を滅亡の危機から救います。現在の米子城の築城に着手するも、完成を前に国替えとなりました。

武将印中央でひと際目を引くのは「婆々羅(ばばら)の馬印」。豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、苦戦を強いられていた加藤清正を救った礼として使用を認められた清正の馬簾(ばれん)をアレンジして、赤の13馬簾(婆々羅)としたそうです(所説あり)。左上には吉川家家紋「丸に三つ引き両紋」を配置。右下は広家の花押。

領布場所:米子まちなか観光案内所
価格:300円(税込)
関連のお城:米子城(鳥取県米子市)

▼吉川広家・米子城に関する記事はこちら

■尼子十勇士の一人「山中鹿介」

山中鹿介,武将印,月山富田城

戦国時代の武将で、実名は幸盛。尼子氏の重臣で、尼子十勇士の一人。毛利氏に滅ぼされた尼子氏再興に奮闘、尼子氏の拠点であった月山富田城には「願わくば、我に七難八苦を与え給え」と尼子氏再興を三日月に祈っている山中鹿介の像があります。

武将印に大きく入っている「山陰の麒麟児」は、武勇に優れ、特に一騎打ちに強かった山中鹿介の異名。
令和2年の大河ドラマにからめて、元祖麒麟として「麒麟がいる!」と地元ではPR中だとか!?
左上にあるのは、山中氏家紋である「橘」。下部には尼子氏家紋の「平四つ目結(ひらよつめゆい)」が大きく配されています。
山中鹿介祈月像の写真封筒つき。

領布場所:安来市立歴史資料館
価格:300円(税込)
関連のお城:月山富田城(島根県安来市)

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■下剋上で戦国大名まで上り詰めた「尼子経久」

尼子経久,武将印,路上詩人こーた

尼子氏の最盛期を築いた戦国時代の武将。月山富田城を拠点とし、山陰山陽十一州を手中に収めました。

地元の路上詩人こーたさんによる書下ろし武将印は、3月22日だけの一日限定販売です。松江城の堀尾吉晴または堀尾忠氏・米子城の吉川広家・月山富田城の山中鹿介という雲伯三武将の武将印3枚すべてを、3月22日までに購入した人だけが買うことができます!

◆限定御将印書き下ろしイベント
日時:3月22日(日)10時~12時
場所:松江城 本丸
価格:500円(税込)※先着100枚
※令和2年2月27日現在、イベント開催予定ですが、実際にいらっしゃる前には必ず(一社)松江観光協会のHPをご確認ください。

◆限定御将印販売
日時:3月22日(日)
場所:米子まちなか観光案内所、安来市立歴史資料館、いっぷく処清松庵(塩見縄手)
価格:500円(税込)※各所限定20枚、なくなり次第終了


■特別なイベントで入手可能な武将印

現在開催中(令和2年(2020)1月5日~3月22日)の、毛利一族ゆかりの施設を回り、一族の歴史ストーリーに触れながら武将印をゲットできる「家紋ラリー第2弾」。頒布されている武将印はこの武将たちです!
※「家紋ラリー第2弾」の詳細はこちらをご覧ください。

■内政で力を発揮するも早逝した「毛利隆元」

毛利隆元

毛利元就の長男。10代で毛利家の主筋である大内家に人質に出され、数年過ごします。内政に優れており、安芸・備中・備後・長門の守護となり、中国地方の半分を支配。40代で急逝。

武将印の中央に配置されているのは毛利隆元の花押。毛利氏の家紋「一文字に三つ星」も配置。和紙。

領布場所:安芸高田市歴史民俗博物館 ※ラリー最終日まで臨時休館のため販売中止
価格:100 円(税込)
関連のお城:郡山城(広島県安芸高田市)

▼郡山城に関する記事はこちら

■広島城を築いた5大老の一人「毛利輝元」

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毛利隆元の息子で、毛利元就の孫。父の急死により11歳で家督を継ぎます。播磨国に進出してきた織田信長と敵対するも、羽柴秀吉の攻勢を受けて講和。本能寺の変の後、秀吉に仕えて、天正16年(1588)に広島城築城。五大老まで上り詰め、関ヶ原の戦いにおいては西軍の総大将を務めます。

武将印の中央に配置されているのは毛利輝元の花押。毛利氏の家紋「一文字に三つ星」も配置。和紙。

領布場所:広島城
価格:100 円(税込)※完売だそうです。
関連のお城:広島城(広島県広島市)


▼毛利輝元・広島城に関する記事はこちら

■「3本の矢」2本目の勇将「吉川元春」

吉川元春,武将印

毛利元就の次男。従兄である吉川興経の養子に入り、天文19年(1550)日野山城主となります。弟・小早川隆景とともに、毛利氏中国平定に貢献。11歳で初陣を飾り、生涯無敗とも1敗とも言われている猛将。

武将印の中央に配置されているのは吉川元春の花押。吉川氏の家紋「丸に三つ引き両紋」も配置。和紙。

領布場所:戦国の庭 歴史館 ※ラリー最終日まで臨時休館のため販売中止
価格:100円(税込)
関連のお城:日野山城 (広島県山県郡)

▼吉川元春・日野山城に関する記事はこちら

■「毛利両川」の一人「小早川隆景」

小早川隆景,武将印

毛利元就の三男。小早川家を継ぎ、兄・吉川元春とともに、「毛利両川(りょうせん)」として毛利氏勢力拡大に尽力、主に山陽地域を治めます。三原を中心に強力な水軍を編成。

武将印の中央に配置されているのは小早川隆景の花押。小早川氏の家紋「左三つ巴」も配置。和紙。

領布場所:(一社)三原観光協会
価格:100円(税込)
関連のお城:三原城 (広島県三原市)

▼小早川隆景・三原城に関する記事はこちら

■関ヶ原の戦いで暗躍し毛利家を救った「吉川広家」

吉川広家,武将印

吉川元春の三男で、毛利藩の支藩である岩国藩吉川家の祖。毛利輝元が西軍大将を務めた関ヶ原の戦いにおいて、ひそかに徳川家康に通じ、輝元が実際に参戦するのを防ぎました。「兵に弁当を食べさせるから(出陣できない)」というエピソードで有名。

武将印の中央に配置されているのは吉川広家の花押。吉川氏の家紋「輪九曜」も配置。和紙。

領布場所:岩国徴古館
価格:100円(税込)
関連のお城:岩国城 (山口県岩国市)

▼吉川広家・岩国城に関する記事はこちら

■言わずと知れた中国地方の雄「毛利元成」

毛利元就,武将印

一国人にすぎなかった毛利氏を、押しもされぬ中国地方の大大名に押し上げた戦国武将。3人の息子にあてた14ヶ条にわたる手紙「三子教訓状」は、「3本の矢」のエピソードで有名。

掲載の武将印は、「家紋ラリー第2弾」ですべての武将の家紋シールを集めた人の中から、抽選で50名にあたる特別な1枚!
和紙の中央に配置されているのは毛利元就の花押。毛利家家紋の「一文字に三つ星」も配置。

領布場所:抽選
価格:―
関連のお城:郡山城(広島県安芸高田市)

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執筆:城びと編集部