お城にゆかりの御城印・御朱印・武将印・御城印帳 最近気になる「武将印」を勝手に特集しちゃいます!


各種のお城イベントで大人気の御城印。最近はニュースに取り上げられることも増えて、確実にブームになっています。そんな御城印ブームを受けて、最近気になるのが「武将印」! ということで、すでに発行されている武将印をご紹介していきます。自分の「推し」武将が武将印を発行してくれたら、絶対手に入れたい! これを機会にどんどん増えていったら嬉しいですね♪ ※2021年9月19日現在 44人46種類の武将印・姫印・忍者印を紹介 新規追加:登久姫

武将印

「武将印」って?「御城印」と寺社の「ご朱印」との違い

お城の登場記念に頒布されている「御城印」ですが、最近さらに、お城にまつわる武将の記念符を発行するお城が増えてきました。それが「武将印」! イラストが入っていたり、花押が配置されていたり、武将名のほかに一言人物紹介が入っていたりなど、武将によってデザインも内容もさまざまなようです。その分、集める楽しさも倍増! ※名称も「武将印」のほか「御将印」などがありますが、本記事では「武将印」で統一します。

「武将印」は「御城印」と同じく、登城や観光の記念スタンプのようなものなので、寺社への参拝の証としていただく「ご朱印」とは意味合いが完全に違います。御朱印とは分けて納めるようにしましょう。また、「ご朱印」はご朱印帳に書いていただくことが多いですが、「御城印」「武将印」はプリントされた書置きが多いので、あらかじめご承知おきください。

▼人気の「御城印」については、こちらの記事をチェック!

▼「御城印」「武将印」収納にぴったりなポケットタイプ。城びとオリジナル御城印帳については、こちらをチェック!

それでは、お待ちかね武将印のご紹介! 掲載以外の武将印も情報を得ましたら順次更新してまいります。

■織田家臣四天王の一人「滝川一益」

滝川一益,厩橋城,前橋城,武将印

「進むも滝川、退くも滝川」と戦上手を称された鉄砲名人で、織田四天王の一人。伊勢の長島城主を経て、関東管領に命ぜられて上野の厩橋城主となります。本能寺の変後、上野奪回に攻めてきた北条氏直と神流川で戦い敗戦。小牧・長久手の戦いで豊臣側につき、その後出家しました。
武将印は、ゆかりの家紋を配置。右上に織田信長の「織田木瓜」、一番下に一益の「丸に堅木瓜」、信長と一益をつなぐ位置に配されているのが、池田恒興の「揚羽蝶」です。恒興は一益のいとこで、彼の紹介で信長に仕官するようになったと言われています。

領布場所:前橋物産館VentoMaebashi
価格:300円(税込)
頒布元:前橋市物産協会
関連のお城:厩橋城(前橋城)(群馬県前橋市)

■沼田氏最後の将「沼田景義」

沼田景義,武将印,上州真田武将隊

沼田城主・沼田顕泰の庶子で沼田氏最後の武将。内紛に敗れて城を追われた後に奪回をはかるも、同じく沼田を狙う真田昌幸によって阻止されます。大変な戦上手で、武将に広く信仰されていた摩利支天になぞらえて称されました。

武将印は、摩利支天版(左)とイラスト版(右)の2種類。どちらにも沼田氏の家紋「左三つ巴」が入っています。
イラスト版は、沼田市在住のイラストレーター・sinobuさんによるもの。上州沼田を中心に活躍している上州真田武将隊を模しています。
※上州真田武将隊についてはこちらをご覧ください!

領布場所:上州真田武将隊商い処 松之屋
価格:各200円(税込)
頒布元:上州真田武将隊商い処 松之屋
関連のお城:沼田城(群馬県沼田市)

▼沼田城に関する記事はこちら

■真田家を江戸時代まで存続させた功労者「真田信之」

真田信之,武将印,上州真田武将隊

真田昌幸の長男で、信繁(幸村)の兄。第一次上田合戦で知略を尽くした勇猛果敢な働きを見せ徳川方を退けた後、徳川四天王の一人である本多忠勝の娘・小松殿(小松姫)を妻に迎えます。
現代でも長寿といえる93歳まで生き、徳川家に重宝されました。

沼田市在住のイラストレーター・sinobuさんによるイラスト入りの武将印。真田家の家紋「六連銭(六文銭)」が入っています。上州沼田を中心に活躍している上州真田武将隊を模しています。

領布場所:上州真田武将隊商い処 松之屋
価格:200円(税込)
頒布元:上州真田武将隊商い処 松之屋
関連のお城:沼田城(群馬県沼田市)

▼真田信之・沼田城に関する記事はこちら

■勇ましい逸話が残る「小松殿(小松姫)」

小松殿,小松姫,武将印,上州真田武将隊

“武将”ではないですが、甲冑を身に付けた姿絵が有名な小松殿(小松姫)の“武将印”もあります!
徳川四天王の一人・本多忠勝の娘で真田信之の妻。関ヶ原の戦いで敵味方に分かれた舅の真田昌幸を、夫の留守中の沼田城に入れずに追い返したエピソードは有名です。信之とは政略結婚ではありますが関係は良好で、小松殿が亡くなった際「わが家のともしびが消えたり」と信之が嘆いたそうです。
沼田市在住のイラストレーター・sinobuさんによるイラスト入り。上州沼田を中心に活躍している上州真田武将隊を模しています。

領布場所:上州真田武将隊商い処 松之屋
価格:200円(税込)
頒布元:上州真田武将隊商い処 松之屋

さらに、令和2年1月には新年限定版も販売されていました!
1月限定だったため、現在は残念ながら購入できません……。
毎月新作が登場しているので、要チェックです!

新年版上州真田武将印


■小田原北条氏はこの人から始まった「伊勢宗瑞(北条早雲)」

伊勢宗端,北条早雲,武将印

明応4年(1495)、関東で理想の国家を作るべく、伊豆韮山から小田原に入った伊勢宗瑞(北条早雲)。以降、関東一円を約100年間にわたり治めた北条5代の初代にあたります。
武将印は、中央に大きく伊勢氏の家紋「対い蝶」をデザイン。宗瑞にまつわる古文書の一節と宗瑞の花押も配置。

領布場所:小田原城天守閣1階ミュージアムショップ
価格:300円(税込)、北条5代の5枚1組は1,350円(税込)
頒布元:(一社)小田原市観光協会
関連のお城:小田原城(神奈川県小田原市)

▼伊勢宗瑞(北条早雲)に関する記事はこちら

■関東支配の礎を築いた2代目「北条氏綱」

北条氏綱,武将印

北条5代の2代目。小田原城を本城とし、伊勢から北条への改姓、虎朱印状の創出など、関東における北条氏の基盤をつくりあげました。
武将印は、中央に大きく虎朱印をデザイン。虎朱印の字は「禄寿応穏」で、「禄(財産)と寿(生命)が応(まさ)に穏やかであるように。人々が平和で暮らせるように」という北条氏の治世の願いが込められていると言われています。氏綱以降、当主の発給する文書に押印されました。氏綱にまつわる古文書の一節と花押も配置。

領布場所:小田原城天守閣1階ミュージアムショップ
価格:300円(税込)、北条5代の5枚1組は1,350円(税込)
頒布元:(一社)小田原市観光協会
関連のお城:小田原城(神奈川県小田原市)

▼北条氏綱に関する記事はこちら

■領国支配を固めた3代目「北条氏康」

北条氏康,武将印

北条5代の3代目。大規模な検地や税制改正、家臣の役負担の把握など、内政に力を発揮する一方、天文15年(1546)には日本三大奇襲に数えられる河越合戦に勝利し、勢力範囲を拡大もさせました。
武将印は、中央に氏康の用いた私印「武栄」の方印をデザイン。氏康にまつわる古文書の一節と花押も配置。

領布場所:小田原城天守閣1階ミュージアムショップ
価格:300円(税込)、北条5代の5枚1組は1,350円(税込)
頒布元:(一社)小田原市観光協会
関連のお城:小田原城(神奈川県小田原市)

▼北条氏康に関する記事はこちら

■武田氏・上杉氏との緊張関係を外交でかじ取りした4代目「北条氏政」

北条氏政,武将印,小田原城

北条5代の4代目。武田氏、上杉氏の侵攻を受けるも、外交を最大限用いつつ退けました。
武将印は、中央に北条氏の家紋「三つ鱗」をデザイン。氏政にまつわる古文書の一節と花押も配置。

領布場所:小田原城天守閣1階ミュージアムショップ
価格:300円(税込)、北条5代の5枚1組は1,350円(税込)
頒布元:(一社)小田原市観光協会
関連のお城:小田原城(神奈川県小田原市)

▼北条氏政に関する記事はこちら

■領域を最大にするも小田原包囲網の前に敗れた5代目「北条氏直」

北条氏直,武将印,小田原城

北条5代の5代目。北条氏の支配領域を最大に広げるも、豊臣秀吉の小田原合戦に敗北。自身の切腹と引き換えに家臣の助命を願いでて、追放先の高野山で亡くなります。
武将印は、中央に戦国時代最大規模を誇った小田原城の総構のシルエットをデザイン。氏直にまつわる古文書の一節と花押も配置。

領布場所:小田原城天守閣1階ミュージアムショップ
価格:300円(税込)、北条5代の5枚1組は1,350円(税込)
頒布元:(一社)小田原市観光協会
関連のお城:小田原城(神奈川県小田原市)

▼北条氏直に関する記事はこちら

■武田軍の先鋒大将で武田二十四将の一人「小山田信茂」

小山田信茂,岩殿山城,武将印

武田軍の先鋒大将として活躍し、武田信玄の「弓矢の御談合七人衆」の一人に数えられた小山田信茂。信玄家臣団のなかの勇将・智将を表した「武田二十四将」でもあります。
武将印の「小山田左兵衛尉信茂(おやまださひょうえのじょうのぶしげ)」の下には、花押と、歴代当主が使った家印(いえじるし)「月定」を配置。令和3年(2021)が信玄生誕500年目にあたるのを記念し、作成されました。

領布場所:大月市観光協会駅前観光案内所
価格:300円(税込)
頒布元:郡内小山田氏研究家・武田和春
関連のお城:岩殿城(岩殿山城)(山梨県大月市)

■小笠原秀政の正室「登久姫(とくひめ)」

登久姫,松本城,クラウドファンディング

徳川家康の長男・信康と織田信長の長女・徳姫の長女。松本城3代目城主である小笠原秀政の正室。 

姫印は、国宝松本城おもてなし隊として活躍している松本城公式の姫・登久姫様が、松本城御城印帳の制作のため2021年8月30日から9月26日まで実施しているクラウドファンディングの返礼品の一つ。イラストレーター・一之瀬誠都さんによる書下ろしで特別制作された2種類セット。クラウドファンディング後の発売は未定。

登久姫様から「『松本城を盛り上げ、元気にするために何かやりたい』との思いから、かねてよりたくさんご要望いただいていた『松本城公式のポケット式御城印帳』の制作を企画しました。イラストの一之瀬さんには『みなさまと一緒に松本城に貢献したい』との願いを形にしていただきました」とコメントが寄せられました。

領布場所:クラウドファンディング【松本城に貢献】松本城の姫が松本城公式の御城印帳を制作するプロジェクト(https://camp-fire.jp/projects/view/476821) 
価格:返礼品の一つ 
頒布元:登久姫プロジェクト
関連のお城:松本城(長野県松本市)

■織田信長の父で「尾張の虎」と称された猛将「織田信秀」

織田信秀,武将印,城山八幡宮

織田一族中最強といわれる武将。今川氏や斎藤氏と戦うも斎藤道三とは和睦し、嫡男の信長の嫁として道三の娘を迎えています。天文16年(1547)に末森城を築城し、最期もこの城で迎えました。家督を信長に、末森城を信行に譲りました。

武将印は、家紋の「織田木瓜紋」のほかに、中央に大きく信秀の花押を配置。

授与場所:城山八幡宮
初穂料:500円(税込)
関連のお城:末森城(愛知県名古屋市)
※通信授与も対応中(http://www.shiroyama.or.jp/)。

▼織田信秀に関する記事はこちら

■兄・信長と対立し亡くなった「織田信行」

織田信行,武将印,城山八幡宮

織田信秀の息子で、信長の弟。同時代の史料では織田信勝とも。信秀とともに末森城で暮らし、末森城主の座を継ぎますが、信長に戦いを挑み大敗。百舌鳥(もず)を使った狩りの名手だったといわれています。

武将印は、家紋の「織田木瓜紋」のほかに、中央に信行の花押を配置。題字の上には百舌鳥の姿も。

授与場所:城山八幡宮
初穂料:500円(税込)
関連のお城:末森城(愛知県名古屋市)
※通信授与も対応中(http://www.shiroyama.or.jp/)。

■圧倒的人気を誇る戦国武将「織田信長」

織田信長,武将印,城山八幡宮,那古野城

好きな戦国武将に投票するテレビ番組で、圧倒的な票差で1位を獲得した超・有名武将。文武両面でエピソード満載の人生を送りますが、本能寺の変で明智光秀に討たれて幕を下ろします。

武将印にも配されている花押は、麒麟という漢字の「麟」を象ったといわれています。生誕したとの通説があり、信秀の死の数年後まで居住した那古野城の城名を記載。

授与場所:城山八幡宮
初穂料:500円(税込)
関連のお城:那古野城(愛知県名古屋市)
※通信授与も対応中(http://www.shiroyama.or.jp/)。

▼織田信長・那古野城に関する記事はこちら

■信長の弟で絶世の美少年「織田秀孝」

織田秀孝,武将印,城山八幡宮

織田信秀の息子で、信長の弟。信長の一代記『信長公記』では筆を尽くしてその美貌を絶賛されています。叔父である守山城主・織田信次の家臣に誤って矢を射られ、若くして亡くなりました。
武将印の中央に、家紋の「織田木瓜紋」を大きく配置。

授与場所:城山八幡宮
初穂料:500円(税込)
※通信授与も対応中(http://www.shiroyama.or.jp/)。

■初代丹波柏原藩主となった「織田信包(のぶかね)」

織田信包,武将印,城山八幡宮

織田信秀の息子で、信長の弟。信長に従っていましたが、本能寺の変で信長が亡くなると、豊臣秀吉に仕えて、後に初代丹波柏原藩主となります。

武将印は、家紋の「織田木瓜紋」のほかに、中央に大きく信包の花押を配置。

授与場所:城山八幡宮
初穂料:500円(税込)
※通信授与も対応中(http://www.shiroyama.or.jp/)。

■信長の母「土田御前」

土田御前,末森城

織田信秀の継室。信長、信行、秀孝(すえたか)、信包(のぶかね)、お市の方、おいぬの方の母。織田一族の美男美女の祖といわれています。

授与場所:城山八幡宮
初穂料:500円(税込)
関連のお城:末森城(愛知県名古屋市)
※通信授与も対応中(http://www.shiroyama.or.jp/)。

■時代に翻弄された美姫「お市の方」

お市の方,姫印.武将印,末森城

織田信秀の娘、信長の妹で、末森城で生まれました。小谷(おだに)の方とも呼ばれています。近江小谷城主の浅井長政に嫁すも、信長に浅井氏が滅ぼされ、3人の娘を連れて織田に戻りました。その後、娘たちを連れて柴田勝家に嫁ぐも、羽柴秀吉に攻められ、娘たちを逃して自害。姫印は、戦国一と名高い姿を大きく配置。画像は、令和3年(2021)1月に登場した新デザイン。

授与場所:城山八幡宮
初穂料:500円(税込)
※通信授与も対応中(http://www.shiroyama.or.jp/)。

■信長・お市の方の妹「おいぬの方」

おいぬの方,末森城,姫印

織田信秀と土田御前の娘で信長やお市の方の妹。京兆家の名家・細川昭元に嫁ぎました。「楊貴妃観音」と呼ばれるほどの美女だったそうです。

授与場所:城山八幡宮
初穂料:500円(税込)
※通信授与も対応中(http://www.shiroyama.or.jp/)。

■国吉城を築城した「粟屋勝久」

粟屋勝久,武将印,国吉城

若狭国守護・武田義統の重臣で、四家老を務めた粟屋勝久。国吉城を築城し、朝倉氏の猛攻を約10年も退けました。
武将印は、中央に大きく粟屋氏の家紋「花菱に扇」を配置。子孫が記した由来書に「粟屋氏が紫四半の旗を使った」との記述があることから、紫色の台紙を使用。

領布場所:若狭国吉城歴史資料館
価格:300円(税込)
頒布元:(一社)若狭美浜観光協会
関連のお城:国吉城(福井県三方郡)

▼粟屋勝久に関する記事はこちら

■謎多き戦国武将「明智光秀」

明智光秀,武将印

本能寺の変で主君・織田信長を討った武将として有名な明智光秀。これだけ広く知られているにもかかわらず、名をあげるまでのことはほとんど分かっていませんが、明智荘(あけちのしょう)にある明智城では、光秀が出生から約30年間過ごしたと伝わっています。

武将印は、決意を秘めたような光秀の後ろ姿に、鉄砲の絵が重なっています。明智家家紋「桔梗」を左上に、右下に光秀の花押を配置。

領布場所:明智城跡大手口横(桔梗坂下)の露店
価格:300円(税込)
頒布元:明智荘をみつめる会
関連のお城:明智城(明智長山城)(岐阜県可児市)

▼明智光秀・明智城に関する記事はこちら

■松江開府の祖「堀尾吉晴」

武将印,堀尾吉晴,松江城

安土桃山時代の武将で豊臣秀吉の三中老の一人。関ヶ原の戦いでは東軍。初代松江藩主となった息子の忠氏が早世したのを受けて、孫の忠晴を補佐し松江城と城下町をつくりました。「鬼茂助」と呼ばれるほどの猛将でありながら、温厚で謙虚な人柄から「仏の茂助」とも称された武将。

武将印の文字は、松江市出身で、松江親善大使でもある路上詩人・こーたさんのもの。松江城の別名「千鳥城」にちなんで勝利や豊かさを意味する千鳥柄の朱印や、堀尾家家紋である「分銅紋」があしらわれています。

領布場所:いっぷく処清松庵(塩見縄手)
価格:500円(税込)
頒布元:(一社)松江観光協会
関連のお城:松江城(島根県松江市)

▼堀尾吉晴・松江城に関する記事はこちら

■早世した初代松江藩主「堀尾忠氏」

武将印,堀尾忠氏,松江城

松江開府の祖といわれる堀尾吉晴の子。関ヶ原の戦いでは、開戦直前で負傷した吉晴に代わり東軍として参戦、武功をたてて出雲・隠岐両国 24 万石を与えられて出雲の太守(出雲守)となります。新たな居城として松江城築城を計画しますが、その矢先に急逝。

武将印は、路上詩人こーたさんが1枚1枚書下ろしており、地元の出雲民芸紙である和紙を使用。
松江城の別名・千鳥城にも由来する千鳥柄(朱印)で「勝利と豊かさ」を表しており、さらに堀尾家の家紋で「神の加護」を意味する「抱き冥加」の金印入り。安全祈願がこめられています。

領布場所:いっぷく処清松庵(塩見縄手)
価格:500円(税込)
頒布元:(一社)松江観光協会
関連のお城:松江城(島根県松江市)

▼松江城に関する記事はこちら

■松江藩松平家の初代藩主「松平直政」

松平直政,武将印,御将印,松江城

徳川家康の次男・結城秀康の嫡男。初陣は大坂冬の陣、真田丸攻めの戦いだったと言われています。信州松本城主を経て国替えで松江城に入り、松江藩松平家初代藩主になると、国務の六か条を示し内政に尽力しました。

武将印の文字は、松江市出身で松江親善大使でもある路上詩人・こーたさんのもの。松江城の別名「千鳥城」にちなんで勝利や豊かさを意味する千鳥柄の朱印や、松平家家紋である「丸に三葵紋」があしらわれています。
松江市に設置された武者(堀尾吉晴)がしゃべる自動販売機の3号機でのみ買うことができるレアものです!! 武者がしゃべる自動販売機についてはこちらをご覧ください。

領布場所:いっぷく処清松庵(塩見縄手)の自動販売機
価格:550円(税込・お茶つき)
頒布元:(一社) 松江観光協会
関連のお城:松江城(島根県松江市)

▼松江城に関する記事はこちら

■文禄・慶長の役で活躍「末次元康」

末次元康,武将印

毛利元就の八男で、文禄・慶長の役では主君・毛利輝元の名代で朝鮮に出陣し、武功を立てました。関ケ原の戦いでも活躍。

末次(毛利)元康が居城とした末次城は、鎌倉時代に末次氏によって築城された山城。文明年間に末次氏は尼子氏についたとみられ、毛利氏との攻防戦の末に落城。元康が末次氏を継いで入城するも、元康の移封により廃城になったと言われています。後にその跡地に松江城が築城されました。

松江城の裏御城印ともいえるこの武将印は、松江市に設置された武者(堀尾吉晴)がしゃべる自動販売機の3号機でのみ買うことができる超レアな一品。武者がしゃべる自動販売機についてはこちらをご覧ください。松江市出身で松江親善大使でもある路上詩人・こーたさんの文字に、中央には毛利氏の家紋「一文字に三つ星紋」が配置されています。

領布場所:いっぷく処清松庵(塩見縄手)の自動販売機
価格:550円(税込・お茶つき)
頒布元:(一社) 松江観光協会
関連のお城:松江城(島根県松江市)

■尼子十勇士の一人「山中鹿介」

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戦国時代の武将で、実名は幸盛。尼子氏の重臣で、尼子十勇士の一人。毛利氏に滅ぼされた尼子氏再興に奮闘、尼子氏の拠点であった月山富田城には「願わくば、我に七難八苦を与え給え」と尼子氏再興を三日月に祈っている山中鹿介の像があります。

武将印に大きく入っている「山陰の麒麟児」は、武勇に優れ、特に一騎打ちに強かった山中鹿介の異名。
令和2年の大河ドラマにからめて、元祖麒麟として「麒麟がいる!」と地元ではPR中だとか!?
左上にあるのは、山中氏家紋である「橘」。下部には尼子氏家紋の「平四つ目結(ひらよつめゆい)」が大きく配されています。
山中鹿介祈月像の写真封筒つき。

領布場所:安来市立歴史資料館
価格:300円(税込)
頒布元:安来市立歴史資料館
関連のお城:月山富田城(島根県安来市)

▼山中鹿介・月山富田城に関する記事はこちら

■下克上で戦国大名まで上り詰めた「尼子経久」

尼子経久,武将印,御将印

守護権力に反抗したことにより守護京極氏に守護代職を罷免され、月山富田城を追放されるも奇計をもって奪取したという逸話が残されている尼子経久。その後も山陰山陽の大名を次々と支配下に置き、一大勢力を築き上げ「山陰山陽十一州の太守」と言われています。

武将印は、尼子氏の家紋「平四つ目結(ひらよつめゆい)紋」と花押入り。

領布場所:安来市立歴史資料館
価格:300円(税込)
頒布元:安来市立歴史資料館
関連のお城:月山富田城(島根県安来市)

▼月山富田城に関する記事はこちら

■尼子最盛期を築いた「尼子晴久」

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尼子経久の孫。父の早世により経久から家督を相続。臣従していた毛利元就の離反を受けて毛利領の吉田郡山城を攻めるも大敗した後は、内政に力を入れて領国の統治を安定させ、大内・毛利連合軍を撃退。その後も元就と攻防が続く中、急死。元就が「晴久存命のうちに一戦交えて雌雄を決したかった」と言ったとも伝えられています。中国八ヶ国の守護となり、尼子氏の最盛期を築きました。

武将印は、尼子氏の家紋「平四つ目結(ひらよつめゆい)紋」と花押入り。

領布場所:安来市立歴史資料館
価格:300円(税込)
頒布元:安来市立歴史資料館
関連のお城:月山富田城(島根県安来市)

▼月山富田城に関する記事はこちら

■日本槍柱七本の一人「吉川広家」

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毛利元就の次男である吉川元春の三男。見事な槍働きにより豊臣秀吉から日本槍柱七本(日本七槍)と称されました。しかし、毛利輝元が西軍大将を務めた関ヶ原の戦いにおいては、ひそかに徳川家康に通じて輝元が実際に参戦するのを防ぎ、毛利家を滅亡の危機から救います。現在の米子城の築城に着手するも、完成を前に国替えとなりました。

武将印中央でひと際目を引くのは「婆々羅(ばばら)の馬印」。豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、苦戦を強いられていた加藤清正を救った礼として使用を認められた清正の馬簾(ばれん)をアレンジして、赤の13馬簾(婆々羅)としたそうです(所説あり)。左上には吉川家家紋「丸に三つ引き両紋」を配置。右下は広家の花押。

領布場所:米子まちなか観光案内所
価格:300円(税込)
頒布元:(一社)米子観光まちづくり公社
関連のお城:米子城(鳥取県米子市)

▼吉川広家・米子城に関する記事はこちら

■米子藩を支えた有能な執政家老「横田内膳」

横田内膳,御将印,武将印

横田内膳正村詮(よこたないぜんのしょうむらあき)は、短期間に米子城を含む城下町を整備した有能な米子藩執政家老。近江国水口藩時代の近江八幡や駿河国駿府で培った都市計画の知識と経験を活かして、城下町の街路を商業重視の横町型として設計し、藩内の各地域から呼び寄せた住民と寺院を計画的に配置。また、物流の動脈として外堀を商人に開放するなど、現在の米子のまちの礎を築きました。

三好康長の甥と言われているため、武将印の左上には三好氏の家紋「三階菱に釘抜紋」が配置されています。中央にあるのが横田内膳の「右三つ巴紋」。右下は横田内膳の花押。

領布場所:米子まちなか観光案内所
価格:300円(税込)
頒布元:(一社)米子観光まちづくり公社
関連のお城:米子城(鳥取県米子市)

▼米子城に関する記事はこちら

■豊臣秀吉の三中老の一人「中村一氏」

中村一氏,武将印,御将印

和泉の岸和田城主、近江の水口城主を経て、小田原攻めの戦功により駿府城主になった中村一氏(かずうじ)。豊臣秀吉の三中老を務めました。秀吉没後、徳川家康に恭順を約束するも関ヶ原の戦い前に急死、幼い長子・中村一忠が後を継ぎ、米子城初代城主に配されます。
武将印は「中村式部少輔一氏」と官職まで記載。中央には家紋「立ち沢瀉(たちおもだか)」が配置されています。右下には一氏の花押、左上には菅笠の馬印を配置。篆書体の文字が趣深いですね。

領布場所:米子まちなか観光案内所
価格:300円(税込)
頒布元:(一社)米子観光まちづくり公社

▼中村一氏に関する記事はこちら

■尼子氏と激戦を繰り広げた「毛利元就」

毛利元就,武将印,白鹿城

題字の「白鹿城の戦い」とは、永禄6年(1563)に毛利氏・尼子氏間で起こった白鹿(しらが)城攻城戦のこと。毛利元就は、宿敵・尼子氏の居城である月山富田城を攻める前に、支城ネットワーク「尼子十旗(あまごじっき)」第一の城、白鹿城を次男・吉川元春らと攻め入り、激戦を繰り広げました。武将印には、毛利氏の付城(つけじろ)「荒隈城、和久羅城、真山城」の朱印が入っています。付城とは敵方の城の近くに築く攻撃拠点のことで、先の3城は松江城天守最上階からも望むことができます。戦国時代の距離感と緊迫感が感じられる武将印ですね!

武将印の文字は、松江市出身で松江親善大使でもある路上詩人・こーたさんによるもの。

領布場所:いっぷく処清松庵(塩見縄手)、店舗前の武者がしゃべる自動販売機
価格:500円(税込)、550円(自動販売機。お茶つき)
頒布元:(一社)松江観光協会
関連のお城:白鹿城(島根県松江市)

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■押尾家の家老を務めた「松田左近」

松田左近,武将印,赤穴城

松江城を築城した堀尾吉晴、忠氏親子に仕えた家老。国境を守るための支城・赤穴城の城代家老として、城の近世城郭化や宿場町の整備を着手。戦でも武功をあげました。また、賤ヶ岳の七本槍で知られる福島正則とは“呑み友達”で、正則は左近が病気療養と聞いてお見舞いに駆けつけます。幸い軽症だった左近は、いつものように大量のお酒を用意させようとしますが、友の身を案じた正則はそれを断り、2人で1椀のお酒を楽しんだ、という「一杯のかけそば」ならぬ「一杯の酒盛り」な逸話が伝えられています。

武将印の文字は、松江市出身で松江親善大使でもある路上詩人・こーたさんのもの。

領布場所:道の駅赤来高原
価格:500円(税込)
頒布元:(一社)松江観光協会
関連のお城:赤穴瀬戸山城(島根県飯石郡)

■徳川家康のいとこで、初代福山藩主「水野勝成」

水野勝成,武将印

徳川家康のいとこで、「鬼日向」と異名をとるほどの歴戦の勇士。幼い頃から家康に仕え、元和元年(1615)の大坂の陣における戦功により大和国郡山6万石に、さらに元和5年(1619)に福山10万石に封ぜられ、初代福山藩主となります。

令和2年(2020)8月1日~令和4年(2022)8月初旬まで、リニューアル及び耐震工事のため長期休館中の福山城博物館(天守閣)。この「令和の大普請」を記念して水野勝成の武将印が販売されました。

領布場所:福山城博物館管理事務所
価格:200円(税込)
頒布元:福山城
関連のお城:福山城(広島県福山市)

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■赤鬼と評された徳川四天王の一人「井伊直政」

井伊直政,武将印,戦将の符

2歳で父を亡くし放浪するも15歳で徳川家康に見いだされ、小姓となってからめきめきと頭角を現し、「赤鬼」と評される活躍で徳川四天王の一人となります。慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで島津豊久を討ち取り、論功行賞で佐和山城主となりますが、関ヶ原の戦い時に受けた銃創がもとで逝去。

彦根市にある武将グッズ専門店が「戦将の符」という名でシリーズ展開している武将印。井伊直政は定紋「彦根橘」を大きく配置したもの(左)と、定紋と替紋「井桁(いげた)」を並べたもの(右)の2種類があります。両武将印にある言葉は、関ヶ原の戦い後に九州の大名、鍋島勝茂が直政を讃えたもの。右下には井伊直政の花押があります。中央の武将名は書道家の大介氏の書。

領布場所:彦根城内 鐘の丸売店(定紋バージョン)、四番町スクエア内 キャラクターワールド(定紋・替紋並びバージョン)
価格:各300円(税込)
頒布元:真・戦国丸
関連のお城:佐和山城(滋賀県彦根市)

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【関ヶ原の舞台をゆく③】関ヶ原の戦い古戦場ガイド~戦跡を歩きながら考える、武将たちの思惑~

■大洲藩加藤家初代藩主「加藤貞泰」

加藤貞泰,大洲城

関ケ原の戦いで東軍に属して奮戦し、さらに大坂の陣でも功を立てて、元和3年(617)伊予大洲藩の初代藩主となった加藤貞泰。馬術に優れ、内政にも尽力した一方、詩歌を詠じたり、連歌を好んだりする風流な一面もありました。

武将印には、加藤家家紋「蛇の目」と貞泰の花押もとに作ったモチーフを配置。江戸時代から大洲藩の産業として発展した伝統ある大洲和紙を使用。1枚1枚手書きで作られています。

領布場所:大洲城グッズ販売コーナー
価格:500円(税込)
頒布元:大洲城管理事務所
関連のお城:大洲城(愛媛県大洲市)


■初代小倉藩主で文武両道の将「細川忠興」

細川忠興,武将印,小倉城

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた武将。関ヶ原の戦いの論功行賞で豊後に入り小倉城を築城、初代小倉藩主となります。正室は明智光秀の娘・玉(後のガラシャ)。

武将印は、細川家家紋の「九曜」と、忠興の花押を配置。武勲だけでなく、千利休の高弟「利休七哲」に数えられる一面も持ち、文武両道を極めた文化人らしさをイメージして全体的に藤色を使用。

領布場所:通信販売サイト(https://shop.kitakyushu-dmo.jp/)のみの販売
価格:500円(税込)※別途発行手数料がかかります。詳しくは通信販売サイトをご確認ください
頒布元:小倉城
関連のお城:小倉城(福岡県北九州市)
※8月12日18:00から販売開始

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■剣豪「宮本武蔵」

宮本武蔵,武将印

二本の刀を使う二天一流を編み出し、生涯負けなしとも伝わる江戸時代の剣豪。全国を武者修行して回っているイメージが強いですが、約8年という長い時間を過ごした地が小倉です。養子の宮本伊織が小倉藩の筆頭家老を務めるなど小倉藩とも縁が深く、佐々木小次郎と決闘した巌流島は、当時小倉藩領でした。小倉城天守閣3階は宮本武蔵と佐々木小次郎の専用フロアになっており、2人の生涯をたどる映像展示や、巌流島の決闘を再現したフォトスポットがあります。

武蔵が上段から振りかぶってくる迫力の武将印は、巌流島にある銅像がモデル。頒布元である小倉城のご担当者様からコメントをいただきました。「いわゆる城主ではない武将印は珍しいのではないかと思われます。巌流島の舞台であり、武蔵が最も長く暮らした小倉藩として、宮本武蔵に敬意を払いシンプルかつダイナミックな武将印を創らせていただきました。是非多くの方に、御手に取っていただきとう存じます」。

領布場所:通信販売サイト(https://shop.kitakyushu-dmo.jp/)のみの販売
価格:500円(税込)※別途発行手数料がかかります。詳しくは通信販売サイトをご確認ください
頒布元:小倉城
関連のお城:小倉城(福岡県北九州市)
9月4日18:00から販売開始

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■中城城最後の城主「護佐丸」

護佐丸,530,武将印

護佐丸は、尚巴志(しょうはし)の琉球王国統一に尽力した按司(あじ・あんじ。首長)です。今帰仁城座喜味城中城城と3城の城主となりました。「築城の天才」と言われており、座喜味城、中城城は世界遺産となっています。中でも最後の城主となった中城城では、護佐丸の築城技術の高さを伺い知ることができます。

武将印は、5月30日の「ごさまるの日」を記念して制作、発売されました。沖縄県初の武将印です! 書は、中城村在住の書道家・新里利浩氏によるもの。琉球紙である三椏(みつまた)紙を使用。一人1枚限りで、300枚限定販売。

領布場所:中城村観光協会
価格:500円(税込)
頒布元:中城村観光協会
関連のお城:中城城(沖縄県中頭郡)
※「なかぐすく商店」(https://nakakanko.stores.jp)にて通信販売対応中。

▼令和3年(2021)5月30日に53枚限定で発売された手書き版がこちら↓。村内在住の書道家・新里利浩氏による直筆で、琉球紙の一つ・芭蕉紙を使用。沖縄の糸芭蕉を原料としており、独特の風合いが非常に魅力的です。現在は完売しています。

護佐丸,武将印,中城城


■イベント限定の武将印等

◆雲伯3城関連イベント「忍者文字御将印スタンプラリー」で、忍者印が登場!
令和3年(2021)4月6日(火)から松江市、安来市、米子市で始まる「忍者文字御将印スタンプラリー」にて、各所の忍者文字スタンプを押印し解読して回る任務を遂行すると、もれなく堀尾吉晴お抱えの忍者の「忍者印」がもらえます。書いてある内容は…スタンプラリー参加者ならばわかる! スタンプラリー詳細については、一般社団法人 松江観光協会のHP(https://www.kankou-matsue.jp/event_calendar/desc/?event=56770)をご覧ください。スタンプ帳(忍者印帳)については、「続々増加中!お城や城下町で買える御城印帳大特集!」をチェック!

忍者印帳,御城印帳,雲伯3城

領布場所:スタンプラリー完遂者にもれなく贈呈
価格:-(100円/冊のスタンプ帳(忍者印帳)を購入してスタンプラリーに参加)
頒布元:(一社)松江観光協会

◆令和2年(2020)3月22日に(一社)松江観光協会が主催した「御将印 三将販売開始キャンペーン」で、一日限定販売された尼子経久の武将印。島根県在住の路上詩人こーたさんによる書下ろしです。松江城の堀尾吉晴または堀尾忠氏、米子城の吉川広家、月山富田城の山中鹿介という雲伯三武将の武将印3枚すべてを3月22日までに集めた人だけが購入できました。

■下剋上で戦国大名まで上り詰めた「尼子経久」

尼子経久,武将印,路上詩人こーた

尼子氏の最盛期の基盤を築いた戦国時代の武将。月山富田城を拠点とし、山陰山陽十一州を手中に収めました。

◆令和2年(2020)1月5日~3月22日に広島県で開催された「家紋ラリー第2弾」。毛利氏関連博物館等施設連携事業推進協議会による主催で、毛利一族ゆかりの施設を回り、一族の歴史ストーリーに触れながら武将印をゲットできるというもの。頒布された武将印は以下の6武将です!

■内政で力を発揮するも早逝した「毛利隆元」

毛利隆元

毛利元就の長男。10代で毛利家の主筋である大内家に人質に出され、数年過ごします。内政に優れており、安芸・備中・備後・長門の守護となり、中国地方の半分を支配。40代で急逝。

武将印の中央に配置されているのは毛利隆元の花押。毛利氏の家紋「一文字に三つ星」も配置。和紙。

領布場所:安芸高田市歴史民俗博物館
価格:100 円(税込)
関連のお城:郡山城(広島県安芸高田市)

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■広島城を築いた5大老の一人「毛利輝元」

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毛利隆元の息子で、毛利元就の孫。父の急死により11歳で家督を継ぎます。播磨国に進出してきた織田信長と敵対するも、羽柴秀吉の攻勢を受けて講和。本能寺の変の後、秀吉に仕えて、天正16年(1588)に広島城築城。五大老まで上り詰め、関ヶ原の戦いにおいては西軍の総大将を務めます。

武将印の中央に配置されているのは毛利輝元の花押。毛利氏の家紋「一文字に三つ星」も配置。和紙。

領布場所:広島城
価格:100 円(税込)
関連のお城:広島城(広島県広島市)

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■「3本の矢」2本目の勇将「吉川元春」

吉川元春,武将印

毛利元就の次男。従兄である吉川興経の養子に入り、天文19年(1550)日野山城主となります。弟・小早川隆景とともに、毛利氏中国平定に貢献。11歳で初陣を飾り、生涯無敗とも1敗とも言われている猛将。

武将印の中央に配置されているのは吉川元春の花押。吉川氏の家紋「丸に三つ引き両紋」も配置。和紙。

領布場所:戦国の庭 歴史館
価格:100円(税込)
関連のお城:日野山城 (広島県山県郡)

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■「毛利両川」の一人「小早川隆景」

小早川隆景,武将印

毛利元就の三男。小早川家を継ぎ、兄・吉川元春とともに、「毛利両川(りょうせん)」として毛利氏勢力拡大に尽力、主に山陽地域を治めます。三原を中心に強力な水軍を編成。

武将印の中央に配置されているのは小早川隆景の花押。小早川氏の家紋「左三つ巴」も配置。和紙。

領布場所:(一社)三原観光協会
価格:100円(税込)
関連のお城:三原城 (広島県三原市)

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■関ヶ原の戦いで暗躍し毛利家を救った「吉川広家」

吉川広家,武将印

吉川元春の三男で、毛利藩の支藩である岩国藩吉川家の祖。毛利輝元が西軍大将を務めた関ヶ原の戦いにおいて、ひそかに徳川家康に通じ、輝元が実際に参戦するのを防ぎました。「兵に弁当を食べさせるから(出陣できない)」というエピソードで有名。

武将印の中央に配置されているのは吉川広家の花押。吉川氏の家紋「輪九曜」も配置。和紙。

領布場所:岩国徴古館
価格:100円(税込)
関連のお城:岩国城 (山口県岩国市)

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■言わずと知れた中国地方の雄「毛利元成」

毛利元就,武将印

一国人にすぎなかった毛利氏を、押しもされぬ中国地方の大大名に押し上げた戦国武将。3人の息子にあてた14ヶ条にわたる手紙「三子教訓状」は、「3本の矢」のエピソードで有名。

掲載の武将印は、「家紋ラリー第2弾」ですべての武将の家紋シールを集めた人の中から、抽選で50名にあたる特別な1枚!
和紙の中央に配置されているのは毛利元就の花押。毛利家家紋の「一文字に三つ星」も配置。

領布場所:抽選
価格:―
関連のお城:郡山城(広島県安芸高田市)

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執筆:城びと編集部