日本100名城

がっさんとだじょう

月山富田城

島根県安来市

別名 : 月山城、富田月山城、富田城
旧国名 : 出雲

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月山富田城
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やなぎぶそん

最高峰の山城 (2020/12/19 訪問)

松江城のついでに行こうくらいにしか思ってなかったですが、いざ行ってみると石垣、土塁、曲輪がよく残っており、とても見応えのある山城でした。
100以上のお城を巡ってきましたが、最高峰の山城だと感じました。

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カニカニ

所用にかこつけた城巡り 3城目 (2020/11/12 訪問)

ガッサン  トダジョウ      この 響き と リズム   かっこいい!!
熊本と、ここだけは今回の計画の中に絶対欠かせない、旅の前半のメイン。

朝8時半に麓の歴史資料館に着いたが、9時開館と思っていたら9時半だった。
資料が手に入らないまま登ることに。  (縄張り図だけはコピーして持ってきていた)

駐車場裏手から入ったのだが、ここが御子守口だとばっかり思っていた。
(御子守口は資料館裏側の方面を少しばかり進んだところだと最後になって知った。)
毛利元就が攻め口を担った場所だと聞いていたのだが、最初からミスをしていた。

でもこの谷あいの道だって両サイドの曲輪から狙われ、攻め上がるのは容易ではなさそうだ。
馬乗馬場や千畳敷を歩くことができたが、太鼓壇ではなにやら作業中だったので未踏。
鹿介像の辺りからみる紅葉に癒されながら奥書院を抜けたところで突然雰囲気が変わった。
花の壇を目の前に切岸が現れ、壇へ登る階段と壇を回り込む細い道に分かれる。
簡単に壇へ登れるようじゃ切岸の意味ないじゃん。
観光客用のサービス路だな、と判断しチョット薄暗い細い道へと回り込んで壇へ入る。
復元建物の前の大堀切を隔てて山中御殿と七曲り、そして月山の威容が目の前に。
そして右手には、なんと駐車場。  ここまで来てしまったんじゃ勿体ないなー。(心の声)

トイレの先に石垣土居。 角部分はかつて登り口だったようで踏み荒らされている。
(すぐ先に階段が設置されており、現在その心配はない)
そして山中御殿が目の前に。
此処だけに注目しても池を前面の堀、周囲を石垣で固めた一つの城郭として成立していると思う。
菅谷口虎口もいいが、坂虎口と蔀をあわせたような、塩谷口の埋門虎口に魅かれる。

ヤットコサで登った西袖ケ平で、自分と同じ匂いのする(歩き回り、写真を撮る)人物に声をかけた。
公共交通利用の香川県の住人で、鉄道の駅からの距離やバスの時間的制約もあり一度に多くは
巡れないので、事前準備をして一か所に時間をかけ見落しの無いように心がけているそうだ。
事前調査もせず行き当たりばったりの車旅をしている私は、少々恥ずかしくなってしまった。

三の丸から二の丸へ続くあたりに数か所、直径1mほどの丸い、ほんの少し浅い窪みがあった。
本丸へ向かう階段を降りると窪みの真下あたりの場所に、なにやら穴があり覗くと水が溜まっている。
さっきの窪みは雨水を集め、この穴に貯めるための漏斗の役割をしているのだろうか?

本丸の神社裏手は二の丸、三の丸、本丸の表側と違い、いかにも山城然とした趣のまま残されていた。
しばし山上で景色を堪能したあと下城。
山中御殿へ降りる合坂は観光客用になのか片側半分が改変されていたので、何度か上り下りをして
歩き具合の違いを試していたら昔のお姉さま方に関西弁で 「何してはるの?」と言われてしまった。

大土塁の近くには、台風被害で幹が裂けたにもかかわらず立派に花を咲かせ続け不撓不屈の精神で
何度も困難に挑戦する鹿介と重なり”鹿介桜”と命名されたヤマザクラがある (案内板説明から抜粋)
大土塁の土橋の先は、少し荒れた畑のような私有地と思しき雰囲気の曲輪だったので退散。

苔むした厳倉寺の階段を気を付けながら降りると赤門と、お子守社があった。
ここにきて御子守口の事を気付いたのだが、すっかり戻る気力を無くしてしまった。
資料館裏側に地形模型も設置されていた。  

バス停に同じ匂いのする香川の人が、2時のバスに乗ろうとしていたので軽く会釈をして別れた。
いつか、どこかの山城で会えることを祈って…。

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ダイエティシャン

ドキドキ ワクワク 重ね捺しスタンプラリー コンプリート 月山富田城の部 (2020/11/15 訪問)

ドキドキ ワクワク 重ね捺しスタンプラリー コンプリート 月山富田城の部

平日は、砦(スランプ場所)が休館の時もあるので、日曜日に挑戦。

晴天で、ライダーさんも多く見かけました。

3ヶ所目までは順調でしたが、4ヶ所目で、「本日のスランプラリーは、道の駅の駐車場です」
とのこと。
流石、難攻不落の月山富田城‼スランプラリーも一筋縄では行きません。引き返しましたが、見当たらず。腹ごしらえをしようとと、駐車場内の屋台に行ったら、
スランプラリー発見‼
出丸を築いて、出張販売中でした。
スタンプを捺し、一気に絵柄が完成間近に‼
「ひと押し城」って感じでした。
出丸の主の「ボールドーナツ」で腹ごしらえし、太鼓段ヘ。紅葉が見事でした。

スタンプラリーで広瀬の街並みを巡りました 
江戸時代は,松江藩の支藩が置かれ、陣屋として栄えたようで、僅かに残る 趣ある建物が印象的でした。
陣屋街巡りも、楽しめます。

スタンプラリーの絵柄は、米子城も 月山富田城も お城の特徴が よく表されています。

残るは、松江城のみです‼

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昌官忠

クラブツーリズム山陰山陽100名城制覇 (2019/03/15 訪問)

郡山城からクラブツーリズムのバスで安来市立歴史資料館に到着。ここで100名城スタンプを押印して月山富田城を攻城。
月山富田城の登城口は菅谷口、御子守口、塩谷口の3か所あるようですが、自分は(ツアーでの移動は別々でした)御子守口から千畳平経由のルートで登って行きました。
攻城ルートは安来市立歴史資料館➡千畳平➡尼子神社➡太鼓壇➡山中鹿介銅像➡花の壇(復元建造物あり)➡山中御殿➡菅谷口の虎口➡七曲がり(山吹井戸、親子観音)➡三の丸➡二の丸➡本丸➡勝日高守神社➡逆ルートで下山。
月山富田城は標高191m、比高160mの月山の山頂に築かれています。見所は堀切、堀、石垣などです。城跡はよく整備されており、当日は小雨が降っていましたが、七曲がりの登城路の路面は敷石が敷き詰められており、歩き易かったと記憶しています。
攻城時間は90分くらいでした。

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概要

元々は戦国大名尼子氏の居城で、関ヶ原合戦後に堀尾吉晴が近世城郭へと改修。山頂付近の主郭部にある本丸・二の丸・三の丸の石垣は、低い石を段々に積み重ねる「段築」という工法によるもの。山腹の要地に築かれた広大な曲輪は山中御殿跡として現存し、三方を囲む大石垣などが堅固な防御の面影を今に伝える。

城郭情報

城地種類 複郭式山城
築城年代 文治元年(1185)頃
築城者 佐々木義清?
主要城主 尼子氏、吉川氏、堀尾氏
文化財史跡区分 国史跡(富田城跡)
近年の主な復元・整備 尼子経久、堀尾吉晴
主な関連施設 石垣、侍所、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切、虎口、井戸
住所 島根県安来市広瀬町富田
問い合わせ先 島根観光連盟
問い合わせ先電話番号 0852-21-3969