日本100名城

つつじがさきやかた

躑躅ヶ崎館

山梨県甲府市

別名 : 武田氏館
旧国名 : 甲斐

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躑躅ヶ崎館
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ジェイド

竜が池の土手からの風景がすばらしい (2024/05/15 訪問)

信玄ミュージアムの向かい、境内の参拝者用、相川小学校南、南側といったように無料駐車場がたくさんありとても便利です。
隣にある竜が池の土手からは、眼下に整備された大手の曲輪や城下町の風景を眺めることができ、絶景スポットだと思います。

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影武者

武田氏館 (2025/12/28 訪問)

武田神社 全国城制覇 祈願

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トベシュン

山梨武田氏ゆかりの城巡り (2025/12/13 訪問)

山梨武田氏ゆかりの城巡りで、甲府城・躑躅ヶ崎館(武田神社)・新府城・要害山城(熊出没情報で登城中止
)に行きました。

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ヒロケン

武田氏三代の館跡 (2025/10/25 訪問)

武田氏館跡は、武田信虎公・武田信玄公・武田勝頼公が居住し政治を行った戦国大名武田氏の館跡です。

武田氏館跡の初期は主郭のみで守護館の伝統を踏まえた方形単郭の構造でしたが、武田信玄公嫡男義信公の婚姻に際し西曲輪が増築されます。北側一帯には味噌曲輪・稲荷曲輪が増設され、勝頼公の時代までに付属曲輪群も含め館機能の拡充が進み、全国最大級の居館となります。
武田氏が滅びると、織田・豊臣・徳川の各武将は武田氏館跡を再利用し、大規模な改修が実施され主郭北側隅に天守台、南西に梅翁曲輪、大手を守る防御施設が築かれ、甲府城築城後まで甲府の政治・経済の中心でした。

武田氏館跡には10年ぶり3度目の訪問で、館跡の北側には信玄公が生まれたとされる要害山城・南側には武田氏滅亡後に築城された甲府城があり、どちらの城に行くにも車で行くにはアクセスがよく良い立地条件なのですが、10年も訪問していなかったので訪問してきました。
戦国最強を誇る武田信玄公が450年程前に、この地に居たと思うと唯々感激でした。

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概要

主郭・西曲輪を囲む広い水堀が圧巻。武田氏三代の居館ならではの見どころとして、西曲輪の南北に今も残る武田氏特有の桝形虎口は必見。大手東側には総堀と土塁で囲まれた曲輪が造られ、土塁と堀が復元されている。近隣の甲府城と見比べると、中世と近世の城郭の違いがよく分かる。

城郭情報

城地種類 連郭式平城
築城年代 永正16年(1519)
築城者 武田信虎
主要城主 武田氏、川尻氏、徳川氏、豊臣氏、加藤氏、浅野氏
文化財史跡区分 国史跡(武田氏館跡)
近年の主な復元・整備 徳川氏、羽柴秀勝、加藤光泰
天守の現況・形態 不明
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、横堀(水堀)、虎口
住所 山梨県甲府市古府中町2611
問い合わせ先 甲府市観光開発課
問い合わせ先電話番号 055-237-5702