日本100名城

たけだしやかた

武田氏館

山梨県甲府市

別名 : 躑躅ヶ崎館[つつじがさきやかた]

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武田氏館
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ぜんぜん

越後の国から (2019/08/02 訪問)

新潟からやってきました。ライバル信玄ですが、
町造りも素晴らしいと感じました。

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街道おじさん

武田氏館登城 (2019/03/19 訪問)

甲府城に続き、武田氏館に登城。現在は武田神社となっている。
100名城スタンプと共に、武田神社のご朱印をいただいた。
川中島の合戦の際の、上杉謙信と対峙する武田信玄を描いた(と思われる)ような
かっこいいご朱印であった。

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赤い☆稲妻

武田氏館 (2019/04/07 訪問)

毎年訪問しています。
神社入口はもともと出入口ではなかったところ。
大手口は神社右側にあり、馬出しなどの遺構があります。
神社左側には曲輪状の地形が残っています。

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くろもり

武田 (2015/03/28 訪問)

子供の頃から上杉謙信公が好きな自分にとって、「武田」という単語はどうしても特別な響きを持ってしまいます。

躑躅ヶ崎館(武田氏館)にも土塁や堀等の遺構があり見所は多いですが、城址周辺が武田家臣団の屋敷跡となっているので、城址周辺を散策しても楽しいです。もっとも、大部分が宅地化されて大学や家になってしまっているのですが、「ここに典厩信繁が!ここに鬼美濃が!高坂弾正が!」等々、アドレナリンが終始放出しっぱなしでした。

城址から南東に徒歩10~15分程の所に信玄公の墓所があり、信玄公の墓所から見下ろすような形で、織田信長の家臣で武田氏滅亡後の甲斐国主となった河尻秀隆の伝・首塚があります。本能寺で信長が討たれた後、河尻秀隆は甲斐で圧政をしいていた為、旧武田家臣を含む一揆軍に殺害され、その恨みからさかさまに埋められたと伝わります。諸行無常か因果応報か、なんとも世の無常を感じてしまいました。

信玄公墓所から南に10分程歩くと、信玄公の父である武田信虎公の墓所がある大泉寺がありました。甲斐から追い出されてしまった信虎公ですが、ちゃんと立派なお墓があったので良かったです。

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概要

主郭・西曲輪を囲む広い水堀が圧巻。武田氏三代の居館ならではの見どころとして、西曲輪の南北に今も残る武田氏特有の桝形虎口は必見。大手東側には総堀と土塁で囲まれた曲輪が造られ、土塁と堀が復元されている。近隣の甲府城と見比べると、中世と近世の城郭の違いがよく分かる。

城郭情報

城地種類 平城
築城年代 永正16年(1519)
築城者 武田信虎
主要城主 武田氏
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 近年、毎年のように調査、整備が行われている
天守の現況・形態 -
主な関連施設 武田神社、宝物殿など。周辺には武田氏時代以来の神社仏閣多数
主な遺構 主郭(東曲輪・中曲輪)、西曲輪、北曲輪、土塁、堀、大手東の土塁
住所 山梨県甲府市古府中町2611
問い合わせ先 甲府市観光開発課
問い合わせ先電話番号 055-237-5702