萩原さちこの城さんぽ 〜日本100名城・続日本100名城編〜 第23回 勝連城 景勝地としても人気の世界遺産「進貢船のグスク」

城郭ライターの萩原さちこさんが、日本100名城と続日本100名城から毎回1城を取り上げ、散策を楽しくするワンポイントをお届けする「萩原さちこの城さんぽ~日本100名城と続日本100名城編~」。23回目の今回は、勝連城(沖縄県)をピックアップします。

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勝連城からの眺望。沖縄有数の景勝地としても知られる

世界遺産に登録された、グスクのひとつ

世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の9つの構成資産に含まれる5つのグスクが含まれます。首里城今帰仁城中城城座喜味城、そして勝連城です。

グスクは14世紀中頃から、按司と呼ばれる地方領主が地域支配拠点として築いたとみられています。按司たちが抗争を繰り返し、3つの勢力が拮抗する三山時代(北山、中山、南山)が到来。これを1429年に統一したのが、中山の尚巴志でした。琉球王国の国王となった尚巴志が、在所としたのが首里城です。

尚氏が北山王の居城である今帰仁城を攻め滅ぼす際に活躍したのが、座喜味城と中城城を築いた護佐丸です。そして、護佐丸と因縁の関係にあったのが、勝連城を築いた阿麻和利。若くして10代目の勝連按司となった阿麻和利は、勝連半島を勢力下に置き、奄美諸島や日本との交易で莫大な富を得た人物でした。

1458年に発生した護佐丸・阿麻和利の乱で、護佐丸は阿麻和利の謀略によって自刃します。悲劇を引き起こした悪人として語られる阿摩和利ですが、近年では名君ぶりが証明されてきています。

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「進貢船のグスク」のニックネームもうなずける、壮大なフォルム

鋭くしなやかな石垣と、海を見渡す絶景を満喫

勝連城は、12世紀頃に築かれたとされる最古級のグスクです。沖縄本島の東海岸にある勝連半島の根元にあり、標高約98メートルの丘陵に築かれています。総面積は、11,897平方メートル。発掘調査により構造と曲輪の役割が比較的明らかになっており、グスク特有の御嶽も数か所あります。

とにかく景観がよく、青い海が一望できる沖縄有数の景勝地としても人気です。もちろん、グスク特有の、自然の地形としなやかにコラボレートした石垣も堪能できます。断崖に鋭くそそり立つ城壁は恐ろしくもありますが、優雅な曲線からは女性的な美しさも感じられます。360度の絶景パノラマビューが楽しめるのが、最高所の一の曲輪。北には金武湾を囲む北部の山々やうるま市の離島、南には知念半島や久高島、中城城まで一望できます。勝連城の牽制を目的に築かれたとされる中城城は、勝連城からよく見えていたようです。

グスク内は、北西から一の曲輪、二の曲輪、三の曲輪、四の曲輪と各曲輪が階段状に置かれ、再び東の曲輪は高まります。南風原御門が正門で、西原御門が裏門。東の曲輪一帯の崖下からは貝塚が発見され、古くから人々が息づいていたようすがうかがえます。

ぼんやり眺めていると、船のようなフォルムに見えてきます。聞けば、「進貢船のグスク」とも呼ばれるのだとか。進貢船とは、中国との交易や使節派遣に用いられた琉球王国の官船のこと。貿易を推し進めて財政を潤した、やり手の阿摩和利にぴったりのニックネームです。沖縄では首里城と浦添城と勝連城からしか見つかっていない大和系・高麗系の瓦が出土していて、王城に匹敵するほどの経済力や軍事力が連想されます。

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4つの曲輪が階段状に配置されている。石垣の曲線美が見もの


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執筆・写真/萩原さちこ
城郭ライター、編集者。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演など行う。著書に「わくわく城めぐり」(山と渓谷社)、「お城へ行こう!」(岩波書店)、「日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)、「戦う城の科学」(SBクリエイティブ)、「江戸城の全貌」(さくら舎)、「城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術〜」(講談社)、「地形と立地から読み解く戦国の城」(マイナビ出版)、「続日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)など。ほか、新聞や雑誌、WEBサイトでの連載多数。公益財団法人日本城郭協会理事兼学術委員会学術委員。

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