日本100名城

ひろしまじょう

広島城

広島県広島市

別名 : 鯉城、当麻城、在間城
旧国名 : 安芸

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広島城
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征26日目:広島城周辺観光(平和記念公園) (2026/06/05 訪問)

広島城から徒歩15分ちょっとで、原爆ドーム説明板前(34.394975、132.453566)に着きました。

平和記念公園は以下の順番で廻りました。
①:原爆ドーム説明板前(34.394975、132.453566)
②:平和の時計塔(34.395386、132.452378)
③:原爆被災説明板(34.395031、132.452821)
④:平和の鐘(34.394886、132.452448)
⑤:原爆供養塔(34.394428、132.452005)
⑥:原爆の子の像(34.394134、132.452797)


原爆ドームは、第2次世界大戦末期に人類史上初めて使用された核兵器により、被爆した建物です。
ほぼ被爆した当時の姿のまま立ち続ける原爆ドームは、核兵器の惨禍を伝えるものであり、時代を超えて核兵器の廃絶と世界の恒久平和の大切さを訴え続ける人類共通の平和記念碑です。
攻城時間は50分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
歩行歩数=33351歩、歩行距離=23.3Kmです。
本日の宿泊先に徒歩で向かいました。

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征26日目:広島城 (2026/06/05 訪問)

新白島駅から徒歩15分くらいで、大鳥居前(34.401335、132.461500)に着きました。

広島城は今回2回目の攻城です。前回は2019年3月13日に来ました。
天守閣、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓、表御門などを確認しました。
ちなみに正面から天守閣の写真は多数の観光客の顔がバッチリ写っている為、投稿せずに東小天守跡から撮った写真を投稿します。
攻城時間は30分くらいでした。宿泊先のホテルに戻る前に原爆ドームを見学する為、平和記念公園に向かいました。

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朝田 辰兵衛

雨にいざなわれたのかな,それとも…☔ (2026/06/26 訪問)

『6月26日に山口県岩国市の未投稿城「成君寺山城」を攻めてきます。雨がすごかったら「亀居城」に変えます』と予告しておりましたが,どちらもダブルタイフーンの影響で断念しました…<泣>。

6月26日,この日も山口県内在来線が全て運休。「成君寺山城」へアクセスする錦川清流線も運休。岩国駅から広島方向の在来線は,速度を落としながらもかろうじて動いてました。「止まってしまうのも時間の問題かな…?」と判断し,途中下車して「亀居城」という選択肢も断念。昼ごろには広島駅に到着。まずは荷物を預けに宿泊先のホテルへ。赤いローソンを過ぎて,赤いロゴの東横インへ。このホテルのことは,にのまるさんがレポートしておりますので割愛します。
にのまるさん,この時点でもまだまだ気が抜けなかったんですよ。ねぎらいのお言葉,ありがとうございますm(__)m
すでに,トラブルさえも楽しんでいるような…<苦笑>。

さて,広島県内の大雨ピークは概ねこの日の夕方~夜間にかけて。ふと,赤い城さんのクイズで出題された「広島城の暗渠」を思い出しました。以前は素通りし,撮影もしておりません。これは赤い城さんにいざなわれたのか,雨にいざなわれたのか…☔
天守はすでに入れませんが,三の丸歴史館を建設中のハズ。ちょいと見てくるにはベストなタイミングに思え,レッツゴー👣

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張陳

天守閣内が閉館する前に二度目の訪問 (2026/03/01 訪問)

今回の旅行の主目的ではありませんでしたが、ちょうど閉館してしまう前に広島を訪れたので二度目の訪問を果たしました。

この日は平和記念資料館や原爆ドームを見学してから、
途中、「汁なし担々麺くにまつ‐真‐1st」で汁なし担々麺もいただき、夕方から行きました。
平和公園周辺からも徒歩圏内ですので、広島市内観光に組み込みやすい立地でした。
汁なし担々麺もまた食べたくなるご当地グルメでした。

さて城自体はというと、三の丸から二の丸、本丸と移動していく行程はよく残された、整備された近世城郭という感が強く、それだけで魅力十分です。
石垣もきれいに残されていますので、天守閣には入れませんが、周辺観光と合わせて行かれるのがおすすめです。

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概要

郡山から広島に本拠を移した毛利輝元が築いた城。聚楽第を模したとされる、内堀に囲まれた巨大な本丸と馬出を兼ねた小さな二の丸が特徴的。天守は望楼型の五重五階の大天守に2基の小天守を連ねた連結式で、原爆による倒壊後、昭和33年(1958)に大天守のみ再建された。

城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 天正17年(1589)
築城者 毛利輝元
主要城主 毛利氏、浅野氏、福島氏
文化財史跡区分 国史跡(広島城跡)
近年の主な復元・整備 福島正則
天守の現況・形態 複合連結式望楼型[5重5階/1599年築/焼失(空襲)]、複合連結式望楼型[5重5階/1958年再/SRC造外観復元]
主な関連施設 大天守、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓、表御門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(水堀)
住所 広島県広島市中区基町
問い合わせ先 広島市市民局文化スポーツ部文化振興課広島城活性化担当
問い合わせ先電話番号 082-504-2869