日本100名城

こおりやまじょう

郡山城

広島県安芸高田市

別名 : -

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郡山城
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カルビン

【家×お城】登城したお城しりとり【170】+体験談 (2016/07/24 訪問)

todo94さん早速のパス有難う御座います。
(個人的に関東圏のお城はそれなりに巡ってますが、そこから離れると行ってても有名処ばかりで手札薄いので助かります)


直方(のおがた)の「た」から

高島古(たかしまこ)城:長野県諏訪市大字上諏訪桜ケ丘9496
↓こ
郡山(こおりやま)城:広島県100名城
↓ま
馬坂(まざか)城:茨城県常陸太田市天神林町3247

いよいよ自分の手札で城びと登録城だけではクリアし辛くなってきました。。。


今回は郡山城でup致します。

広島バスセンターよりバスで1時間くらいで城下に、そこから資料館を経由して比較的緩やかだが長い山道がまっております。
途中毛利元就像、毛利隆元墓所、尼子陣所跡、毛利元就墓所、百万一心碑を見ながら主郭へ。

城域は広く、遺構もちゃんと残っておりお城としては見所満載ではありました・・・が、尼子氏の大軍相手に小人数で良く守り抜いたな・・・というのが正直な感想です。
やはり毛利元就のレベルが凄かったとしか言いようが無いのを示している様ですね。

資料館滞在時間を除き城域行軍は2時間半くらいでしたが、当時あまりの暑さに下山の際にはバテバテで、旧本城を含め数ヶ所回れなかった場所があり、かなり残念な思いをしたもんですw


郡山城見学後、広島バスセンター経由で今度は岩国城まで行ったのですが、この日の暑さと長時間のバス移動が祟ったのか、次の日ホテルで起きた際に腰に激痛が走り、水分取れないわ座れないわ(両方とも気分悪さが増す為)で・・・
その日の厳島と広島城見学の際には油汗流して散策して早々に帰宅しました。(予定では備中高松城寄るつもりだったんですが)

帰宅する頃には痛みも和らいでいたのですが、念のため次の日病院行ったら尿管結石と診断・・・夏季の過酷な運動による水分補給不足及びバス座りっぱなし(この日4時間くらいバスに乗ってた・・・広島⇔郡山城最寄りの吉田市役所前のバスは普通の路線バスなので座席が堅かった・・・)が原因だった模様。。。

今季のお城巡りは暑さになれないままでのスタートとなる方々ばかりと思われます。
皆様におきましては水分補給をしっかり取って無理無き行軍をお願い致します。

・・・お城の紹介よりも実体験談ですね、こりゃw


ちなみに
・高島古城は続100名城の高島城から東北の山上途中にあります(上諏訪駅から徒歩圏内・舗装道路のところで遺構は無し)
現地の碑石と解説は「高嶋城」になってますが、各お城サイトの情報とgoogli mapでは高島古城になっているのでこちらで行かせて頂きます。

・馬坂城は佐竹氏の拠点・太田城から南南西3kmの所の坂上にあります(最寄の谷河原駅からはちょっと離れているがなんとか徒歩圏内)
遺構も少しだけあり。


次の方、「か」「坂」「さか」でお願い致します。
※「か」で九州と沖縄の100/続100名城に繋がるかと。。。沖縄の場合は後ろを「ぐすく」の「く」にした方が次続100名城繋がりますね。

追記
「あ」「ひ」「む」「よ」のお城に繋げられる手札は漢字を含めて在庫がありませんorz

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がっくん

郡山城 (2015/08/12 訪問)

95年から20年ぶりの攻城。 駐車場等山麓の整備が進んでいた。 変わらないのが顔への虫攻撃、謀略家の元就公の仕業だろうか夏場は要注意ですぞ。 なかなかの広域なので全部回るのであれば時間に余裕を持って。

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ヨッシー

元就公の居城 (2019/09/16 訪問)

言わずと知れた、中国の覇者・毛利元就公の居城です。
憧れの城で、感無量でした。

一番手前に、歴史民俗博物館があり、100名城スタンプがあります。
ここである程度情報を掴んでから登ることをオススメします。

戦国時代に活躍した城なので、当時の雰囲気が感じられます。
ザ・山城です。
竪堀、横堀、堀切、壇とよばれる沢山の曲輪があるのも特徴的です。

また、二の丸、三の丸付近に大量の石垣が転がっていて驚きます。
島原の乱があった時代に、
反乱者が立て篭る事を防ぐために破壊されたそうです。

お好み焼き ハチヤさん、
美味しいですよ!




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プリン

吉田郡山城 (2017/12/20 訪問)

安芸高田市歴史民俗博物館の駐車場に車を停めて、徒歩で登城開始。
毛利一族の墓所を抜けてから、そこそこ険しい登山道を登ると本丸跡に到着。

今年11/1に安芸高田市歴史民俗博物館を再訪し、オリジナル御城印帳(ポケット式)と御城印を購入しました。

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概要

毛利氏の先祖が築いた山城を、元就が戦国大名として勢力を伸ばすと共に整備拡大されていった。山頂の本丸を中心に大小の曲輪を築き、その数は270を超えたといわれている。今は建物がなく石垣もわずかに残るのみだが、登山道沿いに多くの曲輪跡が見られる。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 15世紀後半?、天文20年(1551)ころ、天正年間(1573~92)
築城者 毛利氏
主要城主 毛利氏
文化財史跡区分 国指定史跡(史跡毛利氏城跡・郡山城跡)
近年の主な復元・整備 -
天守の現況・形態 -
主な関連施設 毛利元就墓所、清神社、多治比猿掛城跡
主な遺構 二七〇以上の曲輪跡、堀切跡、土塁跡、石垣跡、井戸跡
住所 広島県安芸高田市吉田町
問い合わせ先 安芸高田市生涯学習課
問い合わせ先電話番号 0826-42-0054