日本100名城

よしだこおりやまじょう

吉田郡山城

広島県安芸高田市

別名 : 郡山城
旧国名 : 安芸

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吉田郡山城
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アネ

足元注意 (2026/02/21 訪問)

杖が用意されてると聞き、覚悟はしてましたが聞きしに勝る山城っぷりです。
歴史民族博物館は表街道から少し引っ込んだところに建っているので、並びのパチンコ屋さんの屋上の大きな王様のオブジェを目印にするといいと思います。

館内の案内所で「あの〜熊は?」「ウチにはまだ出てませんね。猿掛城の方には、木に爪痕があったそうですけど」というやりとり。
マジかー!あっちはやめとこ。スタンプも押せたことだし、ここは「君子危うきに近寄らず」です。
(はい、ビビりです。熊やスズメバチ、マムシ、怖い。藪蚊や山蛭、大嫌いです)

着いた時刻が遅かったのもあって、途中で登頂は断念しましたが、お墓参りはしてきましたよ。
トイレは麓にしかないし、途中寂しいところもあるので、女性の単独行は避けた方がいいでしょう。
アスファルト舗装、泥道、苔道、石畳、コンクリート舗装と目まぐるしく路面が変わるので、気が抜けません。しかも、先週の雪溶け水で、土が泥と化しており……多分、年間通して、トレッキングポール&シューズが必須かと。熊鈴もあれば安心かな。
そこここにガイドマップを用意したポストがあるので、ピックアップし忘れてもあまり心配要りません。
この後清神社(御祭神が素戔嗚尊なので、出雲大社のように房が付いているタイプの注連縄でした)にも参拝しましたが、こちらも雪が残ってました。

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yoda 1253

毛利元就の愛した吉田郡山城 (2025/10/16 訪問)

郡山の地形を巧みに利用し石垣で本丸二の丸三の丸等を配置

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にのまる

【赤色立体地図かるた】

「安芸国 毛利氏息づく 郡山城」
(あきのくに もうりしいきづく こおりやまじょう)

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しんちゃん

【赤色立体地図かるた】 (2013/10/02 訪問)

「元就と 苦楽共にし 郡山城(もとなりと くらくともにし こおりやまじょう)」

大永3年(1523)に元就公が毛利家の家督を継いでから永禄13年(1570)で亡くなるまで、郡山城は元就と共にありました。
その間に異母弟の相合元綱を殺害したり、尼子晴久率いる三万の大軍に攻められたり(吉田郡山城の戦い)と、いろいろしんどい時も有ったようです。
元綱との仲は良好だったようですが、元就の家督相続に不満を持つ家臣が元綱を担ぎ出し謀叛を計画、しかし元就に察知されて船山城で元綱は討ち取られました。この事件は毛利家の黒歴史として、元就にとっても触れたくない案件であったようです。
「三矢の訓」の元となった「三子教訓状」には息子たちに一致協力して毛利家を盛り立てていくよう書き残してあり、自ら弟を殺めたことへの後悔があったのかもしれません。

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概要

毛利氏の先祖が築いた山城を、元就が戦国大名として勢力を伸ばすと共に整備拡大されていった。山頂の本丸を中心に大小の曲輪を築き、その数は270を超えたといわれている。今は建物がなく石垣もわずかに残るのみだが、登山道沿いに多くの曲輪跡が見られる。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 延元元年〔南朝〕/建武3年〔北朝〕(1336)
築城者 毛利時親
主要城主 毛利氏
文化財史跡区分 国史跡(毛利氏城跡)
近年の主な復元・整備 毛利元就、毛利輝元
天守の現況・形態 不明
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切、井戸
住所 広島県安芸高田市吉田町吉田
問い合わせ先 安芸高田市生涯学習課
問い合わせ先電話番号 0826-42-0054