続日本100名城

よなごじょう

米子城

鳥取県米子市

別名 : 久米城、湊山金城、湊山城
旧国名 : 伯耆

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米子城
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ダイエティシャン

【お城川柳】 (2021/06/03 訪問)

猫諸将 代々城を 守ってそう

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tshimojima

美しい石垣から大山を望む (2021/06/10 訪問)

戦国後期に建てられたお城のせいか石垣が非常に精巧に組まれています。現存12天守である丸亀城にも似た石垣を見ることができます。てっぺんに登れば日本海と街並みの絶景をみることができ、東に目を向ければ大山が見えます。

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ダイエティシャン

枡形虎口周辺に、駐車場完成間近 (2021/03/04 訪問)

米子城跡の整備が進んでいました。枡形虎口周辺に、駐車場完成間近。桜の時期に間に合うでしょうか?
今回は、湊山公園駐車場側から攻城。以前よりも、登城道が明るくなったような。
平日の曇天にも関わらず、多数の方が攻城。
登り石垣も綺麗に保存されています。
城下と思われる湊山公園では、またまた、猫諸将達が、お寛ぎ中。接戦中。
整備後の米子城跡が、楽しみです。

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カニカニ

所用にかこつけた城巡り 2城目 (2020/11/11 訪問)

1城目の鳥取城が案外スルッと2時間ほどで廻れた(山下ノ丸だけ)ので急げば間に合うとやってきた。
湊山公園駐車場に停め、”城山の池”横から登る。(案内板によると登城口は数か所あるようだ。)
ちなみに駐車場がある登り口は、こことテニスコート側らしい。
地元の人の散策路にもなっているようで、キツイ坂でもなく気持ちよく登れる。

前方に石垣が見えたと思った矢先、登り石垣が現れた。
(自宅に帰りついてから調べたら、2015年に発掘調査で確認されたという。  オドロキ!!)
そこにある案内説明を読むと、登り石垣が確認されている城に鳥取城は含まれていない。
午前中の鳥取城の??は解消された訳だが、それならあれはなんと呼ぶものなのか。

内膳丸は二段ほどの低い段差で構成されて伸びる細長い曲輪で、段部分に石垣の平入り門跡がある。
番所曲輪を抜け腰曲輪に出ると、美濃岩村城の六段石垣に似た四段の石垣が圧倒してくる。
小天守台(四重櫓台)よりも高くするために補強の必要があったのだろう。
この石垣は時期や石の産地が異なるようで多彩な積み方を見ることができる。
小天守台(四重櫓台)は幕末に補修されたものらしい。

不思議なことに小天守台(四重櫓台)の隅の天端に石が一つ置かれている。
「忘れ石」といって明治時代の写真にも写っているそうだ。
天守があった時は当然存在せず(だと、思う)、その後置かれたわけだろうから何かのオマジナイの
意味があるのだろうか。  鬼門の方角ではないし。
天守から向かって大山の方向にあるので、大山の神に捧げものを置く台の役目か?  ナンテネ。

腰曲輪を回り込み本丸枡形虎口へ。  かなり大きな門があったと想像できる枡形である。
外枡形との組み合わせのようにも見えるのだが…。 読み過ぎかなー。
水の手御門の先は別の登り口に出るようだが、今日はパス。

天守台からは360度絶景パノラマ展望で、中海を監視できる絶好のポイントだったのがわかる。
南東にはうっすらと雪化粧の大山、北西には境水道大橋の曲線美がかすんで見える。

石垣とパノラマに十分満足して二の丸方面(テニスコート側)へ下った。
そこそこ広い駐車スペースがありタクシーの運転手さんが休憩していた。
ここにも石垣があるが大きな樹木が根を張り崩したため、無残な枡形となっている。

内膳丸の崖を見上げながら鳥取大学附属病院の間の道を歩いて駐車場に戻る。
車を停めた駐車場には、この道を通って行ったんだっけ、 と 途中で気が付くマヌケぶり。

あとで知ったのだが、近くに旧小原家長屋門があるらしい。 事前調査が不十分だった。

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城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 応仁・文明年間(1467〜1487)
築城者 山名宗之
主要城主 山名氏、尼子氏、吉川氏、中村氏、加藤氏、池田氏
文化財史跡区分 国史跡(米子城跡)
近年の主な復元・整備 吉川広家、中村一忠
天守の現況・形態 独立式望楼型[3重4階/1596年築/破却]、独立式望楼型[4重5階/1601年増/破却]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀、井戸
住所 鳥取県米子市久米町
問い合わせ先 米子市観光協会
問い合わせ先電話番号 0859-37-2311