日本100名城

まつしろじょう

松代城

長野県長野市

別名 : 海津城、貝津城
旧国名 : 信濃

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松代城
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POYO58

長野旅行PART1 松代城 真田信之 (2022/08/16 訪問)

福井旅行を終えたばかりでしたが、祖父母と長野旅行に行ってまいりました。
最初に松代城に行きました。松代城はもともと武田信玄が川中島の戦いの際に本拠地とするため海津城という城を築城した場所です。そこから時代を経て、江戸時代になると、大阪の夏の陣で激戦が起こります。その際、真田信之は徳川方に、幸村は豊臣方について戦いました。上田城は信之が侵攻した時、幸村は自ら上田城を捨て、砥石城へ逃れたため、この時は上田城は信之の城でした。幸村は敵を次々と突破し、徳川家康の本陣にたどり着きました。しかしここで幸村は限界となり、討ち取られました。(鹿児島に生存していた説もあります。またここで徳川家康は幸村に討ち取られ、それ以降の家康は影武者だったという説もあります。実際にその家康の墓が大阪にあります。)その後、真田信之は上田から松代へ本拠を移し、海津城の場所に新たに松代城を築きました。信之の死後も、真田家は受け継がれていきました。
松代城は城全体を石垣や水堀、土塁で囲み、城内には御殿があったと考えられています。石垣や土塁は復元がほとんどですが、石垣は一部現存しています。松代城の見どころは復元された太鼓門と復元された戌亥櫓台ですかね。太鼓門は復元ですが、枡形虎口となっていて城の堅固さを物語っています。また戌亥櫓台は復元のようですが、使われている石は当時のものです。加藤清正流の勾配がとても美しいです。
また松代城もいいですが、隣にある真田邸を行かなければ、松代を攻城したことにはなりません!この真田邸も重要です。ここには真田家が建てた御殿が現存しています。これを見ないと損!

評価
遺構★★★
建物★★★
行きやすさ★★

攻城時間
真田邸も併せて1時間10分程度
真田邸なしなら30分程

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はなじろー

街散策の起点 (2021/07/03 訪問)

きれいに整備された城跡も良いですが、街中に点々と残る昔の名残を巡るのが楽しかったです。
日影が少ないので、静かに佇む象山神社の木陰はありがたかったです。
散歩のお供は竹風堂さんの栗ようかん(小形)でした。

旧松代駅は長野駅に向かうバス停があることもありますが、
人が集まっていて、
また、現役の時のように綺麗に維持されていて、
地元の方々に大事にされていると感じました。

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まっぴー

【城と標柱】石碑と城🏯 in 松代 (2021/06/12 訪問)

みなさんの中にも多いと思いますが、僕は毎回石碑と城の遺構をセットで撮るようにしています。

今まで何枚か撮ってきた中で一番綺麗に撮れたものを今回の城ふぉとに出したいと思います。



それがこの松代城碑と太鼓門のツーショットです。
石碑のツツジもちょうど綺麗に咲いており、良い色合いのとても良い写真を撮ることが出来たと思います!
石碑の臨場感はもちろん、太鼓門はかなり後ろにあるにも関わらず、物凄い存在感があり圧倒されます。
松代城と表記されているのではなく、海津城と表記されているのも味があって私は好きです。

もちろん実際に見るのも素晴らしいですが、写真は写真で見る角度などが変わり、特にツツジが映えているように感じます。改めて写真の良さを感じる一枚になりました!


他にも松代城には良い写真の撮れるスポットが多くあるので是非行ってみてください!

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カズサン

復元整備された松代城・風情残る武家屋敷群編 (2009/05/23 訪問)

 先に投稿した、復元整備された松代城・本丸石塁と戌亥隅櫓台編の続きです。

 甦った松代城、復元整備された太鼓門桝形、北不明門桝形、本丸天守台かと思う戌亥櫓台に登り四方を眺め、戌亥櫓台の野面積石垣、初期算木積石垣を観察し、復元二の丸土塁・埋門、南門、石場門、外堀の痕跡などの観察探訪を終えて、南側の真田宝物館見学、見学では松代城の立体模型が心に残りました、真田邸見学するが工事中で一部の見学、松代藩文武学校の見学、各武家屋敷の見学、通り通りは昔の江戸期の風情が残りタイムスリップしたような感覚に成ります、閑で心地よい。

 平成16年に復元整備された松代城を5年後の平成21年5月下旬探訪、3時間探訪しましたが全て探訪し尽くした訳では有りませんが天候にも恵まれ私には十分満足な松代城でした。

 長々と投稿、ご覧頂きありがとうございました。

 

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概要

武田信玄が北信濃を支配するため千曲川東方に築いた海津城が前身で、川中島合戦では武田方の拠点となった。信濃松代藩の3代藩主・幸道の頃に松代城と改められた。本丸大手口にあたる太鼓門や、搦手口を守る北不明門が近年になって復元され、武田流築城術の特徴を物語っている。

城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 永禄3年(1560)
築城者 武田信玄
主要城主 武田氏、森氏、真田氏
文化財史跡区分 国史跡(松代城跡附新御殿跡)
近年の主な復元・整備 田丸直昌、森忠政
天守の現況・形態 不明
主な関連施設 太鼓門、堀、石垣、土塁、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)
住所 長野県長野市松代町松代44地
問い合わせ先 松代文化施設等管理事務所
問い合わせ先電話番号 026-278-2801