案内板に、築城年代は分かっておらず、16世紀半ばに東上総に進出してきた正木氏の一族が居城し、天正18年里見氏家臣・鶴見甲斐守が城主として確認でき・・・。加納氏が文政年間に伊勢国から陣屋を城址に移している・・・などが載っている。
大手門と石柱があり、復元門が建つ。門の南に池があり、堀跡ではとの意見あり。門先右は一段下がった広い平場だが、遺構かどうか。最奥が主要部だったようだが、振武館が建ち、発掘調査では遺物が出土している、と書かれている。振武館の左右が高く、遺構があるようだが、フェンスで行けず、公園内だけの散策になる。振武館裏に狭間を設けた土塀が再現されている。眼下の小学校側からは、この土塀はどうみえるのだろう
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