130年に及ぶこのお城の歴史は前半が上総武田氏、後半が里見氏(正木氏)とほぼ半々に別れていたらしい。安房・上総でよく見かける垂直立ち割り系の素晴らしい遺構が随所に眠っているがその全貌を見るには根性?が必要なのかも。
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2023/05/04 22:19
2023/01/02 23:56
2022/10/31 03:28
2022/02/01 21:44
岩盤の堀切や横堀が圧倒的 (2022/01/23 訪問)
燈籠坂大師の背後から登っていきます。
尾根道を進むと倒木が2箇所ありますが進むことはできます。
さらに行くと曲輪があり、東に向けて曲輪が連なっています。
主郭の先には岩盤を削った見事な堀切、さらに竪堀となって落ちています。
一部石積も残っていました。
折り返し、4郭の下の岩盤横堀を見学。
これは凄いです。見る価値しかない。
どうやって造ったのか想像がつかない感じです。
ここから海岸の方へ降りてみると幕末の台場跡の遺構が残ります。
岩盤の切通も綺麗、岩盤の竪堀もありました。
正木氏の居城で三浦半島と思いますの北条氏と対峙する里見氏の水軍拠点として機能していたようです。
凄く魅力的な城ですがほぼ整備されてなくなれない人には少し危険なところもあります。
少なくとも靴はトレッキングシューズなど滑りにくいものが良いと思います。
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分類・構造 | 連郭式山城 |
---|---|
築城主 | 真里谷信興 |
築城年 | 寛正2年(1461) |
主な改修者 | 正木氏 |
主な城主 | 真里谷武田氏、正木氏 |
廃城年 | 天正18年(1590) |
遺構 | 曲輪、空堀、石垣、土塁、井戸、堀切 |
住所 | 千葉県富津市竹岡字城山4492-1他 |