続日本100名城

すがややかた

菅谷館

埼玉県比企郡

別名 : 菅谷城、重忠館
旧国名 : 武蔵

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菅谷館
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朝田 辰兵衛

明けましておめでとうございます。 (2019/06/22 訪問)

新年,おめでとうございます。
昨年は,感染拡大地域からの訪問者への偏見・差別が,少なからずあったように思います。
流行語大賞にもなった「ONE TEAM」はどこへ行った…?
新しい生活様式の下,人間らしい「心」は失いたくないです。
実際のところ,「心」の感染者が増加傾向にあると思います。
厳しい状況はワクチンの実用化がスタートするまで続くと思いますが,
私たちは心の糸を切ることのないように努力してまいりましょう。
本年も何卒宜しくお願いいたします。

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昌官忠

比企城館跡群日帰り③ (2018/07/10 訪問)

「比企城館跡群」とは埼玉県比企郡にある城館跡のことで、「菅谷館跡」、「松山城跡」、「杉山城跡」、「小倉城跡」を指します。
「比企城館跡群日帰り」の3城目は菅谷館です。続100名城スタンプは「嵐山史跡の博物館展示室受付」で押しました。

小倉城からの転戦です。小倉城➡田黒バス停➡武蔵村山駅に到着。
武蔵村山駅からイーグルバス「せせらぎバスセンター行 と01」に乗り、女性会館前で下車し、そこから徒歩で菅谷館に到着。
まいりました。菅谷館手前で足がつってしまい、しばらくその場でストレッチ。
この経験に懲りて、この遠征以降で徒歩攻城を行う際は、「足や指のつり用薬(ツラレス:ロート製薬)」と脱水症状防止用としてペットボトルを持ち歩く為、携帯のペットボトル入れ」を必ず持って行くようになりました。

菅谷館は「吾妻鏡」に1205年畠山重忠が「小衾郡菅谷館を立つ」と記され、鎌倉時代の名称畠山重忠の館跡として国の史跡に指定されています。
現在の菅谷館跡の形は戦国時代の城で、須賀谷原合戦の後に山内上杉氏によって再興された「須賀谷旧城」だと考えられています。
都幾川の断崖上に本郭があり、二の郭・三の郭・西の郭・南郭が同心円状に配され、東西は自然の谷を利用し深く堅固な堀で防御されています。
~以上 嵐山町パンフレットから抜粋~

見所は堀と土塁だと思います。道も平坦でとても歩き易いです。菅谷館手前で足がつっていたので助かりました。攻城時間は45分くらいでした。
帰りは、菅谷館から徒歩で「女性会館前バス停」へ行き、イーグルバスに乗って「武蔵村山駅」に向かいました。

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赤い城

土塁や堀が素敵な続100名城 (2020/11/07 訪問)

続100名城16城目。
スタンプは城内に建つ嵐山史跡の博物館にあります。
畠山重忠が築いた城で土塁と堀が良好に残っています。
この辺りの館や城跡は比企城跡群として国の史跡に指定されている。
個人的にはここより小倉城のほうが続100名城となってほしかったかな。

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潮猿

菅谷館 (2020/10/31 訪問)

都幾川を背負った後ろ堅固な館跡

広々とした郭跡を回るとかなりの高さの土塁や空堀を見る事ができます
隣接する資料館(入館料100円)にて、御城印販売中
パンフレットなども充実しているので、先に寄ってマップ片手に見て回るのをお勧めします

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城郭情報

城地種類 単郭式平城
築城年代 鎌倉時代
築城者 畠山重忠
主要城主 畠山氏
文化財史跡区分 国史跡(比企城館跡群)
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、井戸跡
住所 埼玉県比企郡嵐山町大字菅谷
問い合わせ先 嵐山町文化スポーツ課
問い合わせ先電話番号 0493-62-0824