日本100名城

たかとおじょう

高遠城

長野県伊那市

別名 : 兜山城
旧国名 : 信濃

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高遠城
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やなぎぶそん

桜祭りは中止 (2020/04/11 訪問)

緊急事態宣言の影響で高遠城址公園には入れなかったけど、外からでも十分きれいに満開の桜が見えました。
天下第一の桜ですね。
御城印を買おうと休業中のなか、急遽開けて下さった環屋さんには感謝しかありません。

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昌官忠

信州日帰り攻城⑤ (2018/10/07 訪問)

信州日帰り攻城の5城目(ラストです)は高遠城です。高島城からの転戦です。
高遠町歴史博物館の駐車場(35.830511、138.063443)に駐車し、高遠町歴史博物館で100名城スタンプを押印しました。

高遠城は2回目の攻城です。1回目は2017/4/9にクラブツーリズムの「信州8つの桜吹雪」で桜を見るツアーです。(この時の攻城分は別途、投稿します➡その時、桜はまだ蕾で咲いていませんでしたが)
2回目は今回の攻城ですが、レンタカー返却と帰りのJR特急あずさ26号(だったと記憶しています)の時間が迫っていた為、高遠町歴史博物館前の「保科正之公像」の写真を撮って、茅野駅に向かいました。攻城時間は5分くらいでした。
桜の時期に再訪したいと思います。(コロナの終息を願います)

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エグ1394

高遠城 (2020/11/18 訪問)

高遠城へ行ってきました。
環屋さんで御城印を購入しました。
紅葉狩りに行きましたが、すでに枯れていました。高遠閣もお休みでした。残念!
1547年(天文16)武田信玄は信濃に侵攻し、三峰川と藤沢川が合流する河岸段丘上にあり、三方を河川に囲まれる天然の要害である高遠城を攻略し、山本勘助や秋山信友に命じて大規模な改修を行い、本丸をはじめ、各曲輪は空掘りによって区画された強固な防衛ラインを造っていた。しかし1582年(天正10)武田領に侵攻した5万の織田軍に3,000名が城にこもって徹底抗戦するが、松尾城の城主小笠原信嶺の寝返りによって藤沢川の浅瀬を渡られ大手口、搦め手口から城内に攻め込まれ、一日で落城した。その後、徳川譜代の保科氏・鳥居氏が城を守り、1691年内藤清枚が入城し、明治維新まで8代に渡り城主を務めた。現在城跡はコヒガン桜の名所となっている。

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街道おじさん

高遠城登城 (2020/08/04 訪問)

高遠城は桜の城として有名。桜の季節に行くと確かに美しいがとんでもないことになる。
今回城をじっくりと見るため敢えて桜も紅葉も避けて、今の猛暑の時期に行った。
まずは高遠町歴史博物館へ行き100名城スタンプを押印。ご城印も購入。
この城は武田信玄の軍師山本勘助の縄張りとのこと。また江島生島の江島の幽閉地としても有名。
天正10年(1582年)に織田・徳川連合軍と戦い城を枕に見事に散った仁科盛信(武田勝頼の異母弟)が武田方の
最後の城主。信玄亡き後、家臣に裏切られ滅亡した武田家の哀れを感じる。

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概要

高遠頼継を攻略した武田信玄が大規模な改修を行い、江戸時代には徳川氏の譜代大名の居城となった。三峰川の断崖を背にした本丸を二の丸・三の丸が半円状に囲み、空堀と土塁によって堅く守られた。曲輪間の空堀がよく残っていて、戦国期の雰囲気を伝える。桜の名所としても有名。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 不明
築城者 不明
主要城主 高遠氏、秋山氏、武田氏、仁科氏、下條氏、保科氏、毛利氏、京極氏、鳥居氏、内藤氏
文化財史跡区分 国史跡(高遠城跡)
近年の主な復元・整備 武田信玄
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、門
住所 長野県伊那市高遠町東高遠
問い合わせ先 伊那市役所高遠町歴史博物館
問い合わせ先電話番号 0265-94-4444