1月28日(土)に第5回放送!「世界ふしぎ発見!」で「歴史を変えた信長&家康スペシャル」

TBS系列チャンネルで毎週土曜21時に放送されている、世界各地の「ふしぎ」をミステリーハンターがレポートする番組「世界ふしぎ発見!」。ハリー杉山さんがミステリーハンターを務め、日本各地の城を巡る日本のお城シリーズ第5弾「歴史を変えた信長&家康スペシャル」が2023年1月28日(土)にオンエア! 気になる番組の内容とは…!?※2023年1月30日第5回のオンエア情報を更新

「世界ふしぎ発見!」とは

皆さんはTBS系列で毎週土曜日21時からオンエアされている「世界ふしぎ発見!」を見たことがありますか? 世界各地の歴史・風土・文化にまつわる不思議をミステリーハンターがレポートし、現地から出題されたクイズをスタジオのタレントたちが答えるというクイズ番組です。1986年に始まって以来、土曜のプライムタイムでオンエアされている超ご長寿な人気番組でもあります。

その魅力は何といっても、はるか昔の時代や遠い国のことについて、“知識を教える”のではなく“生きた歴史や文化をミステリーハンターが体験する”という日常的な目線からアプローチし、番組名どおり「えっ、そうだったの?」という意外な発見を与えてくれるところ。現地で知った驚きの情報に接するミステリーハンターたちの素直な反応も、視聴者をよりいっそう番組に惹き込む絶妙なアクセントになっています。

そんな「世界ふしぎ発見!」では、これまで複数回、お城がテーマに取り上げられています。

1月28日(土)に放送された第5回は「歴史を変えた信長&家康スペシャル」。どんな内容だった?

2023年1月28日(土)に放送された第5回のテーマは「織田信長と徳川家康」! ミステリーハンターは、すっかりおなじみ、ご先祖がイギリス各地に城を作った城王だったというハリー杉山さん。織田信長と徳川家康の連合軍が武田勝頼軍と激突した戦い、長篠の戦に迫ります。
まずは長篠城へ。立派な堀に感動するハリー杉山さん。

▼長篠城についてはこちらの記事をどうぞ!
「萩原さちこの城さんぽ 〜日本100名城・続日本100名城編〜 第51回 長篠城 武田家滅亡の契機、長篠の戦いの舞台」(https://shirobito.jp/article/1510

次に城郭考古学者の千田嘉博先生と長篠の戦いの地である設楽原に行き、連合軍の勝利の要因を探りました。千田先生は「長篠合戦図」に見られる家康の戦略を解説。徳川四天王の一人、酒井忠次による武田軍挟み撃ち作戦や、馬防柵の弱点をカバーするためにあえて柵の前に出て戦う徳川軍などが描かれており、家康の戦略が勝利に大きく貢献したとのこと。
ちなみに長篠の戦というと火縄銃の三弾撃ちが有名ですが、合戦図では一列しか描かれていません。実は最新研究では三弾撃ちはなかったかもしれない、と言われているそうです。

▶長篠の戦いを解説した記事はこちら!
「籠城戦で敵を撃退した戦いを検証する|小和田哲男 第10回 長篠城の戦い」(https://shirobito.jp/article/1480

連合軍は勝利を収め、信長は安土城に家康を招いて祝宴を開きました。その時の信長の財力権力が大いに示されたメニューが、京都の老舗料亭「萬亀楼」に残されているそうです。
この祝宴を取り仕切った明智光秀が本能寺の変で信長を討ちます。家康は安土城でのおもてなしの後、堺や京都見物をしているときに本能寺の変の報告を受け、命の危険を感じ、三河まで決死の逃避行となります。世に言われる「神君伊賀越え」で、ここで家康を大いに助けたのが井伊直政。直政は徳川四天王の一人で、関ケ原の戦いでも先陣をきるなど活躍します。その功績で佐和山城を与えられ、嫡男が彦根城を築きます。
家康が幕府を開いたときには、まだ大坂城で多大な力を持っていた豊臣家を警戒した「豊臣包囲網」のお城の一つでした。

徳川譜代大名・井伊家が代々城主を務めた国宝・彦根城(滋賀県彦根市)

彦根城
侍ホリタンさん投稿画像

関ヶ原の戦い後、徳川家康より佐和山城を与えられた井伊直政が亡くなった後、嫡男の井伊直継が築き、以来井伊氏が代々城主を務めた彦根城。国宝に指定されている、全国に12しかない現存天守の一つで、日本100名城にも選ばれています。入母屋破風や千鳥破風など多彩な破風と装飾性の高い華頭窓を持つため小ぶりながらも豪華に見える一方、内部は隠し狭間が多数設けられた戦闘仕様です。
番組では、千田先生が彦根城の立地の良さを解説。水運の要・琵琶湖に接し、さらに街道が合流する陸運の要でもあったので、いざ大坂で戦闘となったときには、大量の兵を輸送できる立地でした。さらに、大津城を移築し3年というスピードで完成させたことから、いかに家康が豊臣を警戒していたか分かります。豊臣と直接対決する彦根城を守るのは、生半可な部下ではだめで、井伊家が選ばれました。

▶彦根城について詳しく知りたい方はこちらの記事もチェック!
「現存12天守に登閣しよう【彦根城】城下町も残る井伊家の居城」(https://shirobito.jp/article/304
・「前田慶次の自腹でお城めぐり【第7回】凸彦根城 前編~井伊家が誇る名城~」(https://shirobito.jp/article/1194
・「江戸時代に機能した「平和な時代の城」として世界遺産登録を目指す彦根城の挑戦」(https://shirobito.jp/article/1500

<番組概要>
「世界ふしぎ発見!」
第1661回 歴史を変えた信長&家康スペシャル
出演者:草野仁、黒柳徹子、野々村真、出水麻衣(TBSアナウンサー)、いとうせいこう、副島淳、北村優衣、岡田圭右(ますだおかだ)
ミステリーハンター:ハリー杉山
放送日時:2023年1月28日(土)21:00
※放送から1週間以内までTVer(https://tver.jp/)で見逃し視聴が可能
放送チャンネル:TBS系列



「日本のお城シリーズ」第1弾で紹介されたお城って?

あわせて、過去にオンエアされた「日本のお城シリーズ」で取り上げられたお城もご紹介します。まずは2020年12月12日(土)の第1弾です。

①城下町も素敵!な国宝・犬山城

犬山城

まず初めに紹介されたのは、愛知県の犬山城。犬山城は現存12天守の一つで、国宝のお城です。

▶犬山城について詳しく知りたい方はコチラの記事もチェック!
「前田慶次の自腹でお城めぐり 【第2回】凸犬山城(前編)~尾張を支える国宝~」
「現存12天守に登閣しよう【犬山城】木曽川に聳える白帝城」
「超入門! お城セミナー 第24回【歴史】現存天守はなぜ12城しか残っていないの?」
「超入門! お城セミナー 第29回【鑑賞】国宝天守5城ってどうやって選ばれたの? 国宝と重要文化財の違いって?」


②強さと美しさを兼ね備えた最強レベルの要塞・姫路城の秘密とは?
姫路城

次に紹介されたのは、世界遺産の姫路城。別名、白鷺城。ミステリーハンターのハリー杉山さんが城郭考古学者の千田嘉博先生と取材。
なぜ、今回の「日本のお城特集」のミステリーハンターがハリー杉山さんなのか? その疑問は、千田先生からの「姫路城と姉妹城になっているお城はどこでしょう?」というクイズで解明!

みなさんはわかりますか? 答えは…イギリス・ウェールズコンウィ城! なんと、ハリー杉山さんのご先祖様がつくったとのこと。すごすぎます・・・。

▼姉妹提携についてもっと知りたい方はこちらの記事をどうぞ
「【お城TOPICS】姫路城とコンウィ城が姉妹城に」

「徹底した軍事要塞」である姫路城を破るぞ!との意気込みでいざ姫路城へ!

すると、城への侵入を防ぐ迷路のような道や、狭間(さま)と呼ばれる鉄砲で攻撃するための穴や、鉄砲などを落として敵の侵入を防ぐ石落としなど、確かに侵入者を攻撃する気まんまん! ちなみに…マチコレーションという、石落としのような設備がイギリスのお城にはあるそうです!

また、姫路城といえば素晴らしい石垣が見どころの一つ! 石垣といえば、美しい曲線を描いていますが、石垣が曲がっていることにメリットがあるそうです。それは、天守の石落としから石を落とした際に、バウンドするので石がどこから降ってくるのか敵は読めない…ということ。さすが「要塞」といったところですね。

この石垣の曲線は「扇の勾配」と呼ばれていて、地震対策のため反っているとのこと。そういわれると地震が少ない海外のお城は、まっすぐしていますね。

姫路城のいの門、ろの門…様々な門を越えると、ようやく天守がお目見え! 姫路城の天守は連立式天守で、日本のお城の中でも最も複雑な形をしているのです。ハリー杉山さんが、あまりにも天守が白いことを指摘すると、なんとそれで姫路城が徹底的な軍事要塞として作ったことがわかると千田先生。最高の防火素材であった、燃えにくい漆喰が塗られているのだそうです。千田先生によると姫路城は「要塞を極めたら美しいお城になった!」とのこと。

また、徹底した軍事要塞である「最強の城」が姫路という場所にあったのは、徳川家康の天下取りに秘密があったといいます。徳川秀頼が大坂にはいたものの、毛利輝元が中国地方にいたため、その間に姫路城という要塞をつくったそう。

▼姫路城について詳しく知りたい方はこちらの記事をどうぞ!
「現存12天守に登閣しよう【姫路城】第1回 白くなった姫路城」
「現存12天守に登閣しよう【姫路城】第2回 今に伝わる伝説」

③煌びやかな唐門が綺麗。京都の世界遺産 二条城

二条城

お次は二条城(京都府)。こちらも言わずと知れた世界遺産のお城で、将軍の京都滞在中のお城として建てられました。

ゴージャスな重要文化財である唐門を抜けると…二の丸御殿! 学芸員の松本さんに案内され、二の丸御殿に入るハリー杉山さん。まずは遠侍(お客さんが控えるところ)へ。
当時は電気などがなかったので、金箔を貼って見えやすくしたとのことですが、松本さん曰く、当時は暗かったので、角度によっては虎の目の真ん中が光ったかも…!?

そして将軍が大名を謁見する場所、大広間。ここではお殿様が座る天井が高くなっている…二重折上格天井であることが紹介されました。
しかも壁画を描いたのは名画家・加納探幽。徳川の権威を示していたのですね。

ちなみに、二条城には享保3年(1626)に後水尾天皇も訪れたとのこと。徳川幕府は天皇の力を使って権威を見せつけていたのですね。

▼二条城についてもっと知りたい人はこちらの記事をチェック!
「超入門! お城セミナー 第68回【歴史】京都の二条城はいくつもあったってどういうこと?」
「一番アツい戦国武将! 明智光秀ゆかりの城」

④今年の大河ドラマの主人公として話題! 明智光秀の城 岐阜城

岐阜城

織田信長は「引っ越し武将」とのことで様々なお城をつくりましたが、ハリー杉山さんが訪れたのは、金華山の山頂に立つ岐阜城(岐阜県)! 岐阜城では、お城マニアDJのクリス・グレンさんが登場です!

昭和31年(1956)に作られた復興天守の前の石垣は、なんと戦国時代の石垣! 信長も天守の最上からのこの景色を見たのでしょうか…。圧巻です!

また、お城だけでなく麓にも信長の館が建っていたとのこと。その信長の館の再現映像は、広いし滝があるし…「めちゃめちゃ綺麗、ゴージャス!」とクリス・グレンさん。

▼岐阜城についてもっと知りたい方はこちら!
「超入門! お城セミナー 第22回【武将】織田信長はなんで居城を次々と変えたの?」
「「明智光秀の子孫」クリス・ペプラーの重大発表とは?」
「前田慶次の自腹でお城めぐり【第3回】凸岐阜城(前編)~岐阜公園も見所満載~」

⑤小牧山城で織田信長が成し遂げた“城革命”が最新発掘で明らかに

小牧山城

また、信長のお城をもう一つ…信長が初めて築いた城、小牧山城(愛知県)! 美濃攻めの拠点として標高86mの小牧山に築かれ、小牧長久手の戦いの舞台としても有名です。再び千田嘉博先生と一緒に、特別な許可を得て発掘現場へ! 発掘調査は平成30年(2018)から始まっており、発見された玉石などが紹介されました。

さらに最新の発掘調査でなんと歴史を覆す発見があり、その内容を番組が特別にレポート!

歴史的発見として紹介されたのは…小牧山城の石垣! 
なぜ、歴史的発見なのか? 
現在、石垣を使った本格的なお城は安土城が最初であるとされていますが、小牧山城は安土城より先に築城されているため、もし小牧山城に石垣が使われていたら…!? 今後の発掘調査の行方が気になります!

また、山頂がより高く見えるなど「魅せる城づくり」をしたのも、ふもとに城下町を築き『お城と麓は城下町』とセットにしたのも、信長とのこと…! 信長…さすがです。

「小牧山城が信長による城革命のスタート地点だと理解した時には震えました」とハリー杉山さん。

▼小牧山城について詳しく知りたい方はこちら!
「お城の現場より〜発掘・復元最前線 第11回 【小牧山城】近世城郭の草分けか!?小牧山城石垣調査」
「前田慶次の自腹でお城めぐり【第4回】凸小牧山城(前編)~石垣が残る城~」
「戦国武将と城|小和田哲男 <織田信長と城>第3回 岐阜城信長居館のルーツは小牧山城か」

⑥明智光秀の丹波の拠点! 福知山城

福知山城

明智光秀にゆかりの深いお城として今注目されている、福知山城(京都)。
ここで、ハリー杉山さんと合流して案内してくれたのは、DJのクリス・ペプラーさん!
なんと光秀の末裔だそうです!

お城の右側にある光秀時代の石垣では、墓石などを利用した転用石が紹介されました。
そのほかにも明智藪や明智光秀ゆかりの神社、御霊神社などもご案内。

転用石や御霊神社の桔梗紋の飾りなどから、光秀が福知山の人々に愛されていたと知ることができます。

福知山城についてもっと知りたい方はこちら!
「ウモ&ちえぞー!に聞く城旅のコツ ⑪ 大河ドラマで話題!! 明智光秀ゆかりの城をゆく」

⑦光秀の痕跡が残る山城、周山(しゅうざん)城

周山城
(城びと投稿写真:イオさん)

周山城(京都府)も光秀を語る上で欠かせないお城!
山頂までの道のりの巨大な石や、光秀が月見を行った記録が残っている本丸跡地などが紹介されました。

光秀の痕跡を目の当たりにして、「お城に彼の魂が宿っている」とハリー杉山さんも感激。

▼周山城についてもっと知りたい人はこちらの記事をご覧ください
「城と光秀|小和田哲男 第10回 丹波のもう一つの拠点周山城」

⑧食べられるお城!? 熊本城

熊本城

そして、最後に登場したのが熊本城(熊本県)。ここでは、熊本城おもてなし武将隊の加藤清正様がご案内!
加藤清正といえば、熊本城の築城主として有名ですね!

平成28年(2016)の地震からの復旧過程は、城びとの連載『熊本城の「いま」』でこれまでも紹介してきました。熊本城は地元の人にとって心の支えとなっています。

番組では「籠城に適した城」である理由として、かんぴょうなどの食料を用いて作られていることも紹介。堀でレンコンを作っていたなんて!! 島原城での楽しそうなレンコン掘り大会の様子も紹介されました。お城でレンコン掘りやってみたいですね!

▼熊本城についてもっと知りたい人はこちらの記事をどうぞ!
「連載 熊本城の「いま」」
「超入門! お城セミナー 第33回【武将】加藤清正はどんな城を造ったの?」

「日本のお城シリーズ」第2弾で紹介されたお城って?

続いて、2021年6月19日(土)にオンエアされた第2弾で取り上げられたお城を紹介します。

徳川家康が築城した「幻の江戸城」の謎に迫る!

世界ふしぎ発見!、江戸城、富士見櫓
かつて江戸城には19の櫓があったが、本丸の櫓で現存するのは富士見櫓のみ

徳川幕府の拠点として世に広く威厳を示すため、圧倒的な規模と広さを誇った江戸城(東京都)。しかし、徳川家康が築城した当時の記録はほとんど残っていないそうです。そんな「幻の江戸城」の手掛かりとなるものが、2021年の最新発掘調査によって見つかったのだとか! 番組ではハリーさんが城郭考古学者の千田嘉博先生と一緒に、家康がどのように築城したか、またどんな守りが仕掛けられていたかなど、江戸城の謎に迫りました。

▼江戸城について知りたい方は、こちらの記事もチェック
「江戸城のすべて(萩原さちこ)」

②北条氏が誇る“難攻不落の城”小田原城と山中城の守りの強さに迫る!

世界ふしぎ発見!、小田原城、山中城
総延長約9kmもの総構によって囲まれ、戦国時代最大級の規模を誇った小田原城(写真左)。内部を畝状に掘り残し、堀底を区切った山中城の障子堀(写真右)

戦国時代に関東一帯を支配していた北条氏。難攻不落の小田原城(神奈川県)を居城とし、さらにワッフルのような形状の障子堀で知られる山中城(静岡県)などの防衛拠点を各地に配置して、諸大名たちと渡り合っていました。番組ではハリーさんが小田原城と山中城をレポート、山中城では実際に堀の中に入ってその守りの強さを体験!

▼小田原城と山中城について知りたい方は、こちらの記事もチェック
「超入門! お城セミナー 第63回【武将】北条氏の小田原城はなぜ難攻不落と呼ばれるの?」
「超入門! お城セミナー 第83回【構造】山中城のワッフルみたいな堀って何の意味があるの?」


③他にも名古屋城や広島城をクローズアップ!
世界ふしぎ発見!、名古屋城、広島城
名古屋城(写真左)と広島城(写真右)。いずれも戦争で天守が焼失し、鉄筋コンクリート造で復元されている

さらに番組では、木造によって建て直そうと計画されている名古屋城(愛知県)と広島城(広島県)も紹介。
名古屋城では築城名人・加藤清正が築いた石垣に感動!

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「前田慶次の自腹でお城めぐり 【第1回】凸名古屋城(前編) ~武将隊の聖地~」
「【日本100名城・広島城】激動の歴史を見届け、市民の声で再建された天守」


「日本のお城シリーズ」第3弾で紹介されたお城って?

2022年3月5日(土)にオンエアされた第3弾のテーマは「徳川家康」。ハリー杉山さんが家康および家康と深く関わった武将の城を訪問しました。

①家康生誕の地・岡崎城

岡崎城
現在見られる3層5階建の天守は昭和34年(1959)に復興されたもの

天文11年(1542)、家康(幼名・竹千代)は岡崎城(愛知県)に生まれました。しかし、5歳の時に人質として尾張織田氏の元に送られてしまい、永禄3年(1560)になってようやく岡崎城への帰還を果たしたのです。その後、家康は岡崎城を拠点に三河平定に着手。元亀元年(1570)に居城を浜松に移し、岡崎城を長男・信康に譲ります。

▼岡崎城について知りたい方は、こちらの記事もチェック
「前田慶次の自腹でお城めぐり 【第11回】凸岡崎城 前編~徳川様の聖地~」
「お城の現場より〜発掘・復元最前線 第9回 【岡崎城】明らかになる江戸時代の岡崎城」

家康の宿敵”武田信玄の拠点・躑躅ヶ崎館
躑躅ヶ崎館
躑躅ヶ崎館の跡地には武田神社があり、土塁や石垣などの遺構も見られる

三河を統一した家康は遠江への進出を果たし、武田信玄と争うことになります。その信玄が拠点としていたのが躑躅ヶ崎館(山梨県)。館というと城郭のような防御機能がないイメージを抱きがちですが、現在の武田神社がある主郭を中心に、曲輪の周囲に堀を廻らせ土塁を盛り、しっかり守りを固めていたのです。また、信玄の城の特徴である桝形虎口も見られます。

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「超入門! お城セミナー 第25回【武将】武田信玄が戦国随一の築城名人だったって本当?」

徳川軍を2度にわたって撃退した難攻不落の上田城

上田城
平成6年(1994)に復元された東虎口櫓門

武田家の滅亡後、残された旧領をめぐって家康と真田昌幸が対立。天正13年(1585)に家康は大軍を率いて昌幸の居城・上田城(長野県)を攻めました。しかし、天然の要害を利用した上田城の堅い守りと昌幸の巧みな戦略に屈し、兵を引き上げることに。その後、昌幸は慶長5年(1600)にも徳川軍を撃退。上田城の難攻不落ぶりを広く世に知らしめたのです。

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「【日本100名城・上田城編】天然の要害を利用した長野が誇る不敗の城」
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「籠城戦で敵を撃退した戦いを検証する 第12回 上田城の戦い」

築城名人・加藤清正が残した究極の堅城!熊本城
熊本城
敵の武士が上に登れなくなることから“武者返し”という呼び名がついた

戦国武将であり築城名人としても知られる加藤清正。清正といえば豊臣秀吉の忠臣というイメージが強いですが、秀吉の没後は家康に近づいて関ヶ原の戦いでも東軍に属し、その戦功で肥後の領主に。そして慶長12年(1607)に熊本城(熊本県)を完成させました。熊本城の特徴は何といってもその堅牢さ。なかでも、石垣が上に行くほど急に反り立つ“武者返し”は圧巻!

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「熊本城の「いま」」

「日本のお城シリーズ」第4弾で紹介されたお城って?

2022年7月2日(土)にオンエアされた第4弾のテーマも「徳川家康」。ハリー杉山さんが家康および家康と深く関わった武将の城を訪問しました。

①秀吉との直接対決に備えて家康が鉄壁要塞に大改修!小牧山城

小牧山城
小牧山城には家康の改修によって築かれた土塁や虎口が遺構として現存している

永禄6年(1563)に織田信長が拠点として築いた小牧山城(愛知県)。その後、信長が岐阜に拠点を移して廃城となりますが、天正12年(1584)の小牧・長久手の戦いで家康が小牧山城跡を陣城へと改修しました。家康軍1万6000に対して、秀吉軍は10万! 番組では、鉄壁を誇る当時の小牧山城推定想像図を紹介、ハリーさんと千田先生は普段は入れない堀に入って、最新発掘調査で明らかになった家康の奇想天外な作戦に迫りました。

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「理文先生のお城がっこう 歴史編 第41回 織田信長の居城(小牧山城1)」
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「秀吉VS.家康 小牧・長久手の戦いを知る」

②徳川家康の“原点”浜松城

浜松城
浜松城に天守と石垣を築いたのは、家康ではなく2代目城主の堀尾吉晴

若き日の家康が元亀元年(1570)に築城し、駿府城(静岡県)へ拠点を移すまで17年間過ごした浜松城(静岡県)。いわば徳川幕府の原点であり、また歴代城主が幕府の要職を務めたことから「出世城」とも呼ばれています。

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「お城の現場より〜発掘・復元最前線 第14回 【浜松城】出世城の下に埋まっていた豊臣時代の浜松城」

③ヴェネツィアと同じ!?築城名人・藤堂高虎の“最高傑作”今治城

今治城
武将の銅像といえば鎧武者姿が一般的だが、今治城に建つ藤堂高虎の銅像は平服で築城の指図をしている姿。築城名人らしい!

7度も主君を変えて激動の戦国時代を渡り歩き、8人目の主君として家康を選んだ藤堂高虎。関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した高虎は、瀬戸内海に面した海岸に今治城(愛媛県)を築きました。とても機能性に富んだ名城で、日本三大海城の一つです。番組では、今治城学芸員の方が、弱い地盤の上に城を築けた高虎の技の秘密を「松の木」と解説。石垣の土台になるところに松の木を置いて杭を打つという方法は、イタリアのヴェネツィアと同じ工法です。高虎が家康に築城を任されるほどの信頼を得たのは、様々な条件にあうお城の形が生み出せるアイデアにあったのではないか、と締めくくっていました。

▼今治城と藤堂高虎について知りたい方は、こちらの記事もチェック
「超入門! お城セミナー 第86回【武将】7度も主君を変えた築城名人がいるって本当?」

④全国有数の高石垣が圧巻!伊賀上野城

伊賀上野城
木造三層の大天守と二層の小天守からなる複合式天守は、昭和10年(1935)に復興されたもの

天正13年(1585)に羽柴(豊臣)秀吉の家臣・筒井定次が築いた伊賀上野城(三重県)。慶長13年(1608)に家康の命令で伊予から国替えとなった高虎が、豊臣方との決戦に備えて大改修を行いました。最大の見どころは何と言っても、約30mという日本屈指の高さを誇る高石垣! 千田先生に促されて石垣の上から下をのぞいたハリーさんが思わず後ずさり「崖でしょ!」と言い放つ迫力の高さ。この高石垣が西を向いている理由は、大坂城からの攻撃に備えるため。家康は豊臣家との最終決戦に備えて、大坂城を囲むように篠山城(兵庫県)や姫路城、彦根城、伊賀上野城など「豊臣包囲網」を配置しました。

▼伊賀上野城について知りたい方は、こちらの記事もチェック
「【日本100名城・伊賀上野城編】「築城の名手」に託された、時代の転換を象徴する大改修」

藤堂高虎の築城術がなければ家康の天下統一はなかったかもしれないと言われるほど、家康に重用された高虎。その二人の絆を示す場所として紹介されたのが、上野東照宮(東京都)。藤堂高虎と天台宗の僧・天海僧正、家康の「三人一つところに魂鎮まるところをつくってほしい」という家康の遺言にそって造られました。

⑤家康のいとこ・水野勝成が築城して今年400年目となる福山城

福山城広島県
江戸時代の姿に復元中ということで、全国で唯一と言われる北側の鉄板張りが見られる日も近い

西国大名を抑える目的で譜代大名の水野勝成が元和8年(1622)に築いた福山城。現在、江戸時代の姿に大改修中で、ついに8月末に工事完了です。

▼福山城については、こちらの記事もチェック
「全国唯一「天守北面の鉄板張り」復元!福山城築城400年記念事業をアンバサダーがレポート!」

最後に、第4回で出題されたクエッションをご紹介!
1.小牧長久手の戦で秀吉が犬山城に入城した際、犬山城に持ってきたものは何?
2.藤堂高虎の旗に描かれた食べ物とは?
3.福山城(広島県)が築かれた山の名前は、何の生き物の名前?

「日本のお城シリーズ」は、普段は入れないエリアへの潜入の様子もオンエアされて、見どころたっぷり! ハリー杉山さんの日本と海外のお城の違いの説明もわかりやすく、新たな視点でお城の魅力を知ることができます。ぜひご視聴ください!

【過去の放送リスト】

放送回をクリックしていただくと、その回の解説に飛びます。

<紹介された城>犬山城、姫路城、二条城、岐阜城、小牧山城、福知山城、周山城、熊本城

<紹介された城>江戸城、小田原城、山中城、名古屋城、広島城

<紹介された城>岡崎城、躑躅ヶ崎館、上田城、熊本城

<紹介された城>小牧山城、浜松城、今治城、伊賀上野城、福山城

執筆/城びと編集部 画像/イオさん侍ホリタンさん、そのほかすべてニッポン城めぐり

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