二の門周辺の石垣は、斎藤道三の頃の石垣と織田信長の頃の石垣が比較して見る事ができます。
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2026/01/03 17:20
2026/01/02 23:51
2026/01/01 15:52
2025/11/16 17:19
崖じゃん (2025/11/15 訪問)
とある煩悩の登城目録さんの11月13日に投稿された金華山を「自分の足で登る」に感化され、そういえば自分も登ったことなかったので、自分も自分の足で登ってみたく岐阜城に行ってきました。
岐阜公園鏡岩緑地駐車場(24時間いつでも利用できる無料駐車場)に駐車、トイレも岐阜護国神社横の花木広場トイレを利用することができます。
私は、とある煩悩の登城目録さんとは反対に搦め手道(めい想の小径)から攻め入り、大手道(七曲りの登山道)から下山、信長公の居館を焼き払い帰宅する予定をたてました。5年ぶり5回目の登城です。
「めい想の小径」の案内表示に従い進入。朝早くから(6時50分くらいかな)登山を楽しもうとする老若男女が足早に登っていきます。歳の頃が同じくらいかな?と思われるご夫婦について行こうと夢中でついて行っていましたが、突然目の前に急崖が( ゚Д゚)、あれっ、とある煩悩の登城目録さんの投稿では、池田輝政公が攻め込んだという記述があり、「マジかぁ~」「甲冑着て武具を持ってこの急崖を登ったの~」「昔の人はスゲ~なぁ~」などと思いながら、カメラを鞄に終い両手で崖をよじ登りました。口で息をするものだから、喉はカラカラ・頭はふらふら、休もうにも休憩する場所などありゃしない、30分程崖と格闘したでしょうか、4番目の画像の石垣が現れ城が近いことが認識できました。助かったぁ~いつもなら石垣を見て興奮し辛かったことを忘れるのですが、今回ばかりは「こんなの道じゃない、ただの崖だ」と本丸に辿り着きぼやいていた時に3番目の画像の注意表示板が( ゚Д゚)「何⁉馬の背登山道」っとまあ道を間違えていたとの「おち」がつき、岐阜城本丸周辺を堪能し、大手道(七曲り登山道)から下山しました。皆様も体力に自信がある方は、「馬の背登山道」登ってみては如何でしょうか。ご安全に!
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戦国時代に斎藤道三が山城と城下町を整備した稲葉山城が前身。その後、織田信長が山頂の城を整備し、麓に居館を築いた。山麓部分が岐阜公園として整備され、信長居館跡には石組が復元整備されている。また登山道では石垣や曲輪跡が見られる。山頂に再建された三重四階の天守からの眺望も必見。
| 城地種類 | 山城 |
|---|---|
| 築城年代 | 建仁元年(1201) |
| 築城者 | 二階堂行政 |
| 主要城主 | 二階堂氏、斎藤氏、織田氏 |
| 文化財史跡区分 | 国史跡(岐阜城跡) |
| 近年の主な復元・整備 | 織田信長 |
| 天守の現況・形態 | 望楼型?[4重5階?/1567年頃築/解体(廃城)]、独立式望楼型[3重4階/1910年築・1956年再/RC造復興] |
| 主な関連施設 | 復興天守、門、石碑、説明板 |
| 主な遺構 | 曲輪、石垣、土塁、堀切 |
| 住所 | 岐阜県岐阜市天主閣18 |
|---|---|
| 問い合わせ先 | 岐阜市観光コンベンション課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 058‐265‐414 |