江戸時代に機能した「平和な時代の城」として世界遺産登録を目指す彦根城の挑戦

お城ファンの皆さまは、彦根城がユネスコの世界文化遺産登録を目指していることをご存知の方も多いかと思います。彦根城は「江戸時代の政治体制を象徴する城」として、平和な時代に存続し続けた彦根城の価値を世界に発信するために、世界遺産登録を目指しています。平成4年度(1992)に世界遺産暫定リストに記載され、 平成20年度(2008)に彦根市に彦根城世界遺産登録推進室が新設、現在は2024年の登録に向けて動きが本格化しています。今回は、滋賀県文化財保護課彦根城世界遺産登録推進室の細川修平さんに世界遺産登録へ向けてどういった活動をされているのか、現状を取材しました。


「平和な時代」をあらわす彦根城

世界遺産は、世界各国の政府が厳選した候補をユネスコに推薦し、厳しい審査のもと評価を受けたものが登録されます。彦根城(滋賀県彦根市)は「江戸時代の政治体制を象徴する城」として登録を目指しています。

まず、彦根城の遺構についてご紹介します。彦根城は、国宝に指定されている天守(附櫓及び多聞櫓)を中心として、城主の御殿や重臣の住む屋敷、大名庭園、藩校跡など、江戸時代の政治のしくみを示す建築物や遺構がまとまって保存されています。

世界遺産,彦根城
大名庭園として築造された玄宮園から、彦根城天守をのぞむ

江戸時代の日本は、江戸幕府(中央政権)と藩(地方政権)から成る政治体制をとり、それぞれの藩が城を拠点にして政治をおこない、秩序ある安定した社会を築きました。これは「中央集権」と「地方分権」を合わせたような政治体制であり、世界的にみて特殊な例とされています。

もともと城は、戦いのためにつくられた軍事施設でした。ところが、江戸時代に入って戦いがなくなると、城は政治の拠点として重視されるようになります。このように、藩の政治の拠点となった城は全国で約150ありました。そのなかでも、彦根城はとくに城全体の保存状態に優れ、江戸時代の政治体制をあらわしている「代表例」と言えます。(彦根城世界遺産登録推進室 細川修平さん、以下、細川さん)

世界遺産、彦根城
彦根城の全体図(上部は琵琶湖)画像提供:滋賀県

世界遺産の城といえば、日本で初めて世界遺産に登録された姫路城が思い浮かぶ方も多いのではないでしょうか。しかし姫路城が世界遺産として評価されている点は、彦根城が説明しようとしている政治施設としての特徴とはまったく異なります。

姫路城が世界遺産の登録とされた理由は主に下記2点です。特に②の要因から「軍事施設としての城の役割」が評価されたことがわかります。

①その美的完成度が我が国の木造建築の最高の位置にあり、世界的にも他に類のない優れたものであること。

②17世紀初頭の城郭建築の最盛期に、天守群を中心に、櫓、門、土塀等の建造物や石垣、堀などの土木建築物が良好に保存され、防御に工夫した日本独自の城郭の構造を最もよく示した城であること。
(世界遺産姫路城HPより)

世界遺産に登録されるまでの手順

世界遺産,彦根城
彦根城を象徴する天守(国宝)

そもそも世界遺産とは、「重要な文化財や自然を、破壊から守るための国際的な制度」を指します。世界遺産には「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」の3種類があり、彦根城は文化遺産での登録を目指しています。

【世界遺産の分類】
●文化遺産・・・人類の歴史が生み出した遺跡や建築など(※姫路城、富士山など)
●自然遺産・・・地球の生成や動植物の進化を示すもの(※白神山地、屋久島など)
●複合遺産・・・文化遺産と自然遺産の両方の価値をもっているもの(※日本にはなし)

世界遺産に登録されるためには、国際連合の組織である「ユネスコ(国連教育科学文化機関)」に認めてもらう必要があります。

世界遺産を守ることを約束した世界の国々が、各国で世界遺産の候補を選び、そのなかから世界遺産に登録したいと考える資産(文化財や自然など)をユネスコに申請します。その後、諮問機関(イコモス)による審査がおこなわれ、ユネスコの専門委員会で世界遺産に登録するかどうかを決定するのです。

彦根城は、平成4年度(1992)と早い段階で世界遺産暫定リストに記載されています。現在は、平成20年度(2008)に彦根市に新設された彦根城世界遺産登録推進室を中心に、令和6年(2024)の登録を目指しています。

江戸時代の日本には150ほどの藩がありました。そのなかで彦根城は、江戸時代の政治体制をあらわす城の代表として世界遺産登録を目指しています。世界遺産登録によって、彦根城(文化財)を活用したまちづくりを実現し、世界の人々に見てもらいたいと思っています。(細川さん)

世界遺産登録を目指している範囲とおもな遺構

世界遺産登録に向けては、さまざまな手順を踏むほか、どこまでを世界遺産の範囲とするかも重要になります。江戸時代の政治体制をよくあらわし、彦根城が世界遺産として登録を目指しているのは「中堀より内側」の範囲です。さらに、中堀沿いの埋木舎を加えた国特別史跡の範囲(外堀土塁を除く)が、世界遺産の候補として考えられています。

世界遺産、彦根城
世界遺産登録を目指している範囲。画像提供:滋賀県

すでに彦根城は、国特別史跡として、日本国内で文化財的な価値が高く評価されています。ただし、世界遺産の評価基準は異なり、おもに以下の3点が求められます。

①彦根城の世界的な価値があることを証明する
②彦根城の価値を守るための仕組みを整える
③地域の人々が彦根市を世界遺産にふさわしいまちにしたいと思う

この3点を満たすためには、世界遺産の登録を目指す過程で、彦根城と周辺環境を一体的に守っていく仕組みをつくっていく必要があります。

【国特別史跡の範囲にある遺構の例】
世界遺産,彦根城
中堀に開いた佐和口多聞櫓(国重要文化財)

世界遺産,彦根城
2階建ての櫓が両側に設けられた天秤櫓(国重要文化財)

世界遺産,彦根城
城主を継がない子が生活した埋木舎。のちに大老となる井伊直弼もここですごした

城びと読者のみなさまには、「戦いのない時期に使われた」という視点から彦根城に注目していただきたいです。例えば、「虎口(城の出入り口)の視覚効果」があります。
虎口は敵の侵入を防ぐために、直角に折り曲げて造られています。このことを江戸時代に置き換えると、参勤交代から帰ってきた藩主のすがたが、虎口の内側で待つ家臣たちにはなかなか見えません。藩主が虎口にさしかかったところで、ようやく藩主の顔が急に見えるという、視覚効果をもたらしていたのです。
こういった視点で彦根城を見ていただけると、彦根城はもちろんのこと、江戸時代に生きた城がますます面白く感じられると思います。(細川さん)


世界遺産登録を目指すための動き

令和3年(2021)11月、世界遺産の登録に向けて「世界遺産でつながるまちづくりコンソーシアム」が設立されました。彦根市に加えて、近隣の長浜市や近江八幡市、東近江市、米原市などの経済・観光団体から構成される組織です。長浜城小谷城安土城観音寺城鎌刃城など、城びと読者にとってなじみ深い城がある自治体が多いですね。

新型コロナウイルス感染症の影響によって、観光客減少という深刻な問題に直面しています。そのため、彦根市のみならず、長浜市や米原市など周辺の自治体からも、彦根城の世界遺産登録に期待する機運の高まりを感じています。(細川さん)

世界遺産,彦根城
「世界遺産でつながるまちづくりコンソーシアム」設立の様子。画像提供:彦根商工会議所

彦根市民や滋賀県民、行政・企業・有識者が一体となって、情報共有や意見交換をおこなう団体として、「彦根城世界遺産登録 意見交換・応援1000人委員会」も発足しました。彦根市民や滋賀県民に限らず、誰でも会員になることができ、会員には世界遺産に関するセミナーやイベントの案内が届くなどの特典があります。

世界遺産,彦根城
「彦根城世界遺産登録 意見交換・応援1000人委員会」による活動(彦根城の視点場の調査)の一例。画像提供:彦根市

彦根城に近い彦根市立城西小学校では、総合的な学習の時間を利用して、彦根城や地域の文化に親しむ学習をおこなってきました(※)。子ども自身がガイドになって、彦根城の魅力を観光客に伝えるのです。

世界遺産,彦根城
彦根城をガイドする彦根市立城西小学校の生徒(過去の様子)。画像提供:城西小学校、滋賀県

さらに、海外からの観光客にインタビューも実施し、地域の良さを知る試みをおこなってきました(※)

世界遺産,彦根城
彦根市立城西小学校の生徒によるインタビュー(過去の様子)。画像提供:城西小学校、滋賀県

(※)2022年1月現在、新型コロナウイルス感染症感染拡大防止のため、行っておりません

令和3年(2021)8月には、海外・国内の研究者たちによる国際会議が開催され、彦根城の価値について意見が交されました。熱心な議論により、彦根城の世界遺産登録に向けて、大きな一歩となりました。

世界遺産,彦根城
令和3年(2021)8月におこなわれた国際会議(オンライン)。画像提供:滋賀県

世界遺産登録によって世界との新しい結びつきが生まれると、地域住民が地域の魅力を再発見するきっかけにもなります。こうして、文化遺産を活かした地域の持続可能な発展へと、つなげていきたいと思っています。(細川さん)

令和6年(2024)の世界遺産登録まであと約2年。世界的な価値を模索し続けてきた彦根城の動きに注目すると、彦根城の魅力や価値を再発見できるはずです。彦根城にとどまらず、江戸時代の城の在り方を学び直す、きっかけにしてみてはいかがでしょうか。

住所:滋賀県彦根市金亀町1-1
電話:0749-22-2742 
アクセス:JR琵琶湖線「彦根」駅から徒歩約15分

執筆・写真(特記以外)/藪内成基(やぶうちしげき)
国内・海外で年間100以上の城を訪ね、「城と旅」をテーマに執筆・撮影。著書『講談社ポケット百科シリーズ 日本の城200』(講談社、2021)。『地図で旅する! 日本の名城』(JTBパブリッシング)や『1日1ページ、読むだけで身につく日本の教養365歴史編』(文響社)などで執筆。城めぐりツアー(クラブツーリズム)の監修・ガイドを務める。

※歴史的事実や城郭情報などは、各市町村など、自治体や城郭が発信している情報(パンフレット、自治体のWEBサイト等)を参考にしています


関連書籍・商品など