観音正寺から攻城。
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2026/04/19 16:42
2026/02/25 17:49
旧大手道から登城しました (2026/02/12 訪問)
雪が降った数日後に登城してみました。登城ルートは旧大手道、安土駅からコミュバスで楽座会館前まで行きそこから登城。観音正寺に向かうルートもありますが、ここはやはり大手道(旧大手道)ルートを選択しました。
御屋形跡、お社を過ぎるときつめの登りになりところどころ石垣跡がありました。息を切らしながら30分ちょい登ると伝木村丸と大石垣との分岐にたどり着きます。伝木村丸へは3分と看板がありますが1分位で着くのでぜひ立ち寄ってください。埋門は人が通れるの?と思える位で予想以上に埋もれている感じでした。
分岐点から大石垣まで看板では5分でしたが、こちらも2,3分で着きます。そこからの景色は開放感たっぷりで新幹線が模型のように走るのが見ることができます。大きな女郎岩もあり、付近にはあちこちに願掛け絵馬が結び付けられています。御屋形跡から大石垣40分と看板にあった通りの時間でした。休み休みの私の実績で健脚の方はそこまでかからないと思います。看板表記時間通り登れて安心感のあるルートでした
大石垣からは、伝池田丸、伝平井丸、伝本丸とそれぞれさほど歩かずに見て回れます。ここから本格的に石垣遺構がでてきます。本格的な石垣の山城としては最古級なので、当時の苦労を思いながらじっくりと見て楽しめました。石垣ファンには絶対おすすめの城跡でした
なお、帰りは観音正寺を拝観し桑実寺へ降りるルートにしました。ここでの注意事項は、観音正寺は本堂に入るには拝観料が、桑実寺は境内を通過するだけでも拝観料がかかります、正直有料拝観のお寺にしては・・・、と思いますが、お城への入場料と思いました
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2025/12/08 11:29
伝三国丸・伝楢崎丸・伝沢田丸・御屋形の石垣 (2025/12/06 訪問)
観音寺城の伝三国丸・伝楢崎丸・伝沢田丸・御屋形の石垣を投稿いたします。
伝三国丸は繖山東尾根登山ルートのピークにあたり、ここから繖山山頂まではなだらかなルートが続いています。伝三国丸の郭はさほど広くはありませんが、東側と北側に1.5m程の高さで割と大きな石の石垣が残っています。(画像1と2)
伝楢崎丸は伝沢田丸?を伝本丸に行くルートで降りて行くとあり、伝楢崎丸の石垣は高さ3m程の石垣が30m程(目測)続いています。東尾根ルート・繖山山頂付近にある郭には藪藪で入って行くことが困難で、この楢崎丸の郭も同様で入って行くことが出来ませんでした。(画像3と4)
伝沢田丸?には観音正寺から本丸に行く途中に繖山三角点に向かう案内があり、このルートを登り切った先を右に曲がれば三角点ですが、左に下れば伝沢田丸?の北側に石垣と虎口と思われる遺構があります。(画像5と6と7 この虎口を下って行った先に伝本丸虎口があります)
御屋形の石垣は高さ・長さ・石の大きさは観音寺城の中でも最大級です。(画像8と9)この御屋形の石垣を横切るように大手道と言われる登山ルートが続いています。
今回投稿した〇〇丸という郭には案内がなく、観音寺城縄張り図と見比べたもので自信がありません。特に伝沢田丸?は自信がありません。違っておりましたら教えていただければ幸いです。そもそも各郭に”伝”と記載されているということは、「確かではなく多分?」ということであろうと思います。他の山城では山頂に本丸を置き、各尾根筋に郭を配するものと思っていますが、この観音寺城は、繖山の西尾根に中核をなす郭を配しているのは何故だろうと疑問に思ったりもします。
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2025/12/07 17:26
佐々木城址碑及び伝布施淡路丸周辺の遺構 (2025/12/06 訪問)
観音寺城は近江守護佐々木六角氏が戦国時代に居城とした、標高433mの繖山山頂から南山麓にかけて郭が広がる大城郭で、中世五大山城の一つとして数えられています。
観音寺城の特徴は石垣を多用している事です。石垣の本格的な導入は安土城以後のこととされており、安土城より古い観音寺城の石垣の多用は例外的で、戦国時代としては唯一の城とのことです。
観音寺城には、6度目の訪問で山頂から南西に延びる伝本丸・伝平井丸・伝池田丸・大石垣を見学し、満足していましたが、前回訪問した折、安土城考古博物館の学芸員の方から、繖山山頂から東に延びる尾根筋にも見どころがたくさんある事をお聞きし、今回訪問してきました。
今回、朝7時登頂者用駐車場に駐車(無料)、徒歩で伝布施淡路丸・繖山東尾根筋をへて山頂へ、山頂から南西に延びる尾根筋の伝本丸・伝平井丸・伝池田丸をへて大石垣へ、帰りは伝平井丸から伝本丸に入り、本丸虎口から山頂に延びる尾根筋を通過し、来た道を引き返し、伝目加田丸から結神社へ、結神社から登頂者用駐車場へ。その後、石の寺 教林坊で庭園を鑑賞し、教林坊から徒歩で御屋形跡へ(天満宮)14時過ぎに帰路へ着きました。
たっぷり観音寺城を堪能しましたが、まだまだ繖山には遺構が眠っていると思われるので、また訪問したいと考えています。
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近江守護・佐々木六角氏の居館を置いた山城で、16世紀前半から本格的に普請を行ったとされる。主郭部の高石垣をはじめ曲輪群も石垣で固められ、城内最大規模の虎口である平井丸南虎口には長辺2m以上の巨石が用いられている。六角氏の居館には二階建の御殿も存在したという。
| 城地種類 | 山城 |
|---|---|
| 築城年代 | 応仁・文明年間(1467〜1487) |
| 築城者 | 六角氏頼 |
| 主要城主 | 六角氏 |
| 文化財史跡区分 | 国史跡(観音寺城跡) |
| 近年の主な復元・整備 | 六角氏 |
| 天守の現況・形態 | なし |
| 主な関連施設 | 石碑、説明板 |
| 主な遺構 | 曲輪、石垣、土塁、横堀、門跡 |
| 住所 | 滋賀県近江八幡市安土町 |
|---|---|
| 問い合わせ先 | 観音正寺 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0748-46-2549 |