日本100名城

かんのんじじょう

観音寺城

滋賀県近江八幡市

別名 : 佐々木城
旧国名 : 近江

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観音寺城
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ヒロケン

伝三国丸・伝楢崎丸・伝沢田丸・御屋形の石垣 (2025/12/06 訪問)

観音寺城の伝三国丸・伝楢崎丸・伝沢田丸・御屋形の石垣を投稿いたします。

伝三国丸は繖山東尾根登山ルートのピークにあたり、ここから繖山山頂まではなだらかなルートが続いています。伝三国丸の郭はさほど広くはありませんが、東側と北側に1.5m程の高さで割と大きな石の石垣が残っています。(画像1と2)

伝楢崎丸は伝沢田丸?を伝本丸に行くルートで降りて行くとあり、伝楢崎丸の石垣は高さ3m程の石垣が30m程(目測)続いています。東尾根ルート・繖山山頂付近にある郭には藪藪で入って行くことが困難で、この楢崎丸の郭も同様で入って行くことが出来ませんでした。(画像3と4)

伝沢田丸?には観音正寺から本丸に行く途中に繖山三角点に向かう案内があり、このルートを登り切った先を右に曲がれば三角点ですが、左に下れば伝沢田丸?の北側に石垣と虎口と思われる遺構があります。(画像5と6と7 この虎口を下って行った先に伝本丸虎口があります)

御屋形の石垣は高さ・長さ・石の大きさは観音寺城の中でも最大級です。(画像8と9)この御屋形の石垣を横切るように大手道と言われる登山ルートが続いています。

今回投稿した〇〇丸という郭には案内がなく、観音寺城縄張り図と見比べたもので自信がありません。特に伝沢田丸?は自信がありません。違っておりましたら教えていただければ幸いです。そもそも各郭に”伝”と記載されているということは、「確かではなく多分?」ということであろうと思います。他の山城では山頂に本丸を置き、各尾根筋に郭を配するものと思っていますが、この観音寺城は、繖山の西尾根に中核をなす郭を配しているのは何故だろうと疑問に思ったりもします。

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ヒロケン

佐々木城址碑及び伝布施淡路丸周辺の遺構 (2025/12/06 訪問)

観音寺城は近江守護佐々木六角氏が戦国時代に居城とした、標高433mの繖山山頂から南山麓にかけて郭が広がる大城郭で、中世五大山城の一つとして数えられています。
観音寺城の特徴は石垣を多用している事です。石垣の本格的な導入は安土城以後のこととされており、安土城より古い観音寺城の石垣の多用は例外的で、戦国時代としては唯一の城とのことです。

観音寺城には、6度目の訪問で山頂から南西に延びる伝本丸・伝平井丸・伝池田丸・大石垣を見学し、満足していましたが、前回訪問した折、安土城考古博物館の学芸員の方から、繖山山頂から東に延びる尾根筋にも見どころがたくさんある事をお聞きし、今回訪問してきました。

今回、朝7時登頂者用駐車場に駐車(無料)、徒歩で伝布施淡路丸・繖山東尾根筋をへて山頂へ、山頂から南西に延びる尾根筋の伝本丸・伝平井丸・伝池田丸をへて大石垣へ、帰りは伝平井丸から伝本丸に入り、本丸虎口から山頂に延びる尾根筋を通過し、来た道を引き返し、伝目加田丸から結神社へ、結神社から登頂者用駐車場へ。その後、石の寺 教林坊で庭園を鑑賞し、教林坊から徒歩で御屋形跡へ(天満宮)14時過ぎに帰路へ着きました。
たっぷり観音寺城を堪能しましたが、まだまだ繖山には遺構が眠っていると思われるので、また訪問したいと考えています。

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観音寺城からのお城EXPOin滋賀・びわ湖2025 (2025/11/08 訪問)

 出張!お城EXPOin滋賀・びわ湖2025の講演が始まる前に、会場から桑の実寺を経由して観音寺城に登ってきました。かつて、繖山に山火事があり、桑の実寺まで100mほどまでに迫ったことがあったことから、麓から桑の実寺本堂まで約1㎞の消防道路が作られました。調べると2018年5月に開通したと。その少し後に、安土城考古博物館に行ったことがあり、繖山南面に痛々しい工事跡がありましたが、今回、訪れると緑に覆われてわからなくなっていました。その前に、桑の実寺経由で二度登城したことがありますが、いずれもずいぶん前のことになりました。
 桑の実寺まで石段を500mほど登り、さらに本丸まで石段が続きます。どんなけ石が豊富なんやと思いますが、道の脇の沢に、手ごろな石がなんぼでもあります。繖山、安土山は、琵琶湖カルデラ爆発の折に形成された流紋岩質凝灰岩でできており、石は、加工しやすいです。桑の実寺は、六角氏の保護の下、足利義晴が3年間仮幕府を置いてたり、信長絡みのエピソードがあったりの古刹です。
 こちらのルートでは、いきなり本丸に入ります。郭内は最近も伐採され、整備された形跡がありました。私が以前訪問した折は、城域の多くは、藪だったり、倒竹だらけだったイメージがあるのですが、ずいぶんと整備が進んでいて、ありがたいことです。時間がないので、今回は、大土塁を走破するだけにしました。大規模だし、巨岩と石垣のコラボが素敵でした。
 汗だくになって、少し遅れて、一つ目の講演を聴講。90分3本は、耐えきれるか不安でしたが、3本とも興味深く聴講しました。
 しんちゃんさん指摘のように、城びとブースは、目立たないというのか、名城のポスターの裏手に回されてました。ずいぶんな扱い。城びとは、赤色立体地図お城かるた発売への期待が高まっていますが、私は、申し込みに出遅れて、まだ、日本100名城かるたにお目にかかってませんでした。会場に、かるたのポスターがあり、城びとブースで手に入れることができました!一つだけど読み札に採用されていて良かった。

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ヒロケン

【赤色立体地図かるた】 (2025/09/06 訪問)

千の曲輪 総石垣の 観音寺城
(せんのくるわ そういしがきの かんのんじじょう)

観音寺城の中枢部分は谷を挟んで観音正寺境内西側の尾根にある伝本丸・伝平井丸・伝池田丸・大石垣でこの曲輪にある石垣を見学して満足し、観音寺城を攻略したつもりでいました。

この度、安土城考古博物館の学芸員の方の話を伺ったり、先達の投稿されてるものを読んだりして、観音寺城には自分の知らない見所が他にも沢山る事をしりました。(薄々は知っていましたが、観音寺城の中枢部分で満足していました。)
次回、観音寺城を攻略する際は、繖山山頂にある伝沢田丸から伝布施淡路丸までを攻略し、麓の伝御屋形跡を攻めたいと考えています。
今回も繖山三角点を目指し少し登って行ったのですが、藪に迷い込み鹿児島の志布志城攻略を思い出し、怖くなって諦めました。
11月頃から12月中に再度攻略し、皆さんに投稿したいと考えています。

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概要

近江守護・佐々木六角氏の居館を置いた山城で、16世紀前半から本格的に普請を行ったとされる。主郭部の高石垣をはじめ曲輪群も石垣で固められ、城内最大規模の虎口である平井丸南虎口には長辺2m以上の巨石が用いられている。六角氏の居館には二階建の御殿も存在したという。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 応仁・文明年間(1467〜1487)
築城者 六角氏頼
主要城主 六角氏
文化財史跡区分 国史跡(観音寺城跡)
近年の主な復元・整備 六角氏
天守の現況・形態 なし
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀、門跡
住所 滋賀県近江八幡市安土町
問い合わせ先 観音正寺
問い合わせ先電話番号 0748-46-2549