日本100名城

かんのんじじょう

観音寺城

滋賀県近江八幡市

別名 : 佐々木城
旧国名 : 近江

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観音寺城
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POYO38

結構きつい (2022/08/07 訪問)

サブアカウントをあまり使っていなかったのでこちらで投稿させていただきます。
安土城に行ったあと、安土考古資料館の前にある文芸レストランで昼食を済ませて、そこから40分歩いて観音寺城の追手道まで行きましたが、多分ルートを間違えました。歩いてて思ったもが、ずっと山の有料道路でこれは車が通る道ではないかなと思いながらも30分くらいかけて登りました。だいぶ辛かったです。ただ地獄はまだ続き、追手道に無事に着いたのですが、階段がきつく足を痛めました。10分ほど登ったら大石垣の看板がありましたが、どこにあるかわからず5分ほど探すと、ビックリ。大石垣がありました。ひとまず写真を撮って、本丸へ向かおうと思ったら、路が分からず、路らしきところを登っても違ったりして山に迷い込みましたが、立派な虎口を2つ発見しました。その後、本丸へ向かおうとしましたが、水分補給ができておらず、友人が自動販売機を必死で探していたので本丸は行けず泣。適当に路を歩いていくと観音正寺が見えました。急いで自動販売機を探し、水を買って一休み。もうくたくただったので本丸なしで参道の階段何百段を降りて山を降りました。山を降りた後、自分の足は勝手に震えていました。
すみません自分のエピソードを話してしまって、では城の紹介をしようと思います。
観音寺城は足利義昭の政治に反対していた六角氏が築城しました。その後、代々受け継がれましたが、足利義昭を攻めたことにより、織田信長が六角氏を攻め、観音寺城のそばに安土城を築き、攻め落とす計画を立てていましたが、不安を抱えた六角氏が無血開城し、廃城となりました。観音寺城の主な遺構は石垣で、安土城の石垣の技法を取り入れているように感じます。是非見て帰ってください。あと、歩いていく人は十分に準備をして、日吉神社を通って階段を登っていくように。

評価
遺構:4
行きやすさ:1
全体:3

攻城時間
2時間以上だと思います。

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hata

日本100名城 No,052 積雪で登城断念。 (2011/12/23 訪問)

■100城の43城目(初登城)【佐々木城】
☆二泊三日滋賀・三重城攻めの2城目(1日目)
【移動手段】車:安土城考古博物館から10km弱、15分
【駐車場】石寺楽市駐車場(無料) 
【スタンプ】石寺楽市△ 
【天気】曇り時々雪
【印象】☆ 積雪のため登城せず
【お土産】なし
【食事】なし
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】楽市のおばさんは、お喋りに夢中でこちらを一顧だにせず。 ここでの滞在時間は5分、過去最短でしょう。 雪まじりの雨と強風でテンションダウンですが、彦根に向かいます。
【柴犬のクウ】もっと歩きたいワン!

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おっちゃん

観音寺城跡図、観音寺城跡平面図 (2016/10/15 訪問)

現地案内板より抜粋。

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ryu

近江国の城巡り~観音寺城(2017年) (2017/12/02 訪問)

一泊二日で近江国の城巡り。
安土駅前でレンタサイクルを借りて、観音寺城への登山口の石寺楽市へ。ここに自転車を置いて繖山(観音寺城跡)に登る。
観音正寺への参道から左に折れて六角氏当主の居館跡(御屋形跡)に比定されている天満宮へ。追手道のコースで尾根伝いに篝場跡~伝木村丸(石垣、埋門)~大石垣~伝池田丸~伝平井丸(石垣、埋門)~大石段~伝本丸(北側の裏虎口の食い違い虎口)と遺構を見ながら登る。
伝本丸から繖山山頂三角点に登り、下りは、尾根伝いの大土塁の遺構〜伝目賀田丸〜伝布施淡路丸を見て、観音正寺にお詣りして参道を下山する。

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概要

近江守護・佐々木六角氏の居館を置いた山城で、16世紀前半から本格的に普請を行ったとされる。主郭部の高石垣をはじめ曲輪群も石垣で固められ、城内最大規模の虎口である平井丸南虎口には長辺2m以上の巨石が用いられている。六角氏の居館には二階建の御殿も存在したという。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 応仁・文明年間(1467〜1487)
築城者 六角氏頼
主要城主 六角氏
文化財史跡区分 国史跡(観音寺城跡)
近年の主な復元・整備 六角氏
天守の現況・形態 なし
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀、門跡
住所 滋賀県近江八幡市安土町
問い合わせ先 観音正寺
問い合わせ先電話番号 0748-46-2549