ながはまじょう

長浜城

滋賀県長浜市

別名 : 今浜城
旧国名 : 近江

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知善院表門(長浜城搦手門)
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イオ

秀吉の城下町めぐり (2021/06/20 訪問)

長浜城は、豊公園になっている本丸・二の丸の東に池状の内堀(現在は道路)が広がり、内堀と外堀の間には倉屋敷や御馬屋、家臣団の屋敷が建ち並び、外堀の東側が城下町だったようです。現在は長浜駅周辺の市街地になっていますが、あちこちに石碑が建てられていて痕跡を感じることはできそうなので、自転車で城下町をめぐってみました。

知善院
天台宗真盛派の寺院で、もとは小谷城下にありましたが、長浜城築城の際に羽柴秀吉が鬼門守護のため現在地に移したと伝わります。表門は長浜城の搦手門が移築されたもので、本堂には大坂城から移された秀吉の木像が祀られ、長浜における秀吉信仰の中心です。

大通寺
真宗大谷派の別院で、長浜城内に創建されましたが、内藤信成による長浜城大改修の際に現在地に移転しました。その際に長浜城の大手門も移築され、現在は台所門となっています。また、本堂は伏見城の殿舎で、東本願寺からの再移築と伝わります。

外堀
北西部では大三六堀川が、そして北国街道の西側から南にのびる水路が外堀の遺構で、外堀東辺の南側と北端に石碑が建てられています。外堀はもとは二重になっていて、内側の外堀は地表面では確認できませんが、長浜駅東口近くのビルの前に「長浜城内外堀跡」の石碑があります。

大手門跡
お旅駐車場(長浜八幡宮お旅所)の南側には大手門跡の石碑があります。かつて二重の外堀の間に設けられた大手門からは、城下町を抜けて長浜八幡宮に続く大手道がのびていました。

増田長盛屋敷跡
長浜信用金庫本店の南西、米川に架かる長谷川橋南詰に増田長盛屋敷跡の石碑が建てられています。

伊右衛門屋敷跡
サーパス長浜豊公園というマンションの敷地は山内伊右衛門一豊の屋敷跡と伝わり、敷地の北西隅に一豊と妻・千代のモニュメントと説明板が設けられています。さらに、そのすぐ近く(敷地北側の道路沿い)にも石碑があるようですが、見落としてしまいました。

御倉屋敷跡・御馬屋跡
豊公園テニスコートの東側の道路向かいに御倉屋敷跡の石碑と説明板が設けられています。また、その少し北の公園町南交差点の北東部にも御馬屋跡の石碑と説明板があるようですが、見落としてしまいました。

豊国神社
秀吉の死後、遺徳を慕う長浜町人によって創建されるも、大坂の陣の後は廃されましたが、江戸後期に恵比須宮として再建し、密かに秀吉を祀り続けてきた(明治以降に豊国神社に復す)という長浜における秀吉信仰のもうひとつの中心地です。境内には御祭神の一柱、加藤虎之助清正公の銅像も建てられています。また、南側道向かいには長浜城家臣団屋敷跡の石碑と、竹中半兵衛が詠んだとされる長濱の地名起源歌碑と説明板があります。

…ということで、遺構と言えるのは移築門と外堀くらいのものですが、いたるところに長浜城関連の石碑や説明板が設けられていて、地元の長浜城と秀吉に対する思い入れの深さを実感した城下町めぐりでした。

おまけ・焼鯖そうめん
長浜の郷土料理として紹介されているのをテレビで見て、焼鯖とそうめんの取り合わせに疑問を感じつつも、鯖好きとしては興味があったので、食べてみました。訪れたのは名店として知られる「翼果楼(よかろう)」。焼鯖と言っても、単に焼いただけでなく甘辛く煮込まれていて、口の中でほろほろとほどけ、骨まで柔らかく食べられます。そうめんにも煮汁の味が染みていますし、セットで注文した焼鯖寿司も絶品で、鯖好きなら満足すること請け合いです。古民家を改装した店内も雰囲気があり、城下町の昼食を満喫することができました。
 

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イオ

秀吉が築いた最初の居城 (2021/06/20 訪問)

浅井攻めの功により湖北を領した羽柴秀吉が、小谷城に替わる居城として琵琶湖湖岸に築いた城で、織田信長の湖上交通ネットワークの一角を担いました。清須会議により柴田勝豊が入城するも、賤ヶ岳の戦いの際に秀吉が奪還して本陣として使用し、戦後は山内一豊が掛川に移るまでの間 城主を務めました。江戸期に入って、豊臣包囲網のために徳川家康の異母弟・内藤信成が城主となり、天下普請で大改修を行いましたが、大坂の陣の後、内藤氏は高槻に移封され、役目を終えた長浜城は廃城となりました。長浜城の石垣や資材は彦根城築城に使用され、彦根城の天秤櫓は長浜城からの移築と伝わります。

本丸・二の丸跡地は豊公園として整備され、明瞭な遺構は見られませんが、本丸跡に「秀吉の長浜城」を想定した模擬天守が建てられています。模擬ながら犬山城と伏見城をモデルにしたとされる天守は堂々としたものです。天守内は長浜城歴史博物館になっていて、常設展示「秀吉と長浜」「湖北・長浜のあゆみ」のほか、様々な企画展が催されており、なかなか見応えがありました。最上階は回縁付の展望台で、西に琵琶湖、北に小谷城、東に伊吹山、南に彦根城の眺望が楽しめます。歴史博物館前の広場には石垣根石や城下町に建てられていた旧長浜領境界碑が移設されています。なお、歴史博物館は8月1日から来年3月末まで耐震改修工事のため全館休館となりますので、ご注意を。

往時の天守は模擬天守から北西の天守台に建てられており、天守跡には石碑と秀吉の像があり、天守台南側には公園整備時に積み直された石垣が見られます。天守台から琵琶湖畔に出たあたりの波打際には太閤井戸と呼ばれる井戸があり、道沿いに南東に進んだ先、公園管理事務所の南側には湖岸埋立工事時の発掘調査で発見された石垣が埋め戻されていて、石碑と石垣根石の並びを示す標石が設置されています。

さて、豊公園だけでなく城下町にも長浜城の遺構や痕跡が見られるようなので、いったん豊公園駐車場(3時間無料)に駐めている車に戻り、積んできた折りたたみ自転車で城下町めぐりです。(続く)
 

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投稿1-長浜城🏯 (2021/01/13 訪問)

戦国ワンダーランドにて

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やなぎぶそん

遺構はあまりない (2020/06/06 訪問)

お城カードをもらいに行きました。
遺構はほとんどありませんでした。

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城郭情報

分類・構造 平城
天守構造 独立式望楼型[3重5階/1983年築/RC造模擬]
築城主 羽柴秀吉
築城年 天正元年(1573)
主な城主 羽柴氏、柴田氏、山内氏、内藤氏
廃城年 元和元年(1615)
遺構 曲輪、石垣、横堀、井戸
指定文化財 市史跡(長浜城跡)
再建造物 模擬天守、石碑
住所 滋賀県長浜市公園町
問い合わせ先 長浜城歴史博物館
問い合わせ先電話番号 0749-63-4611