ながはまじょう

長浜城

滋賀県長浜市

別名 : 今浜城
旧国名 : 近江

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天守-1
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侍ホリタン

天下人秀吉の始まりの地を訪ねて (2022/01/09 訪問)

JR長浜駅から徒歩5分、豊公園内にあります。羽柴秀吉が一国一城の主となって初めて築いた城、大阪の陣の後、廃城となり資材の多くが彦根城に転用されてます。現状の城は模擬天守となります。天守内部は博物館になってるようですが、私が訪問した時には耐震工事中で入ることができず残念でした。

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小荷駄

長浜城跡 (2022/07/08 訪問)

仕事の途中に時間が出来たので行って来ました。模擬天守と歴史博物館や太閤井戸など豊公園を散策してから町中に出て豊国神社や大通寺の台所門、堀跡など当時はどんな感じかなと想像しながら町歩きをしてきました。全部で三時間以上はかかりました。暑すぎたのか移築門や堀跡の写真が保存出来ていなかったので少し残念でしたがいい汗をかけたかなっと思いました。

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じゅんじん

6年ぶり (2022/05/06 訪問)

リニューアルされてました。
模擬でもすっかり馴染んでいますね。

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🏯城好きのメガネ

「長浜城」 (2020/04/06 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
長浜城は羽柴秀吉が最初に築いた居城であり、秀吉の領国・城下町経営の基礎を築いたとされる。元々は、織田信長から浅井氏の旧領を与えられ当時“今浜”と呼ばれていたこの地を信長の名を拝領し“長浜”に改名する。本能寺の変では明智光秀方に与した阿閉貞征が長浜城を占領した。羽柴氏の妻ら逃れ、山崎の戦い後に羽柴氏の支配下に戻る。清洲会議後は柴田勝家の甥・柴田勝豊を長浜城の守将として入城させる。賤ヶ岳の戦い後は、再び秀吉の支配下に入る。関ヶ原の戦い後、徳川家譜代の内藤信成・信正が城主になり長浜藩を立藩するも、大坂の陣後に内藤氏が高槻に移封され、長浜城は廃城となる。現在、曲輪、石垣、移築門、井戸等が遺されている。

<アクセス>
JR長浜駅 徒歩10分

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城郭情報

分類・構造 平城
天守構造 独立式望楼型[3重5階/1983年築/RC造模擬]
築城主 羽柴秀吉
築城年 天正元年(1573)
主な城主 羽柴氏、柴田氏、山内氏、内藤氏
廃城年 元和元年(1615)
遺構 曲輪、石垣、横堀、井戸
指定文化財 市史跡(長浜城跡)
再建造物 模擬天守、石碑
住所 滋賀県長浜市公園町
問い合わせ先 長浜城歴史博物館
問い合わせ先電話番号 0749-63-4611