天守曲輪の野面積みの石垣が思ったよりも素晴らしく感動しました
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2026/01/06 17:51
2026/01/01 10:25
初日の出登城 (2026/01/01 訪問)
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
浜松城が初日の出ポイントとして城びと記事で紹介されて数年経ちますが地元民として初日の出を浜松城で迎えていないとは、お恥ずかしい次第と一念発起して5時起き6時出発6時半到着、既に撮影ポイント、天守閣展望階は超満員、天守閣登城は順番待ちで並んでいる。(係りの人の話では天守列1番は4時半から並んだと) 南東櫓台辺りも超満員、天守曲輪神社鳥居辺りも超満員、富士見櫓跡も人出多数、500人位は出ているか?大混雑でした。
日の出時間6時56分天守下で撮影し、天守閣への登城列に並び天守展望階へ20分で展望階へ回廊も混雑、アクトタワー越しにシルエットで撮影して良しとし、富士山も良く観えて遠望撮影、天守台、八幡台、埋門を天守展望階から眺めるが植栽樹木伐採剪定されて石垣辺りが良く観える様に成って居ました(写真掲載無し)。
真紅の初日の出はタイミングが悪く撮影する事は出来ませんでしたが、大混雑を体験しました、浜松に来て初日の出参拝迎える事は20代初めの中田島砂丘以来50数年ぶり2度目の体験でした。
天守閣登城にて「令和8年新春浜松城」と銘打った浜松城天守記念キーホルダーを頂きました。ありがとうございます。
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2025/12/27 22:47
天守閣について (2025/12/27 訪問)
1年とちょっとぶりに浜松城へ行って来ました。野面積みの石垣が好きです。
昔から浜松城の天守閣には違和感を覚えていました。天守台に比べて天守閣の面積が狭く不思議な感じがします。天守台は穴蔵構造で地階に井戸があり、1辺約21mのいびつな四角形で西側に八幡台と呼ばれる突出部があり、東側には付櫓と呼ばれる張り出し部分があります。この張り出し部分は、現在は天守閣への入口として利用されています。現在の天守閣は昭和33年に鉄筋コンクリートで作られました。天守台に比べ小さい建物です。昔は、本当は浜松城には天守閣はなかったんじゃないかと思っていましたが、浜松市のHPには「浜松城の天守は第二代城主堀尾吉晴の在城期(1590年頃)に築かれた説が有力だが、17世紀の絵図には天守が描かれていない事から、江戸時代前期には天守が失われていたと考えられる。」とあります。記録はないようですが、瓦の出土や天守台に井戸があることなどから天守閣は短い間ではあったが存在していたという説が有力なようです。「東海の名城を歩く 静岡編」には「その規模から、2階建ての櫓の上に、望楼を載せた漆黒の四重天守が想定される」と書いてありました。実際には今の天守より大きな建物だったのでしょう。
いろいろと思うところはありますが、今では町にも自分にも馴染んでいます。
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2025/11/19 20:03
資格試験が終わったので我慢していた城攻めを再開しました②浜松城 (2025/11/09 訪問)
資格試験が終わったので我慢していた城攻めを再開しました②浜松城
浜松城近くの元城町東照宮は御朱印を頂ける日が限られている(前回8月にお参りした時も頂けなかった)のですが、毎月第二日曜日には頂けるという情報を得て、そのために浜松まで行きました(浜松城はついで)。
しかし、この日も頒布はありませんでした。事情がわかる五社神社さんに問い合わせましたが、どうやら、大河ドラマ「どうする家康」の放送を機にご近所の有志(世話役?)で御朱印を頒布する事にしたのですが、(人気が下火になったから?)不定期になってしまったようです。残念(怒)
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| 城地種類 | 梯郭式平山城 |
|---|---|
| 築城年代 | 永正年間(1504〜1521)? |
| 築城者 | 今川貞相? |
| 主要城主 | 飯尾氏、松平氏、堀尾氏、井上氏、水野氏 |
| 文化財史跡区分 | 市史跡(浜松城跡) |
| 近年の主な復元・整備 | 徳川家康 |
| 天守の現況・形態 | 独立式望楼型[3重4階/1958年築/RC造模擬] |
| 主な関連施設 | 模擬天守、門、石碑、説明板 |
| 主な遺構 | 曲輪、石垣 |
| 住所 | 静岡県浜松市中区元城町 |
|---|---|
| 問い合わせ先 | 浜松市役所市民部文化財課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 053-457-2466 |