現存12天守に登閣しよう 彦根城 |城下町も残る井伊家の居城

歴史研究家の小和田泰経先生が、現存12天守を一城ずつ解説!今回は、城下町も残る井伊家の居城・彦根城(滋賀県)をご紹介します。


戦国時代の佐和山城

佐和山城本丸、彦根城
佐和山城本丸から望む彦根城

彦根は、畿内と東国を結ぶ要衝の地に位置しており、戦国時代には佐和山城が築かれていました。当時、近江国は江北すなわち北近江を本拠とする京極氏と、江南すなわち南近江を本拠とする六角氏が割拠していたのですが、佐和山城は、その境目の城として争奪戦が繰り広げられています。京極氏と六角氏は、もとはといえば、どちらも佐々木源氏の一族でした。京都の六角東洞院に邸宅のあった家が六角氏、京都の京極高辻に邸宅のあった家が京極氏を称したわけです。佐和山城は、六角氏の支城でしたが、やがて、京極氏を凌駕した浅井氏と争奪戦が繰り広げられ、最終的には浅井氏の支城となりました。

しかし、浅井氏は織田信長に滅ぼされ、六角氏もまた織田信長の上洛に抵抗して没落してしまいます。こうして、佐和山城を手に入れた信長は、重臣の丹羽長秀を城主としています。そして、本能寺の変後に天下人となった豊臣秀吉が、家臣の石田三成に18万石を与えて佐和山城を任せました。

井伊直政の佐和山入城

彦根城、鬼瓦、井伊家、家紋、橘
鬼瓦にみえる井伊家の家紋「橘」

しかし、豊臣秀吉の死後、石田三成は徳川家康と対立し、関ヶ原の戦いに敗れてしまいます。関ヶ原の戦いの直後、佐和山城は徳川方の軍勢に攻められ、落城しました。

このあと、徳川家康は、三成の佐和山城を重臣筆頭の井伊直政に与えました。直政は、関ヶ原の戦いで受けた傷がもとで亡くなってしまいますが、跡を継いだ子の直継は、佐和山城を廃し、1.5キロメートルほど西方に位置する彦根山に新たに築城をします。こうして完成したのが麓からの高さが40メートルほどの彦根城でした。佐和山城は、麓からの高さが140メートルほどもありましたから、城下町のことも考えた移転と考えられます。

関ヶ原の戦い後も、戦国時代は続いていましたので、彦根城は実戦を想定して築かれています。本丸に向かう先にある天秤櫓にかかる廊下橋は、いざというときには落とす構造になっていました。もちろん、実際に彦根城が攻められたことはありません。ですが、万全の態勢を整えていたことは明らかです。

彦根城、天秤櫓、廊下橋
天秤櫓と廊下橋

実戦的な天守

三重三階の天守、大津城
大津城から資材が移された三重三階の天守

天守は、大津城の四重天守を三重に移築したと言い伝えられてきましたが、それが事実であることは解体修理でも確認されています。当時は、人件費よりも資材費のほうが高かったので、廃城から資材を調達することはよくありました。もちろん、時間の短縮という意味もありますし、大津城は関ヶ原の戦いの際、降伏開城したものの、落城はしておらず、そのような経緯が好まれたのかもしれません。

天守の内部には狭間があるのですが、ふつうは壁に穴が開けられており、外からは見れば狭間の存在に気がつくことになります。しかし、彦根城天守の狭間は、板で塞がれているため、外から見ても狭間の存在に気がつきません。万が一、本丸まで敵が侵入した場合には、天守に籠もって敵を迎え撃ち、そのときは板を打ち破って狭間から射撃することになっていたのです。

彦根城、天守内部、鉄砲狭間
天守内部に隠された穴のあいていない鉄砲狭間

現在も残る城下町

明治維新後、天守は解体されそうになりましたが、明治11年(1878)における明治天皇の巡幸の際に、勅命で保存されることが決まりました。現在でも、天守だけでなく、櫓や門、馬屋まで残されているのは、そのおかげです。彦根山の山麓には、昭和62年(1987)、市制50周年を記念して御殿も復元されました。この御殿は、彦根城博物館として、井伊家の甲冑などが展示されています。

彦根城の最大の魅力は、天守や櫓のような城内の建造物だけでなく、城下町の遺構が残っていることにあるといっても過言ではありません。武士がいなくなったため、侍屋敷はほとんど残されていませんが、町屋は随所でみられます。

また、京橋口から続くメインストリートは、平成11年(1999)に「夢京橋キャッスルロード」として整備されました。江戸時代の城下の町並みが再現されていて、商店も白壁と黒格子の町屋風に統一されています。歩くだけでも江戸時代にタイムスリップしたように感じることができるでしょう。


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小和田泰経(おわだやすつね)
静岡英和学院大学講師
歴史研究家
1972年生。國學院大學大学院 文学研究科博士課程後期退学。専門は日本中世史。

著書『家康と茶屋四郎次郎』(静岡新聞社、2007年)
  『戦国合戦史事典 存亡を懸けた戦国864の戦い』(新紀元社、2010年)
  『兵法 勝ち残るための戦略と戦術』(新紀元社、2011年)
  『別冊太陽 歴史ムック〈徹底的に歩く〉織田信長天下布武の足跡』(小和田哲男共著、平凡社、2012年)ほか多数。

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