しゅうざんじょう

周山城

京都府京都市


旧国名 : 丹波

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京北地区の眺め
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上野の駿馬

2020年城郭ベストナイン 織豊系城郭部門 (2020/02/03 訪問)

続いて織豊系城郭部門からは周山城を選出。黒井城と周山城を天秤にかけるのは辛かったです。周山城を選んだ決め手になったのは破城の痕跡から漂う雰囲気。遺構、規模では周山城と黒井城は同格。ただ防護ネットに覆われ、金属製の梯子がかかる黒井城よりは瓦や石が散乱し人影のない静かな周山城の方が光秀らしさ?を感じられました。(黒井城の整備は遺構を守るためだと十分理解していますので批判するつもりはありません。)バスの関係上、西の城までは行けておらず途中の堀切で引き返したので雰囲気が損なわれる前に再訪したいです。

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イオ

土造りの西の城 (2020/11/21 訪問)

(続き)

西曲輪群から2本の大堀切を越えて尾根伝いに西に進んだ先には、西の城と呼ばれる出曲輪群があります。総石垣の本城に対して土造りの城で、南北にのびる尾根の3つのピークに曲輪を設け、南の曲輪は南下に腰曲輪、北端に土塁があり、中の曲輪には北側と中央部に土塁を設け、主郭と思しき北の曲輪には南部と北西部に枡形虎口が開口しています。西の城まで行く時間がない方も、せめて2本の大堀切までは行ってみて下さい。相当な深さに掘り込まれていて見応え充分ですので。

さて、総石垣の城と土の城でお腹いっぱいのところですが、山麓の見どころも少々。登城口近くの慈眼寺の釈迦󠄀堂には、くろみつ大雄尊と呼ばれる墨塗りの明智光秀座像が安置されており、拝観もできるようですが、拝観時間外だったため未確認です。
慈眼寺から南に徒歩1分行くと篠山藩の周山代官所跡があり、道路沿いの石垣が遺構か否かは不明ですが、後背の山が綺麗に紅葉していました。代官所跡は駐車場になっており、この日はここに駐車して周山城に登城しています(登城口まで徒歩5分)。

今回の登城は時季的に落葉が多く、未明から小雨が降っていたためトレッキングシューズを履いていても斜面で2度転倒し、ストックのおかげで滑落は免れたものの、隅々まで見て回る気力が尽きてしまい(正直、怖くなりました)、本丸北下と二ノ丸北下の曲輪の先にそれぞれ連なる小曲輪群に行けなかったのが心残りです。ただ、そうでなくても再訪したい素晴らしい城なので、次の機会にはきっと隅々まで制覇したいと思っています。
 

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イオ

総石垣の巨大山城 (2020/11/21 訪問)

丹波国支配のため、京と若狭を結ぶ周山街道と大堰川(桂川)の水運を押さえるべく明智光秀が築いた城で、山崎の戦いの後は一時 羽柴秀吉が領しましたが、ほどなく廃城となったようです。

城山山頂から四方にのびる各尾根に曲輪群を配した大規模山城で、山頂の本丸には天守台跡と思しき石塁が見られ、天守台の北西部(本丸北側虎口脇)には石組みの窪地があり、貯水施設とも堀とも考えられます。本丸東側虎口から二ノ丸に至る坂道には苔むした石材が散乱していますが、これは両脇に設けられていた竪石塁が破城により崩されたもののようで、南尾根の曲輪群にも崩れた竪石塁が見られます。

本丸の周囲は石垣で覆われていますが、東尾根の二ノ丸や兵糧蔵、二ノ丸北下の曲輪、北尾根の曲輪群、南曲輪群など、中心部だけでなく曲輪群の先端に至るまで石垣が設けられており、多くは破城で崩されてはいるものの、こんな山中にこれほどの規模の総石垣の山城が存在していたということに驚かされます。その極めつけが西尾根の曲輪群で、石垣造りの喰違い虎口を抜けた先の小姓曲輪には石垣が状態良く残っており、北側の高石垣は往時の壮麗な総石垣の姿を今に伝えています。また、小姓曲輪から北に少し下りて行った先には石組みの井戸があります。

さて、周山城は東側の総石垣の城だけでなく、西曲輪群から尾根伝いにさらに西に進むと、西の城と呼ばれる土の城があります。
(続く)
 

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昌官忠

関西遠征 (2019/09/02 訪問)

道の駅ウッディ京北駐車場(35.156039135.633487)に駐車しウッディ京北で縄張図を入手後、京北自治振興会倉庫横の駐車場(35.158422、135.630211)に駐車して攻城。
登城口案内板を通り過ぎ、6郭手前あたりで登山道は切通状になっており、そこを過ぎ5郭に向かう道は狭くかつ崩れていたが、人の足跡があったので先に進んだ。
4郭虎口の東側はNHK受信施設があるようですが、自分は3郭へ向かいました。3郭へは急坂を直登する道と斜面沿いの道がありますが、斜面沿いの道を進みましたが、斜面が急で怖い(落ちたら確実に大怪我!)。
3郭に入り本丸方面を見ると石というか岩が道上にゴロゴロしていました。本丸に入り、モニュメントと天守台らしきもの、井戸らしき窪みを確認しました。西曲輪方面に向かい石垣を確認したかったのですが時間の都合で断念。ここで引き返しました。攻城時間は100分くらいでした。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 明智光秀
築城年 天正7年(1579)
主な城主 明智氏
遺構 曲輪、天守台、石垣、土塁、堀切、井戸、虎口
再建造物 石碑、説明板
住所 京都府京都市右京区京北周山町