クラブツーリズムのツアーで行った
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2026/04/11 18:36
2026/04/07 07:06
内堀に沿って (2026/03/21 訪問)
2018年9月以来、2回目の登城です。
名城公園の駐車場を利用しました。
今回はとことん、というわけにはいかず駆け足での見学です😓
東黒鉄門の枡形から入城、二の丸には信長ゆかりの那古屋城跡があります。
清正公石曵きの像、東南隅櫓を見て本丸へ。
本丸御殿は30分待ち、やはり多くの人で賑わっています。
ここはスルーして天守を経て西の丸に出ました。
西南隅櫓から石垣を見たあと引き返し正門から退出、ここから内堀に沿って歩きました。
正門の外には深い堀、ここから北に向かいました。
鵜の首や石垣を見ながら散歩、つい最近の江戸城を思い出します。
清洲櫓とも呼ばれる西北隅櫓、堀の水面に写る姿も綺麗でした。
北側の石垣も綺麗、やっぱり全部見るには1日かかるのかな〜と思いながら駐車場に戻りました。
【見どころ】
・鵜の首
・現存する3つの櫓
・石垣
・本丸表門の枡形 など
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2026/03/23 19:02
金のしゃちほこ (2025/01/13 訪問)
天守閣には入れず
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2026/02/23 08:01
那古野城(名古屋市中区二の丸) (2025/07/13 訪問)
那古野城は戦国前期に今川氏親が尾張支配の拠点として熱田台地の北西端に築き、今川氏豊を城主としました。その後、織田信秀が計略により氏豊から奪って本拠とするも、信秀が古渡城に移ると那古野城は織田信長に与えられ、信長が清須城に移ると織田信光の城となり、信光の死後は林秀貞が居城としましたが、秀貞が信長から追放されると那古野城も廃城となりました。
江戸初期に那古野城跡に名古屋城が築かれたため、那古野城としての遺構は消滅しており、城跡とされる名古屋城二之丸に石碑と説明板が立てられているくらいです。
金森長近は那古野城で織田信秀に仕官し、幼少期の信長の守役となったとされますので、那古野城は長近にとって信長が清須城に移るまでの間をともに過ごした思い出深い城なんだろうな、ということで金龍紀行の一環として訪れました。…というか、現存3櫓の同時公開を諦めてでもこの機会に名古屋城に登城したのは、この石碑と説明板しかない那古野城跡を訪れるためだったと言っても過言ではありません(笑)
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織田氏が今川氏から奪った居城の上に、徳川家康が大坂城を包囲するために築いたとされている。家康は天下普請を命じて多くの櫓や城門を設け、最大級の近世城郭を完成させた。三重三階の御深井丸西北隅櫓(清洲櫓)や、現存姫路城天守の3倍以上の容積で再建された天守などが、そのスケールを今も感じさせる。
名古屋城で桜が見頃を迎える3月下旬から開催する「名古屋城春まつり」。3月20日から4月5日にかけて実施される「名古屋城桜まつり」期間中は開園時間が19:30まで延長され、お城を背景に幻想的な桜のライトアップを堪能できます。他にも、春の花や風景を描いた障壁画の展示や「鯱食堂」「鯱広場」など、春の訪れを楽しめるイベントも多数実施します。開催日時:3月20日(金・祝)~5月6日(水・休)9:00~16:30(閉門17:00)観覧料:500円 各イベントの開催日時などの詳細はHP参照
※ 内容は変更となる可能性があります、予めご了承くださいませ。
| 城地種類 | 梯郭式平城 |
|---|---|
| 築城年代 | 慶長14年(1609) |
| 築城者 | 徳川家康 |
| 主要城主 | 徳川氏 |
| 文化財史跡区分 | 国特別史跡(名古屋城跡)、国重要文化財(櫓3棟、門3棟) |
| 天守の現況・形態 | 連結式層塔型[5重5階地下1階/1612年築/焼失(空襲)]、連結式層塔型[5重5階地下1階/1959年再/鉄骨SRC造外観復元] |
| 主な関連施設 | 復元天守、本丸御殿、門、石碑、説明板 |
| 主な遺構 | 曲輪、櫓3棟、門3棟、庭園、石垣、横堀(水堀) |
| 住所 | 愛知県名古屋市中区本丸1-1 |
|---|---|
| 問い合わせ先 | 名古屋市民経済局名古屋城総合事務所 |
| 問い合わせ先電話番号 | 052-231-1700 |