日本100名城

なごやじょう

名古屋城

愛知県名古屋市

別名 : 金鯱城、金城、柳城、亀屋城、蓬左城、(那古野城)
旧国名 : 尾張

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名古屋城
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スティクラ

久しぶりの名古屋城 (2021/09/19 訪問)

数年ぶりに名古屋城へ。
以前行った時は、2011年の2月頃の大雪の時で雪をかぶった天守がきれいだったが、写真が見つからず。

14時半に到着したが、開城時間が15時半だったため、駆け足で散策。
入り口を過ぎると、金の鯱の写真撮影。
通常は無料だがコロナの影響もあり、無料でカード形式にしてもらえるものもあるらしい。私は、鯱の写真のみ。

名古屋城の天守閣はやはり圧巻。独特の色もいい。
石垣の優美や曲線はどの角度から見てもいいので、ゆっくり1週したかったが、時間がなかった。

名古屋城は、ところどころに加藤清正の像がたっているので、加藤清正が好きな人が楽しいところだと思う。


名古屋城公式ウェブサイト
https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/

名古屋城Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%9F%8E

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こう

相撲櫓 (2016/07/02 訪問)

この年は武蔵丸が現役ですね。

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atsufumi

市民に寄り添うお城 (2021/07/05 訪問)

みんなに触れ合いに来てくれた金鯱ご夫婦。

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金鯱の特別展示と講演会 (2021/06/26 訪問)

お城川柳

名古屋城金鯱誇るなごや人

名古屋の人は、この素晴らしい名古屋城の金鯱と共に生きているのだと感じました。
そして、その素晴らしい金鯱に触れることが出来たのです。
蔓延防止が発布されているのに、人の多さにびっくりしました。
また、千田先生の講演会では興味深いお話が聞けました。
家康は、信長や秀吉のように自分のお城のイメージの少ない武将です。
だから、家康は石垣を造ることは出来なかったとの評価がまかり通っていたのです。
しかし、駿府城に家康が天下人となった慶長期の石垣と共に秀吉が天下人だった頃の天正期の石垣も見つかっていることから家康もかの二人の天下人と同様にその当時から石垣も造っていたのだ。
また、近世城郭では算木積みが主流を占めておりますが、天正期から慶長期の間は算木積みと重ね積みを併用していたことが分かっていています。
それは、三武将のお城とも同じなのであります。
三武将以外の武将たちのお城も同じような傾向だと推察されます。
名古屋のシンボルとなっている金鯱
なごや人の自慢なんですね。

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概要

織田氏が今川氏から奪った居城の上に、徳川家康が大坂城を包囲するために築いたとされている。家康は天下普請を命じて多くの櫓や城門を設け、最大級の近世城郭を完成させた。三重三階の御深井丸西北隅櫓(清洲櫓)や、現存姫路城天守の3倍以上の容積で再建された天守などが、そのスケールを今も感じさせる。

城郭情報

城地種類 梯郭式平城
築城年代 慶長14年(1609)
築城者 徳川家康
主要城主 徳川氏
文化財史跡区分 国特別史跡(名古屋城跡)、国重要文化財(櫓3棟、門3棟)
天守の現況・形態 連結式層塔型[5重5階地下1階/1612年築/焼失(空襲)]、連結式層塔型[5重5階地下1階/1959年再/鉄骨SRC造外観復元]
主な関連施設 復元天守、本丸御殿、門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、櫓3棟、門3棟、庭園、石垣、横堀(水堀)
住所 愛知県名古屋市中区本丸1-1
問い合わせ先 名古屋市民経済局名古屋城総合事務所
問い合わせ先電話番号 052-231-1700