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にじょうじょう

二条城

京都府京都市

別名 : -

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二条城
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華麗な御殿を建てた輪郭式の平城 (2018/10/27 訪問)

本日は、一年ぶりに二条城にやって来ました!
1601年~1603年にかけて徳川家康によって築城された二条城は、南北に長い単郭の縄張で有りました!
当時の図面は有りませんが、現在の城域の東側部分のみだったと考えられます!
壮麗な望楼型天守が天皇の御所を見下ろすように北西隅にそびえ、後の二の丸御殿の原型となった御殿や三重櫓、櫓門等の建物が造営されていました!
また、周囲に水堀を巡らして石垣を積み上げ、多門櫓を配して防備を固めていました!
1626年に本格的な大改修が行い、城域を西側に大きく広げ、二の丸の範囲を東西約500m、南北約400mの規模まで拡張すると同時に、内堀を設けて本丸を増築致しました!
本丸は約15m四方の正方形で、南西隅に五重天守を上げ、北西隅に三重櫓、残る二隅に二重櫓を配置して、石垣を積み上げて多門櫓で囲い込んでいました!
内堀は幅約13~19mで、石垣の高さは水面から約6mという厳重な構えで有りました!
本丸の東側は特別に設けられた橋廊下で二の丸と接続し、本丸へ渡れるように配慮されていました!
また、西側は本丸西虎口で二の丸と接続しており、通常は本丸への出入口として使用されていました!
天守は伏見城の望楼型天守を移築して層塔型に改良されたとも云われており、穴蔵をもち、屋根には様々な種類の破風を設けた壮麗なものであったが、1750年の落雷で焼失して、以後再建されませんでした!
大幅に拡張された二の丸は、西側の約3分の1が南北に少し短くなっおり、四隅に二重櫓が上げられました!
この内、西南隅櫓と東南隅櫓の2基が現存しております!
二の丸の外周にも外堀が巡らされ、土塀で囲まれておりました!
また、御殿は本丸御殿と二の丸御殿が現存しておりますが、本丸御殿は非公開で有ります!
世界遺産の二の丸御殿は、右から車寄、遠侍、式台、大広間と並び荘重にして、華麗な眺めて有ります!
以前は、二の丸御殿の内部の撮影が出来たのですが今回は撮影禁止になっておりました!

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yoda 1253

時代の区切りを知る建造物 (2018/09/01 訪問)

江戸幕府開府と終焉に立ち会った二条城。安定期に向かう徳川幕府にふさわしい凛とした気品と荘厳さを兼ね揃えています。天守閣はありませんが御殿は一見の価値ありです。

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コロスケコロコロ

二条城! (2018/09/06 訪問)

台風の翌日で庭園には入れませんでしたが、二の丸御殿は良かったです。ライトアップも良かったです。

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まっつん

大河ドラマが大政奉還だったので (2018/03/10 訪問)

この3月に訪城しました。
今日の『西郷どん』で大政奉還が行われたので写真を載せとこうと思います(^^)
豪華絢爛な唐門や二の丸御殿を見ていると、戦がない時代の訪れを感じさせます。

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概要

徳川家康が征夷大将軍拝賀の祝宴を催し、最後の将軍慶喜が大政奉還を発表した、いわば徳川幕府の開府と終焉の地。3代将軍家光が後水尾天皇の行幸を仰ぐために御殿や白亜の天守を造築し、現在の姿になった。数々の歴史の舞台となった二の丸御殿や立派な大手門が、将軍家の権威を今に伝える。

城郭情報

城地種類 平城
築城年代 慶長8年(1603)、寛永3年(1626)
築城者 徳川家康、徳川家光
主要城主 徳川氏
文化財史跡区分 国指定史跡、国指定名勝、国宝6棟(二の丸御殿遠侍および車寄・式台・大広間・蘇鉄の間・黒書院[小広間]・白書院[御座の間])、重要文化財22棟(建造物)、1016面(美術工芸)
近年の主な復元・整備 平成23~25年度、二の丸御殿唐門本格修理
天守の現況・形態 天守台のみ残る
主な関連施設 築城400年記念 展示・収蔵館
主な遺構 二の丸御殿、東大手門などの諸門、東南隅櫓・西南隅櫓、本丸御殿、天守台、石垣、堀、二の丸庭園
住所 京都府京都市中京区二条通堀川西入二条城町
問い合わせ先 元離宮二条城
問い合わせ先電話番号 075-841-0096