日本100名城

にじょうじょう

二条城

京都府京都市

別名 : -

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二条城
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バリィ

平成30年 (2018/08/19 訪問)

幾度か行ったことがあるのですが、造りが複雑なので縄張り図を持って確認しながら見学するか、複数回にわたって行かないと全てを回るのは難しいかも知れません。
写真の枡形に続き、180°曲がるトリッキーな道。
まさしく平城を代表する城です。

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イオ

一口城主 (2019/03/17 訪問)

修学旅行では二の丸御殿しか行ってない(はず)ので、本丸に入るのは今回が初めてでしたが、案内表示によれば、この日は改修工事中のため本丸庭園は一部しか入れず、天守閣跡も観覧できないとのこと。嗚呼、なんてこったい…。

やむなく本丸庭園から東橋に引き返し、桃山門から南門に寄り道して南中仕切門、梅林を抜けて天守閣跡を内堀越しに眺め、移築された旧二条城の石垣を見た後、西橋からまた本丸に入って本丸御殿の修理工事の様子を眺め、西北土蔵から北中仕切門、鳴子門に寄り道して清流園を抜け、大休憩所でスタンプを押して、二条城をひとめぐり。

二の丸側は絢爛たる「美」の世界でしたが、本丸側には櫓門あり、喰違虎口あり、出枡形あり、雁木ありと軍事機能も備わっており、お城としての「武」も充分に堪能することができました。そして、この日行けなかった天守閣跡は本丸御殿が再公開された時の楽しみにとっておくこととし、わずかでも修理事業に協力すべく総合案内所で一口城主の募金をして、二条城を後にしました。

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イオ

絢爛豪華 (2019/03/17 訪問)

小泉城から御土居をいくつか巡った後、目指すは二条城。昨年秋に訪れる予定だったのが、台風被害もあって延び延びになってしまい、4月から入城料が改定される(実質値上げ)前に行っておかねばという貧乏くさい理由です(あわせて京都御所の特別公開に行きたい、という真っ当な理由もありますが)。

開門の少し前に着いたので、反時計回りに外堀を一周してから、駐輪場に自転車を駐めて入城します。二条城に入るのは小学校の修学旅行以来で、当時の記憶といえば二の丸御殿の鶯張りの床くらいのものでしたが、唐門でいきなり圧倒されてしまいました。極彩色の彫物と金色の飾り金具で彩られた絢爛たる姿。あんぐりと口をあけてしばらく見上げていると、二条城に着いた頃から降り始めた雨が激しくなってきたので、二の丸御殿へ。そこでまた圧倒されてしまいました。まばゆいばかりの金碧障壁画に多彩かつ精緻な欄間彫刻や飾り金具。折上格天井、二重折上格天井で天井まで重厚に格調高く造られ、壮麗にして絢爛豪華、まさに国の宝にとどまらない世界の宝ですね。

二の丸御殿を出た後は、二の丸庭園を抜けて本丸に向かいます。小堀遠州の改修による二の丸庭園は、降り続く雨の中、静かに佇んでいました。
(続きます)

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まっく

葵の御紋 (2019/03/18 訪問)

二の丸御殿の屋根飾りの破損により、発見された葵の御紋を見て来ました。修理されるまでしか見ることができないので、貴重な経験でした。

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概要

徳川家康が征夷大将軍拝賀の祝宴を催し、最後の将軍慶喜が大政奉還を発表した、いわば徳川幕府の開府と終焉の地。3代将軍家光が後水尾天皇の行幸を仰ぐために御殿や白亜の天守を造築し、現在の姿になった。数々の歴史の舞台となった二の丸御殿や立派な大手門が、将軍家の権威を今に伝える。

城郭情報

城地種類 平城
築城年代 慶長8年(1603)、寛永3年(1626)
築城者 徳川家康、徳川家光
主要城主 徳川氏
文化財史跡区分 国指定史跡、国指定名勝、国宝6棟(二の丸御殿遠侍および車寄・式台・大広間・蘇鉄の間・黒書院[小広間]・白書院[御座の間])、重要文化財22棟(建造物)、1016面(美術工芸)
近年の主な復元・整備 平成23~25年度、二の丸御殿唐門本格修理
天守の現況・形態 天守台のみ残る
主な関連施設 築城400年記念 展示・収蔵館
主な遺構 二の丸御殿、東大手門などの諸門、東南隅櫓・西南隅櫓、本丸御殿、天守台、石垣、堀、二の丸庭園
住所 京都府京都市中京区二条通堀川西入二条城町
問い合わせ先 元離宮二条城
問い合わせ先電話番号 075-841-0096