続日本100名城

こまきやまじょう

小牧山城

愛知県小牧市

別名 : 小牧城
旧国名 : 尾張

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小牧山城
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ヒロケン

主郭部整備工事 (2026/10/05 訪問)

2024年4月主郭部の整備工事が完了され主郭部の樹木が伐採、石垣や虎口が再現されています。何を今さらとおっしゃる方も大勢おられると思いますが、自分が前回訪れたのが主郭部の整備工事完了以前に訪れていたので今回工事完了後に主郭部を初めて訪れ、驚きと小牧山城を再評価し、感激しています。

歴史館が建つ主郭部が石垣で囲まれ(画像1から4)信長時代の石垣・虎口が再現され「この様になっていたのか」と理解できます。また、大手曲輪地区(画像5)・西側曲輪地区(画像6から9)の曲輪や土塁・堀は、江戸時代小牧山は尾張徳川氏の領地となり、一般人の入山が禁止されたことで遺構が良好に残されています。小牧山山麓北東部に広がる帯曲輪地区の武家屋敷跡や土塁、石垣に囲まれた主郭地区の主郭部。大手曲輪地区の大手道と大規模な堀と土塁。また、遺構が良好に残されている西側曲輪地区の曲輪や土塁と堀、小牧・長久手の合戦を詳しく知ることが出来る小牧市歴史館など見どころ満載のお城です。

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にのまる

関ケ原陣跡制覇ウォーキングの翌日 (2026/09/28 訪問)

続100名城スタンプスタートの年以来、8年ぶりになります。
「れきしるこまき」は初めてでしたが、導入部からコアな部分まで最新研究も取り入れた展示は来訪者が楽しみながら学べるくふうがあり、とても楽しかったです。

前回は自然遊歩道をぐるっとまわった(そして迷子になった)のですが、このたびは雨なのと名古屋行きの高速バスの時間の都合で、大手道を直進、山上の歴史館まで最短で行けるコースにしました。

歴史館内部は、記憶と違うなと思ったら2023年にリニューアルされていました。戦国時代の小牧山城についての展示が詳しくて、とてもよかったです。

現在も歩みを止めない小牧山城。
表面をなぞるくらいしか知らない「小牧・長久手の戦い」についても、もっとしっかり勉強するとお城めぐりをより楽しめるだろうなと思いました。

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ヒロケン

小牧山城散策 (2026/10/05 訪問)

小牧山城は濃尾平野北東部に位置する標高約86mの独立丘陵に築かれた山城です。山麓の曲輪を含めた規模は東西約600m、南北約400mにも及んでいます。東の会瀬川と西の境川が外堀として機能していたと考えられます。
小牧山城の特徴は1563年に織田信長が築いた城と1584年に徳川家康が大改修した陣城という二つの時代の姿をあわせ持っており、織田信長は小牧山の山頂を主郭とし約50m四方の規模で石垣を備えていました。山中に曲輪、山麓には武家屋敷を配しています。(北側の山麓に武家屋敷、南側に山中に曲輪が多いと思います)また、南側には直線的な大手道があり、石垣を用いた城づくりなど安土城の先駆けといわれています。
徳川家康は、小牧・長久手の合戦のおり、居城としての役割が終えていた小牧山城を大改修を加え、山麓の信長時代の武家屋敷跡に二重の土塁、堀や虎口を設けるなど、より堅固な城としています。

この日、早朝6時頃、小牧市庁舎駐車場(無料)に車を停め、小牧市庁舎多目的広場に行き樹木が伐採されて、見やすくなった模擬天守(小牧市歴史観)をパシャリ!(^^)!その後、小牧山城を時計廻りに西へ、太平洋戦争時に改変された土塁と堀を見学しながら搦め手口へ。搦め手口を入ると、すぐに目に飛び込んでくるのが延々と続く家康時代の土塁(*^_^*)井戸跡や桝形虎口を画像に収め信長公の居館跡と想定されている曲輪402へ。二重の堀と土塁を設けた曲輪で他の曲輪と比べ広く堅固な曲輪です。この後、開館(9時開館)していない「れきしるこまき」をしり目に大手道から本曲輪を目指し攻城。続きます。

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ボン

小牧山城:2020年10月3日:続100名城ー12 (2020/10/03 訪問)

別名:小牧城
城山を登って小一時間。模擬天守からの眺めは良い。

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城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 永禄6年(1563)
築城者 織田信長
主要城主 織田氏、徳川氏
文化財史跡区分 国史跡(小牧山)
主な関連施設 城郭風建造物(小牧市歴史館 小牧城)、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、井戸
住所 愛知県小牧市堀の内1-1
問い合わせ先 小牧市教育委員会小牧山課
問い合わせ先電話番号 0568-76-1623