前田慶次の自腹でお城めぐり 【第20回】凸郡上八幡城 後編~天守以外も見所多すぎぬか?~

お城に関する豊富な知識を持つ名古屋おもてなし武将隊®の一員・前田慶次様が、全国のお城を実際にめぐりながら歴史・特徴・魅力を解説。今回は、木造で再建されたお城では日本最古となる郡上八幡城(岐阜県郡上市)の後編です。天守から望む絶景が物語る郡上八幡城の歴史、天守台裏に残る天正期の石垣をはじめとする見逃しがちな必見ポイント、絶品グルメなど城下町で立ち寄りたいスポットを詳しく紹介してくださいます

▼前編はこちら

皆の衆、我こそは名古屋おもてなし武将隊天下御免ノ傾奇者前田慶次である。

此度(こたび)城びとと同盟を結び、此の前田慶次が連載を持つ事と相成った。
先ずは、名乗りを上げよう。

前田慶次

前田慶次齢四八十一歳。戦国の世では天下御免ノ傾奇者として名を馳せ申した。現世に蘇りは名古屋おもてなし武将隊の一角として、名古屋城を拠点に名古屋を世界一の観光都市にせんが為、日々戦働きに勤しむ。

演武といったパフォーマンスなるものを披露し、電波放送戦(テレビやラジオ)は常戦番組(レギュラー)を持ち、全国各地に遠征を繰り広げる。
結成十四年目を迎え、全国の武将隊の先駆けとして日ノ本を代表とする武将隊である。
して、儂前田慶次は現世に蘇り歴史の語り部として多くの戦に出陣して参った。

伝統芸能を伝える舞台出陣、歴史学者との対談、寺子屋(学校)での歴史授業。
名古屋城検定名誉顧問に叙任され、検定過去最高得点を叩き出す。
日本城郭検定にも挑戦し合格。
日ノ本が誇る歴史文化をより多くの者に伝えるべく、此度から城びとでの連載を始める次第。

題して
 
前田慶次の自腹でお城めぐり、犬山城

【前田慶次の自腹でお城めぐり】

他の連載と何が違うのか!?

・現世に生きる戦国武将自らが感じたことを紹介!
・傾奇者による城郭魅力度数値化!
・城巡りの手引書(案内)となる!
・地域の特色を織り交ぜ、観光が楽しくなる!
・イケメン(前田慶次)が見れる!
・要点を抑えた紹介!
・兎に角分かりやすい!

全国の城に直接己が足で出向き、城の見方、歴史を伝え、
其の城の傾き所(見所)や天守閣、男前田度(イケメン)を前田慶次の独断で評価する。
歴史初心者から玄人まで楽しめる、国宝連載となっておる。

ただ城を巡るのではなく! 儂の金子(金)で城に登城する。つまり限られた金子で巡る
旅の道中劇にも注目してもらいたい!!
また巡り方については、王道の道順を歩む故に参考にすると良い。

郡上八幡城 城郭の魅力度を数値化

前田慶次、郡上八幡城

日ノ本最古の木造再建城! 
前田慶次、郡上八幡城

【基本情報】

城郭構造:平山城・山城
主な築城者:遠藤盛数
築城年:永禄2年(1559)
廃城:明治2年(1869)
指定文化財:岐阜県史跡、郡上市有形文化財(模擬天守)

【歴史】

■郡上を巡る争いの中で築城
郡上一円を支配する東氏と遠藤盛数(もりかず)との間で合戦が勃発!
「赤谷山城の戦い」の時に遠藤盛数が構えた陣の場所が郡上八幡城の始まり!

■現在の姿の原型は稲葉家による大改修
遠藤家が拠点としていたが羽柴家との対立で追放。
天正16年(1588)に稲葉貞通(さだみち)が入城。
堀・塀・天守台を新たに築城し二の丸を増築し居館とした。
今の郡上八幡城の原型がこの時分に完成!

■遠藤家返り咲く
慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの武功で遠藤家が城主に戻り、普請を中心とした改修を行う!

■城主が入れ替わり廃城へ
遠藤家が城主を務めていたが、以後は城主が度々変わり中でも青山家が長く務める。
明治時代を迎え廃藩置県により郡上八幡城は石垣だけを残して廃城。

■木造再建の偉業へ
現在木造最古の再建天守として名を馳せている天守は、
昭和8年(1933)大垣城を参考に木造四層の模擬天守を再建!
内部は歴史資料館としても利用されておる!

■最近
日本100名城の選考対象となるが、落選。2017年続日本100名城に指定される。
再建90周年を機に耐震補強工事等が行われ2023年4月にリニューアルオープンされた!

前田慶次、郡上八幡城

前田慶次、郡上八幡城

前田慶次、郡上八幡城、力石
力石に触れる儂

【巨石を背負って運んだ伝説の人物とは】

天守目前まで進軍して参った。
改めて良き景観であるし秋の時期じゃと紅葉が良さそうじゃ!

して、此処には見所ある石がある。其の名を『力石』と申して二つ御座る!
此の石を背負って此処まで一人で運んだ男がおったそうじゃ。
名を作兵衛(通称:赤髭)。
寛文7年(1667)、城主遠藤常友が城を修理する為、人員を多く集めその中に作兵衛もいた。
作兵衛は河原からこの石を背負い此処まで運び上げた!
石の重さ約350キロ!(主等(ぬしら)できるか!? 現世の競技ならば恐らく金メダルの武功であろう?)

奉行の村上貞右衛門が此の偉業を称えると、作兵衛は感激しその場で息絶えてしまったそうじゃ。
奉行は功績を称えてこの石の利用を禁じたが、
昭和8年(1933)に天守を創建する際にこの石が草むらに捨てられているのを古川七兵衛が発見し嘆いた。
此れでは作兵衛が報われないという事で、この場所に碑として建立したそうじゃ!

慶次「現世でも信じ難い話かもしれぬな。
然し乍(なが)ら、文明の利器が無いからこそ人力で道を切り開いてきたのが我等の時代!
皆も無理だと思わず何事も挑戦してもらいたい」

前田慶次、郡上八幡城、石垣

天守へ向かう。

前田慶次、郡上八幡城、南側隅櫓

南側隅櫓(再建)。狭間も分かりやすく見て楽しめる!

前田慶次、郡上八幡城

【郡上八幡城の歴史】

櫻之丸曲輪までやって参った!
此処が天守前となっており、見ての通り景観もまっことに良き哉!
双眼鏡なる眼鏡で隅々まで見る事も叶うぞ!

城好きとしては景観を楽しむだけではならぬぞ?
地形を見て何故ここに築城されたか。
川の位置・当時の交通状況。
城下町との連動制や寺社の配置等々迄見れると発見も多いぞ!

ご覧の通り大きな川が流れておる。
前編でも解説した長良川の支流として最大の「吉田川」、西から北に向かって「小駄良川」が流れておる!
これが外堀の役割をしたと考えてもらいたいし、水運として機能したわけじゃ。
城下町が賑わいやすい環境作り! 素晴らしき町であり城であったことが、現世でも体感できよう!

また、永禄2年(1559)、郡上八幡城は郡上の領主が覇権争いを起こした
赤谷山城の戦いの時に陣を構えたのが郡上八幡城の始まりである!
城下町等も形成。
信長様の家臣稲葉貞通(有名な稲葉一鉄の子)が城主となり天守台を築く等の大改修を行った!
現在の郡上八幡城の原型をこの時に築いたとされる!
二之丸増築で館、武器兵糧庫、塀を巡らせたりと大規模な改修であったそうじゃ。

それ以降も大改修が何度も行われた!
つまり、郡上における戦の拠点であり町の要であったことが分かる!
素晴らしき景観にも歴史があり申すぞ!

前田慶次、郡上八幡城

歴史が此処に記される!

前田慶次、郡上八幡城、御城印

入城受付の門兵から御城印も購入可能じゃ! 忘れるでないぞ?

前田慶次、郡上八幡城、正門

正門!
現青山家当主が出迎え、案内してくれておる!
城主という形ではないが、現在も青山家が郡上八幡城を守っておる!

前田慶次、郡上八幡城、前田慶次、郡上八幡城、南側隅櫓

南側隅櫓。

前田慶次、郡上八幡城、鬼瓦、南側隅櫓

鬼瓦は桃! 桃は邪気を払う縁起物である。

前田慶次、郡上八幡城、観音堂

【人柱伝説およし】

郡上八幡城は何度も大改修を行ったと伝えたが、急斜面の工事は難儀したそうじゃ。
この大改修に多くの男達が参加する中、女子で進んで石運びを手伝う美人。それが「およし」であった。

およしは懸命に働く事で皆を勇気づけていた。そして人柱になる事を決意し地中に入った。
僅か17歳の女子は自らの命と引き換えに城を守ろうと決意!
およしを称えて正門横に観音堂が建立された。

慶次「人柱は他の城でも見られる。石垣の崩壊等が多い城では行われがちじゃ。
現在は、およしのことを忘れない為にも慰霊祭を毎年行っておるそうじゃ!」

では此処で恒例の天守男前田度(イケメン)を発表致す!


前田慶次、郡上八幡城

郡上八幡城天守男前田度94点!

先ず、大垣城が見本はモデルという事で大垣城の90点に加えて
木造最古の天守という名声に年月が経っているにも関わらず
衰えを殆ど見せないその姿は、現世のイケおじと等しいであろう!
四重天守という希少価値も一見の価値が御座るし、
紅葉の時期には真っ赤に染まりそれは美しい姿と聞くし、
山城故に遠くからもこの姿を眼に写す事ができる点も評価が高い!
霧深い中でも輝く天守は正にイケメンの証! 時期問わず観て楽しめるであろう!
ちゅーことで大垣城よりも点も高く高得点の94点である!

前田慶次、郡上八幡城、天守、展示室

4層5階の天守は展示室となっており、貴重な資料が多くある!
赤谷山城時代の石垣の写絵!
此の時代に石垣は全国的にも早い!

前田慶次、郡上八幡城、天守、展示室

絵巻「郡上八幡城の戦い」を見て大興奮の儂!

前田慶次、郡上八幡城、天守、展示室

城下町含めた嘗(かつ)ての配置図!
曲輪も記載されておる故に、現在の地図と比べてちょ!

前田慶次、郡上八幡城、展示室

現世の耐震補強工事の様子もある!
木造最古故に慎重に修繕されたのが分かり申す!

前田慶次、郡上八幡城、展示室

【復興した郡上】

大正8年(1919)郡上の町は大火事から復興した町と記される!
職人町・鍛冶屋町・柳町・大手町は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されておる! 

慶次「名古屋にも有松が同様に指定されておる。
郡上は古き町並みを残し歩くだけでも楽しめる故に異国の者にも人気であろう。
また、町並みは名古屋と同じで江戸期から殆ど動かしていないと聞く。
全国的に見ても数少ない貴重な遺構ではないが、歴史を伝える町と言える」

皆も大垣城天守を見本とした郡上八幡城の天守じっくり見て回るが良いぞ!

前田慶次、郡上八幡城、天守

続いては天守の裏側へ参る!

前田慶次、郡上八幡城、石垣

前田慶次、郡上八幡城、石垣
 

【天守台が歪!天正期の石垣】

天守台裏側へ参るとご覧の通り天守台がちと余っておる!
何故かは分らぬが、天守台を築城したのは稲葉家である。
因みに、稲葉家が築いた石垣は天正期である!

天守台は野面積みで築かれ戦国時代(天正期)の名残が綺麗に残っておる!
もそっと天守は大きかったのかもしれぬな!?

前田慶次、郡上八幡城、駐車場

前田慶次、郡上八幡城、駐車場

【駐車場は…】

搦手側にある此方の駐車場は何と…堀切であったそうじゃ。
まさかの堀という事で埋め立てたというわけじゃ。
随分と平地になっており驚き申した!!

慶次「堀と思って駐車しておる者は誰もおらんじゃろうな」

搦手側という事で守りも強固にしたのであろう。
郡上八幡城の戦いの絵巻にて堀切が確認出来るぞ!

郡上八幡城を余すことなく楽しんだところで刻は昼も過ぎて腹も減った故に
郡上名物を食しに観光じゃー!

前田慶次、郡上八幡城、鉄板料理 泉坂

やってきたのは城下町の中で商いをする「鉄板料理 泉坂」殿にやって参った!
上質な飛騨牛を食せると聞き儂も此の笑顔!! ワッハハハハハハ

前田慶次、郡上八幡城、鉄板料理 泉坂

この地で名を馳せておる『鶏ちゃん焼き』定食を頂く!

慶次「鶏(けい)と読む。慶ちゃん焼きでも良さそうではないか?
絶対美味いぞこれは」

前田慶次、郡上八幡城、鉄板料理 泉坂

あまりの美味さに此の面!! 白米と合う!
戦国時代に斯様(かよう)な美味い飯があったらと思うと現世は誠に幸せな時代ぞ!!
定食故に具も盛沢山だで男も満足できる品数!

前田慶次、郡上八幡城、宗祇水

寄り道したのはこちら「宗祇水」!
全国名水100選において第一号に指定され県指定の史跡でもある!

郡上八幡は水が綺麗な事が有名であり、
以前は飲み水、生活用水、酒造りにも利用されておったとか!
上水道普及後も野菜を洗い利用しておるそうじゃ!
現世では名所としても名を馳せておる。一枚写し絵撮りに来てはどうじゃ?

前田慶次、郡上八幡城、郡上おどり

【郡上名物、郡上おどり!日本一踊り明かす町】

7月中旬から9月上旬にかけて30夜以上にわたって盆踊りをする郡上名物郡上おどり。
ユネスコ無形文化遺産にも指定される日本が誇る文化である!
何と郡上おどりの歴史は420年! この期間、おどりの参加人数は30万人!
盆踊りは難しゅうない故に是非皆も参陣してみるとよいぞ!

慶次「儂もダンスは踊りを習い始めたが、
30万人が参加する踊りの祭典は此処以外聞いたことがない!
生きておる間一度は行って欲しい祭り文化!」

前田慶次、郡上八幡城、はなかご

前田慶次、郡上八幡城、はなかご

前田慶次、郡上八幡城、はなかご

【はなかご 郡上おどりの心強き味方】

続いて儂が参ったのは城下町プラザの目の前に店を構える「はなかご」殿。
甘味を販売しており「冷やしわらび餅」という新感覚の甘味を頂戴した!
此れが暑き中でひんやりして涼が取れるし、美味いしで至極の甘味であったぞ!

また店内は先述した郡上おどりの為の下駄を始め道具を手にする事ができる!
店主の者達も気さくな者で、我が貼紙も貼らせてもらった!

【まとめ】

郡上八幡城、郡上の魅力は伝わったであろうか?
岐阜駅から高速バスを使えばあっと言う間に着き申す故に
立地で迷うくらいならば足を運んでほしい。
郡上八幡城を巡って戦も激化した故に、
城の造りも見事であるし古き遺構は石垣を始め残っておる!
無論木造再建として最古の天守も見所豊富!
儂としては紅葉か雪化粧された時期に行くのが良いと思う!
然し乍ら、歴史深い郡上の町は夏に盆踊りで盛り上がる!
無形文化財でもあるし、全国で一番の盆踊りの聖地と言っても過言ではない!
歴史と文化を双方楽しめる郡上という土地に是非皆も遊びに行ってちょ!

して。我が残金は1万5079円となった!
次は何処の城へ参ろうか。
次回の記事も楽しみにしてちょ!

次回の記事も楽しみにしてちょ!

以上
名古屋おもてなし武将隊
天下御免ノ傾奇者 名古屋城検定名誉顧問 城びと連載人
前田慶次郎利益

凸伝令

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執筆・写真/前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)